第13話 買い物帰りのヴァルキリー

いつの間にか、俺は目をつぶっていた。

精神を乗っ取られるって、どんな感覚だろう。

普通に生活していれば、まず遭遇しない危機だ。

委員長があんなに怯えるんだから、よっぽど気持ち悪いんだろうな。

いや、それどころか下手をすると、もう二度と目覚めないかも。

その場合、労災はおりるのか?

……それとも、労災をもらえないまま人生終わっちゃったりするんだろうか……?


と、ひとしきり心の中で葛藤してみた。

しかし、幻影獣はいつまでたっても襲ってこない。

「……ひょっとして、なぶるつもりか……?」

恐る恐る目を開けると。


そこには、『干渉剣フラガラック』で壁に縫いつけられた幻影獣がいた。


「麗華さん!」

「ごめん。遅くなった」

シンプルな片手剣で幻影獣を壁に縫いつけたまま、息一つ乱さずに麗華さんは言う。

その姿は、まるで北欧神話のヴァルキリーのようだ。

ヤバイ! めちゃくちゃ格好いいぞ!

そして、左手に持っている買い物袋は、プラスなのかマイナスなのか、もう何がなんやら。


「ギ、ギイィイヤアアァア!」

この世のものとも思えぬ声をあげてもがく幻影獣だが、その剣はいっこうに抜けない。

無感動な目で見降ろす麗華さん。


やがて、寄生型幻影獣は、煙のようにこの世から姿を消していった。




幻影獣が消えると、フラガラックも消した。

エリカと二人、あれだけ苦労した寄生型幻影獣を苦もなく消し去った麗華さんは、特になんの感慨も抱いてはいないようだった。


「悠斗君、大丈夫だった?」

声をかけてくる、女子高生型ヴァルキリー。

「ああ。大丈夫。なんともな……」

「大丈夫じゃありません!」

また、委員長に怒鳴られた。


「な、なにを考えているんですか! じ、自分から乗っ取られようとするなんて! 麗華さんがもう少し遅ければどうなっていたか! 何が『弱火で煮込め』ですか! 馬鹿ですか!?」

