第12話 「はじめての」幻影戦闘

「身近に料理ができる人がいるなんて、思わなかった」


夜道。

スーパーへの道程を歩きながら、麗華さんはしきりに感心している。

「いや、あのクラスにも結構いると思うぞ。あんまり、自分から言わないだけで」

「! やっぱり、悠斗君は、奥が深い」

いやー。深いかなー?


「ところで、悠斗君は着替えないの?」

麗華さんの指摘の通り、俺は、新月学園の似合わない制服のままだった。

「服がなくてね」

もともと、大して持っていなかったが、アパートを追い出されるドサクサでほとんど紛失しているとみていた。

「だったら、私の服を着ればいい」

言われて、麗華さんの方を見る。

長身の麗華さんと俺は、確かに身長は同じくらいだが……。

麗華さんの細い腰に目をやる。

そのウエストの寸法で締め付けられると、俺は冗談抜きで死んでしまう。

しかも、『あれ、私のズボン、悠斗君の足にはだいぶ長いね。かなり、切らないと』なんて言われた日には、泣いてしまう。

「ウエスト?」

きょとんとして、麗華さんは、自分の腰に手をやり、続いて俺の腰を撫でる。

「ほんとだ、細い」

気づいてなかったのか。


ここまで、自分の魅力に無自覚なレディも珍しい。



◇◆◇◆◇◆◇



「この、『ジャワカレー』と『アーモンドカレー』は、結局、何が違うの?」


スーパー『トミタケ』の、今まで足を踏み入れたことがないという区画で、2種類のカレールーを前に深遠なる問いかけをしてくる超絶美少女。


「基本的には、味が違う」

それは、間違いない。

「……応用的には?」

容赦のない、麗華さんのツッコミ。

「値段が違う」

人によっては、こっちが基本的事項だろう。ちなみに、俺は後者だ。

「つまり、値段と味が正比例すると?」

「そうとも限らないのが、カレールーの恐ろしいところだ」

別にカレールーに限ったことではないが。

「しかし、この商品は、ここに『うまみ成分当社比1.5倍』と書いている」

「なるほど。科学的なアプローチは良いことだと思う」



部屋の惨状を見ている限りでは、てっきりこういう買い物は面倒くさがると思ったんだが、麗華さんは、意外にノリノリだった。

しかし麗華さん、食材の産地とか、栄養素とか、ついでにスーパーマーケットの営業形態の特徴と分類とか、そういう難しいことは自分からスラスラ教えてくれるのに、変なところで知識が抜けている。


「大変だ。悠斗君」

「どうした?」

「カレーを作らなければならないのに、米がない」

「入口のところに売ってたけど?」

「違う。炊飯ジャーがない」

「麗華さんの部屋にあったぞ?」

「え?」

そんな馬鹿な、みたいな顔で見つめられる。

「そういえば、あったような気もするけど。私が買っていないのに、なぜ存在するの?」

「うーん。いわゆる『備え付け』ってやつじゃないのかな?」

冷蔵庫とかも、間違いなく麗華さんが買ったものじゃないだろう。

「そこまで確認したうえで、カレーライスを作る決断をしたの?」

そ、そんな大げさなものではないですが。

「いや、炊飯ジャーくらい、なくても普通に買えるし。まだやってる電機屋くらい、ここに来るまでにもあったろ?」

「! そ、その視点はなかった。申し訳ないです」

い、いや、謝らんでもいいですが。


でも少し分かったぞ。

このアンバランスさは、麗華さんの性格だけが原因じゃない。


おそらく、いろいろなことの経験が不足しているんだ。



◇◆◇◆◇◆◇



スーパー・トミタケからの帰り道、俺たちはそれぞれに買い物袋を抱えていた。

麗華さんは、野菜や飲み物。

俺は、カレールーと米。


「悠斗君。重くない?」

麗華さんが声をかけてくる。

重いです。20kgは調子に乗りすぎました。

「いや、大丈夫だ」

「しかし、発汗量、筋肉反応、心拍数。全てが、異常値を示しているように見えるけど」

「気のせいだ」

「そう?」

麗華さんに、男のプライドについて説明するのはまた今度にしよう。


「あれ? 悠斗君。あの人、うちの委員長さんじゃないかな」

と、麗華さんが指差したのは、俺の体力がいい加減に限界にきていた時だった。重い。マジ、重い。

「どれどれ」

あ、ほんとだ。

……いや、待てよ。


確かに委員長に、似てはいる。

しかし、今、見ている彼女は、制服をだらしなく着崩しているし、髪にも艶がなく、目の焦点も合っていないように見えるし、霊魂のような不可思議な光り方をする爬虫類のような尻尾を生やしている。

「って、夕方のあいつじゃないか!」

幻影獣に取り憑かれた女生徒だ!

