第11話 共同生活

道行く人がみんな振り返る。

良く『街で会ったら、10人中10人が振り返る美人』とかいうけど、ほんとに全員振り返る。

それも老若男女問わずに。

まあ、無理もない。

どう見ても、モデルかアイドルにしか見えないもんな。


「ん? 悠斗君。何か気になることである?」

なくはないですよ。

振り返って麗華さんを見てボーとした連中が、その後で、『で、その隣にくっついてるおまけみたいな奴、何?』みたいな視線で見てくることとか。

しかし。

「いや、何も」

と答えるしかあるまい。

毎日こんな状態じゃ無理もないけど、ほんとに他人の注目を集めるのに無頓着な人だ。


ところで、今、俺は、他の人からどう見えてるんだろうな。

この位置関係(麗華さんの隣を歩いている)なら、ストーカーには見えないだろうが。どうだろう、アイドルとそのマネージャーとかか?

いや、しかし、麗華さんは、普通の人間なら一緒に歩くことすら躊躇するほどの美人だ。

新月学園の制服にコスプレして麗華さんに付きまとっている不審者と勘違いされないとも限らない。というか、さっきから10人に1人くらいの割合で、そういう目で見ている連中がいる。

一応、保険をかけておくか。


「麗華さん。もし、国家権力がやって来た時には、正しい身分照会を頼むよ」

「ん。大丈夫。悠斗君もBMPハンター登録されているはずだから、もう国会議事堂にでもフリーパスで入れるはず」

そういう類の心配をしているのではないですが。

まあ、大丈夫だろう。


実に居心地の悪い帰り道をしばらく歩き、ようやく目的地らしいマンションが見えてきた。

首都の一等地だというのに、土地の取得だけでいったいいくらかかったんだ、というくらい馬鹿でかくて豪華なマンション。

どうも、ここが俺の新しい寝床らしい。

しかし、昨日までは、こういう建物は実は、国家維持軍の秘密基地か、変形合体するロボットパーツの類だと思っていたけど、やっぱり人が住めるんだな。

俺なら、屋根さえあれば、オールシーズンいけるというのに。

ちなみにマンションの名前は

『ハイツ剣』


「…………」

ちょっと待ってみようか。

「麗華さん」

「ん。何?」

「このマンションは、お父様の持ちモノなのでしょうか?」

なぜか敬語になる卑屈な俺。

「ん。違う。おじい様の」

そですか。

俺にとっては、その違いは本質的な違いではないですが。

つまり、あれだ。


麗華さんは、これだけウルトラハイスペックな容姿と能力に加えて、お嬢様属性持ちと。


一度、この世界の神様と意見交換会をする機会はないものだろうか。

別に、何か要求が通るとも思えないけど。


入口のセキュリティを、麗華さんに付いて抜ける。

そのまま、最上階までエレベーターに乗って上がり、

一番いい場所にある一室の前まで来た。

「ここ」

と言って、麗華さんが鍵を開ける。

そして、そのまま先に中に入った。

? あれ?

とりあえず、俺も続いて入る。

入ってみると、麗華さんは、ダイニングの椅子に腰かけて、くつろいでいた。

? えーと。


「麗華さん、質問です」

「ん? なに?」

「ここは、俺の部屋なんだよな?」

「うん。そう。それから、私の部屋でもある」


俺は席を立った。


廊下に出て、携帯電話を取り出す。

そして、一件しか入っていない番号をコール。

「はい。城守ですが」

ワンコールで出た。

「城守さん。俺は、ここにはいられません」

「? それは、哲学的な意味でですか?」

おしい。

「倫理的な意味でです。なんで、高校生の分際で、同棲をしなければならないんですか?」

と聞くと、いかにも、やれやれ、と言った口調で、

「実は、悠斗君の覚醒時衝動に関する調査報告がまとまったんですよ」

また、氷砂糖の親戚か……。


「それによると、悠斗君のBMP能力が戦闘系のものだった場合、最大被害を想定すると、国家維持軍の首都防衛部隊が全滅となっています」

「ぶっ」

それは、いくらなんでも大袈裟過ぎだ。

麗華さんが、昔、国家維持軍の一個大隊を沈黙させたとかいう話といい、どうしてそうも大袈裟に言うのか?

「誰ですか、そんなデマを飛ばしてるのは?」

と言う、城守さん。ほらみろ。やっぱり、デマじゃ……。

「一個『連隊』です。麗華さんの覚醒時衝動の時ですね。いや、あの時は、ほんとうに肝を冷やしました」

……左様ですか。

「国家維持軍をそのマンションに張り付けられればいいんですが、ご近所迷惑というものもありますし」

……でしょうねぇ。

「まあ、悠斗君にとっても、麗華さんにとっても『高貴なる責務』というやつですよ。間違いにだけ気をつけて、健全に同居してください。十分、骨身にしみているとは思いますが、麗華さんを怒らせると、検査院に机を投げつけた時のほうがまだまし、という目にあいますよ」

「実感こもってますねー」

投げやりに呟く俺。

やっぱり、この人に口論で勝つのは無理だ。

どうやっても、反論できない材料をそろえているに違いない。


「では、私はこれで」

と言って、電話は切れた。


敗者の気分でダイニングに帰ってくると、美しい姿勢で麗華さんが椅子に座っていた。

ただし、制服のままだ。


「とりあえず、服、着替えてきたら?」

「なぜ? このままでも構わない」

「いや。そのままだと……」

「そのままだと?」

「しわになる」

「……悠斗君は奥が深い」


以上のようなやり取りを経て、麗華さんは着替えに行ってくれた。

……別に、俺の『奥』が深いわけじゃないよな?


「にしても……」

見渡してみても、何もない。

5LDKというふざけた間取りで、広さも十分。備え付けの家具も豪華だが、それ以外に何もない。

なんとなくイメージ通りではあるが、ここまで徹底しているとは。

「まさか、食料もないなんてことはないよな?」

心配になって冷蔵庫を開ける。

そこには、500ミリリットルのミネラルウォーターが5本ほど入っていた。

「……」

ちなみに冷凍庫は、空だった。冷凍庫、いらないではないか。

たとえ、この水が、BMP兵器開発局の調合した特殊飲料だったとしても、この水だけで、あの暴力的なプロポーションが維持できるとは思えない。

「となると、怪しいのはあそこだ!」

芸能人お宅訪問、のノリで、システムキッチン上部の収納部を開く。

すると、雪崩が起きた。


「…………」

雪崩の正体は、カップラーメンだった。

それも、同一メーカーの同一種類のシーフードヌードルだ。

「…………」

一つ一つひっくり返して調べてみるが、賞味期限以外に違いが見当たらない。

「ということは、シーフードヌードルコレクターのセンもないな」

そんなコレクターがいるかどうかも知らないが。

と、ドアの開く音がした。


「あれ、悠斗君? どうしたの?」

麗華さんは、タンクトップとジーンズというラフな格好だった。

お嬢様属性ということで、ドレスで登場とかいうインパクトはなかったが、代わりに脚が長いことが判明した。いや、マジで長い。

「いや、食料を探してた」

自分で言いながら、これはコソドロと変わらないのではないかと、今更ながらに青くなる。

「ん。だったら、そこから好きなの選ぶといい」

そうか。やっぱり、このシーフードヌードルズが唯一の食糧か。

「栄養のバランスは?」

「その視点はない」

開き直りやがった。

「……ないけど、あってもいいかなとは思ってる」

「譲歩ですか」

ならば、仕方ない。


俺が、カレーでも作りますか。

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