まあ、馬鹿なのは、確かです。はい。

「ま、まあ。あの時は、あれくらいしか思いつかなかったし……」

「お、思いつかなかったって! ……お、思いつかなかったからって……」

徐々に、委員長の声が小さくなっていく。



「……やっぱり『特別』だからですか?」

「え?」

「まだ、BMP能力が発現してないのに……。それでも、やっぱり『特別』だから、あんなことができるんですか?」

捨てられた子犬のような目で見てくる委員長。

それは、今日の放課後に、一度聞いていた問いだ。

……特別か。

委員長の抱えている悩みは、俺には理解できないけど。


「『特別』じゃない人なんて、いるのかな?」


俺は、自然とそう答えていた。


「たとえば、ここにおわす麗華さん」

両手で、麗華さんを指し示す。

「今はこうやって、ただただ格好いいけど、なんと部屋には、ミネラルウォーターとシーフードヌードルしかないという徹底ぶりだ。しかも、同一メーカーの!」

「は?」

委員長はきょとんとしている。

が、俺は構わない。

「今は若いからいいけど、あと10年もすれば、顔中に吹き出物が出て『わたし、こんな顔じゃ、恥ずかしくて表に出れないー』とか言って、戦闘サボタージュするぞ。たぶん」

「私は、そんなことしない」

すかさずツッコム麗華さん。

いや、俺もほんとにそう思っているわけじゃないすよ。

「だから、栄養管理をしてくれるメッシーが必要だ」

……俺、ほんとにボキャブラリー貧困だな。


「麗華さんだけじゃない。城守さんって人がいるんだけど、あの人がいなかったら、俺も新月学園に通うことすらできなかった」

「……」

「BMPハンターだけが偉いわけじゃない。支えている人たちだって『特別』だと思わないか?」

「……」

それは、俺の偽らざる本音だったが。

委員長は答えない。


「……それは、きっと、澄空君が『特別』だから言えるセリフです」

すっかり、正気を取り戻した瞳で言う委員長。


「私、やっぱり、特別になりたいです」


言って、委員長は、帰って行った。


……失敗か。



◇◆◇◆◇◆◇



委員長の説得に失敗したからといって、落ち込んでいる暇はなかった。

次は、いよいよ本日のメインイベントだ。

具体的には、カレーを作るだけだが。


軽い気持ちで言い出したことだが、今は少し後悔している。

麗華さんの部屋のキッチンを借りて料理をしている俺の後ろから、彼女の凄まじいまでに真剣な視線を感じるからだ。

そのくせ、目が合うと、微妙に視線をそらす。

……妙な雰囲気だ。


良く考えてみれば、超絶美少女かつお嬢様属性持ちの麗華さんに出す料理を作らなければならない訳で。

通常であれば、『うちの犬でも食べないわ』と一喝されても不思議がないシチュエーションではある。

……だんだん怖くなってきた。

スパイスとか全然買ってないし、ほんとにただの家庭用カレーなんだが。


ええい! 考えていても仕方ない。

ここは『よーい丼亭調理補助見習い候補』と呼ばれた自分の実力を信じるのみだ!



◇◆◇◆◇◆◇



緊張する。

緊張する緊張する緊張する。


俺はだんだん、自分の言葉を後悔し始めていた。

麗華さんが、右手にナイフ、左手にスプーンを持ち、小さな子供の『待ってました』ポーズで待っている。

麗華さん。カレーにはナイフは使わない。


「それでは、じょ、どうぞ」

少し噛んだ。

一等地のマンション在住のお嬢様が、まるで宝石でも見るかのような目で鍋を見ているんだから、仕方がない。

やはり、今からでもカレースパイスを買ってきて、本格的なカレーを作り直すべきだろうか。

……まあ、そんな技術もないけど。


買ってきた食器に、カレーをよそう(驚いたことに、麗華さんの部屋には皿すらなかった)。

緊張の一瞬。

王侯貴族のような優雅な仕草で、麗華さんが一口カレーを口に入れた。

そして。


…………。


「どうしたの、悠斗君? 顔、真っ赤」


………はっ。

「い、いや、そんなことはないぞ」

「でも、心拍数も早くなってる」

無造作に麗華さんが俺の手に触れる。

「い、いや、大丈夫!」

俺は慌てて手を引いた。


落ち着け!

笑顔が可愛いなんてのは、物語の中だけだ!

人間の表情の中で一番きれいなのは、おすまし顔だと、偉い人も言ってたぞ!


「衝撃。これは、おいしい」

と、また微笑む。

すみません。抜群に可愛いです!


「変な悠斗君。どうして、私と目を合わせない?」

心底不思議そうだという顔で、麗華さんが聞いてくる。


笑顔一つで、完全にさきほどまでと立場が逆だった。


これだから、女の子は怖い。



◇◆◇◆◇◆◇


「はぁ……。衝撃だった」


食後のコーヒーを飲みながら、麗華さんはご満悦だった。

ちなみに豆から挽いたコーヒーではない。特売のインスタントコーヒーだ。

でも、麗華さんは気にせずに飲んでいた。美少女のくせに、なんて難易度の低い女の子だ。


「そういえば、悠斗君に聞きたいことがある」

「なんだ?」

なんでカレーにリンゴとハチミツなの? とか聞くなよ。俺も知らん。

「さっき、委員長さんに言っていたこと」

というと……。

「カレーは弱火で煮込め?」


「違う。特別でない人なんていないって言ったこと」

「ああ、あれか」

「委員長さんも特別。悠斗君も特別」

「ああ」

「じゃあ……」



「じゃあ、私も特別?」



…………えーと。


「むしろ、麗華さん以上に非凡な人は、この国にいないと思うんだけど?」

「でも……」

麗華さんは、真剣な顔だった。


「私が死んでも、別の人が私の仕事をする。とすると、私は特別ではないと思う」

「ふむ」


確かに、他にも優秀なBMPハンターは沢山いる。

でも……。


「その人は、きっと、麗華さんと同じようで、違う仕事をする人だと思うな」

「?」

「肩書きは同じでも、やってることは同じでも、麗華さんの代わりは麗華さんしかいない。俺よりうまいカレーを作れる人は世界に何億人といるだろうけど、このカレーを作れるのは世界に俺一人しかいないのと同じように」

「?」

麗華さんはきょとんとしている。


そして、たっぷり五分ほど固まってから、


「悠斗君は、難しい」


と、ポツリとこぼした。


……そうかな?

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