「幻影獣に取り憑かれてるね」

冷たすぎて頼もしくなるほど冷静な声色の麗華さん。

その手には、シンプルな装飾の武骨な剣が握られていた。

……『断層剣カラドボルグ』じゃないよな。


「『干渉剣フラガラック』」

と、麗華さんは説明してくれた。なんだか、良く分からないけど、凄い剣なんでしょうね。

「悠斗君は、ここで待ってて」

言って、女生徒めがけて突進していく麗華さん。


「ギィヤアアアア!」

鼓膜が破れそうなほどの奇声とともに、青白く光る尻尾で迎撃する女生徒。

だが、麗華さんは、苦もなくかわし懐に飛びこむ。


そして、『干渉剣フラガラック』を、女生徒の身体に突き立てた。


「……って、ちょっと待てー!」


思わず焦ってしまったが、麗華さんが、そんな早まったことをするはずがない。

干渉剣フラガラックは、確かに謎の女生徒の身体を貫いていたが、その身体からは一滴の血も流れていなかった。

「ひょっとして、精神だけを攻撃する剣とか……?」

という俺の推測を裏付けるように、串刺しにされた謎の女生徒の身体から、青白いゴーストのような物体が姿を現した。

あれが、寄生型の幻影獣か!


「追いかけて、仕留めてくる。悠斗君は、ここで待ってて」

言って、駆け出す麗華さん。

「ま、待つんだ、麗華さん!」


買い物袋は、置いて行った方がいい!



◇◆◇◆◇◆◇



しばらく待ったが、麗華さんは帰ってこない。

仕方なく、俺は謎の女生徒の様子を見ていた。

「やっぱり、委員長だよな」

とりあえず地面に敷いた俺の制服の上着の上で眠る女生徒は、見れば見るほど委員長そっくりだった。

「こども先生は、委員長はちゃんと家に帰ってたって言ってたけど……」

家族も騙していたということだろうか。幻影獣もあなどれないな。


「ん……」

お、委員長が目を覚ました。

「委員長。大丈夫……」

「なんなのよ、あいつら!」

いきなり、怒鳴られました。

「し、信じられない……。人の心に、入ってくるなんて! 幻影獣ってなんなの! なんであんなのが存在するの! もういや! 私もう、あの学校やめる! BMPハンターになんかなれない!」

無理もないのかもしれないが、委員長はだいぶ怯えて興奮していた。いかん。なんとか、落ち着かせなければ。

小粋なギャグも全然思いつかないし、とりあえずここは土下座して謝ろう!

「すみませんすみません。とりあえず、すみません!」

……いかん。俺もだいぶ混乱している。


と、どうにも手のつけられない状態だった委員長が、突然黙り込んだ。

「な、なにか、ありました?」

敬語で聞く、情けない俺。

「あ、あれ、あれ……」

委員長が指差す先には。


青白いゴーストが立っていた。


間違いなく、さきほどの寄生型幻影獣だ。

麗華さんを振り切って、ここに帰ってきたらしい。

犯罪者は現場に帰るというが、なんてハタ迷惑にセオリー通りなやつだ。


「いや……。もういや! こっちに来ないで!」

よっぽど気持ち悪かったのだろう。

委員長は、俺のワイシャツをちぎれるくらいに握りしめて、目いっぱい振り回していた。


「まずいな、これは」


委員長は、戦力にならないばかりか、逃げることすら難しそうだ。

俺も、彼女を抱えて逃げられるほど、身体を鍛えてはいない。

あんまり出来の良くない頭を使って、打開策を考える。


「仕方ないか……」

やはり、大した策は思いつかなかった。


「委員長」

ダダをこねる子供のような委員長の目をみながら、語りかける。

「これを麗華さんに渡してほしい」

「え?」

はじめて、委員長が俺の目を見た。

そんな彼女に渡したのは、カレールーと米袋。

「そして伝えてほしい。とりあえず『弱火で煮込め』と」

「は?」

く。やはり俺もだいぶ混乱してるな。ロクなセリフが思いつかん。


「す、澄空くん!」

委員長を背にするように立つ。

俺のカンでは、あの幻影獣には直接的な攻撃力はない。

とりあえず、俺に取りつかせて、時間稼ぎをしている間に麗華さんが帰ってきて、『干渉剣フラガラック』でズブリとやってくれる!

完璧だ。完璧に行き当たりばったりなプランだ。

……俺、ほんとに頭悪いな。


「来い! 幻影獣!」


でも、なるべくなら来るな!

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