第10話 幻影獣「寄生型」

「体育館での『審判の獣』の儀式を見てましタ」

「ぶっ」

こ、ここにも糾弾者がいましたか。

「待ってください、エリカさんとやら。とてもとても不可思議でしょうが、実は、俺にも反論らしきものが……」

「とても、感動しましタ」

「……はい?」

感動とな。

なぜに?


「いったい、どんな獣が見えたんだ? どうも、本人には見えない仕様らしいんだが……」

「分からないデス」

平然と言い放つ金髪。

「レベルや属性が違い過ぎると、見えてても理解できないことが多いデス。麗華さんの時もそうだったデス」

「そ、そなんですか」

「でも、とても優しくて強い獣でしタ。強すぎて、みなさんパニックになってしまったようデスけど……」

と、エリカは、言葉を区切り、

「私も、悠斗さんみたいなBMP能力者になりたいデス」

「いや、それはおすすめしない」

いや、マジで。


「ところで、悠斗さんの家は、こっちの方なんデスか?」

自分でも『ロイヤルエッジ』を弄びながら、エリカが聞いてくる。

ああ、そういえば、今、迷子の最中だった。忘れてた。

俺は、懐から携帯電話を取り出す。

「もしもし、城守ですが」

「城守さん。俺は、どこに帰ればいいんでしょうか?」

「? それは、哲学的な問いですか?」

なんでやねん。

「物理的に、今日、寝るところです。壁はなくてもいいですが、天井は必要です。浮浪者はいてもいいですが、不審者は勘弁です」

「いきなり最低ラインを切り出さなくても……。そこに、麗華さんはいないんですか?」

「いえ、いませんけど」

別口の美少女なら、いますが。

「おかしいですね。麗華さんに、案内するよう、お願いしていたんですが」

「失礼しました。お手数、おかけしました」

慌てて電話を切る。

やばい。

そういえば……。


「麗華さんを置いて帰ってきてた」



◇◆◇◆◇◆◇



「ウチの学校で、麗華さんを置いて帰る男の子がいるとはおもいませんでしタ」

「意外だねぇ。俺もだよ」


とりあえず新月学園まで帰らないといけないので、エリカに案内を頼むと、意外なほどあっさりと引き受けてくれた。見た目はロイヤルだが、ほんとにいい娘だ。

しかし、麗華さんにどうやって謝ったものか。いきなり、断層剣を抜かれた日には、まっぷたつになるのは、俺の身体だけではすみそうにないぞ。



「アレ?」

唐突にエリカが立ち止まる。

「どうした?」

「アレを見てくださいデス」

言われて見た方向には、新月学園の制服に身を包んだ女生徒。

しかも、

「委員長に似ているような……」

気がするのだが、確証が持てない。

俺の知っている委員長は、ちょっと気が強いところもあるみたいだが、まじめで、礼儀正しい。

しかし、今、見ている彼女は、制服をだらしなく着崩しているし、髪にも艶がなく、目の焦点も合っていないように見えるし、霊魂のような不可思議な光り方をする爬虫類のような尻尾を生やしている。


「………」


って、ちょっと待て!

「なんなんだ、あれ!?」

ようやく現実を認識して騒ぎ出す俺の前で、不気味な青色に輝く尻尾が、もの凄い勢いで振りぬかれた!

「な!」

たまたまそこを通りがかっていた人たちが、3人ほど、まとめて吹っ飛ばされる。


「気をつけてくだサイ、悠斗さん! あの人は、幻影獣に寄生されていマス!」

エリカが叫ぶ。

き、寄生型の幻影獣だって? あれは、滅多にいないはずじゃないのか!

ちなみに、カードレアリティで言うと、『Sレア』くらいの出現率だ!

その手のゲームはほとんどやったことないけど!

「あの人を止めマス! 援護してくだサイ!」

と、エリカ。

言われて、一応、周りを見渡してみるが、他に誰もいない。

ということは、さっきのセリフは俺に言ったのか?

しかし、援護といっても……。

「とりあえず、ミネラルウォーターとか買ってきておけばいいのかな?」

ほんとにそれくらいしか思いつかない馬鹿な俺を尻目に、エリカが能力を発動させる。


「豪華絢爛(ロイヤルエッジ)!」

指揮者のような優雅な腕の振りに合わせて、空間に出現する数十の不可視の刃。

その刃が、彼女の指の動きに合わせて、幻影獣に寄生された女生徒に向かって殺到……。

「さぁ、どこからでもかかってくるがいいデス!」

……え?

この刃、ひょっとして、動かせないのか?


ビシ、と指を突き付けられた謎の女生徒は、しかし、向かって来ない。

どころか、くすりと小馬鹿にしたような笑みをこぼして、背中を向けて逃げて行った。


「お、追わないと!」

あまりの出来事に、自分の身の程も忘れて追いかけようとする俺。

「ま、待ってくださいデス!」

その俺の首に、後ろから細い腕が巻きつく。


す、スリーパーホールドの体勢になっているんですが!



エリカの腕は、長いが細い。

ゆえに頸動脈をいい感じで圧迫しており、気を抜くと落ちてしまいそうだ。

ついでに、エリカの胸は大きくて形がいい。

こちらも気を抜くと、背中側から意識が飛びそうな危険物である。


「エ、エリカ! く、首! 落ち……」

「チョー久々に、豪華絢爛(ロイヤルエッジ)の切れ味がいいデス! 隠蔽率も高いので、下手に突っ込むと危険デス!」

確かに、謎の女性徒を追うためには、豪華絢爛(ロイヤルエッジ)が布陣された空間を抜ける必要があるが……。

「じゃあ、早く解除を!」

「そ、それガ……。慌てて変に固着させてしまったせいか、解除に時間がかかりそうなんデス……」

ま、まさか。解除に、1分くらいかかるとか……。

「15分くらいかかりマス」

…………。

キミの能力は……。

「お笑い専門ですか?」


「ひ、ひどいデス! 悠斗さん! 私はあんまり出来は良くないかもしれないデスけど、お笑いじゃないデス!」

「す、すみません!」

言い過ぎました!


だから、落とさないでください!



◇◆◇◆◇◆◇



結局、謎の女生徒には逃げられてしまった。

まあ、15分も経てば、無理もない。

そもそも、迎撃専門のエリカと、応援専門の俺でなんとかできる状況ではなかった気がする。


あのあと、城守さんに件の幻影獣のことを報告したうえで、

『やっぱり、私はだめだめデスー』

と嘆くエリカをなんとかなだめすかして、新月学園まで案内してもらった。

女性とまったく縁のなかった俺が、レディを慰めるような真似ができるとは……。

「人間その気になれば、なんとかできるもんだなー」

ほんとに、そう思う。

しかし、なんともならないことも、もちろん、厳然として存在する。


今がちょうどその時だった。


「うわ。ほんとにまだいる……」

今日の宿はなくなるが、いっそのこと、帰ってくれていた方が良かったかもしれない。

不審者のような恰好で、教室のドアの陰から覗き見る俺の視線の先。

窓側最後尾の席に、何度見ても、この世のものとは思えないほど美しい少女が座っていた。

待っていてくれたのだ。


俺の脳裏に最初の出会いのシーン(※主に断層剣カラドボルグで真っ二つになった部屋)が思い出される。

おまけに、今回は、例え俺が真っ二つにされても、誰も擁護してくれない気がする。というか、してくれない。

とはいえ、まだ死ぬ気はない。

「仕方ないな……」

やはり、ここは『カウンター土下座』しかない。

麗華さんが怒り始めた瞬間に、カウンターで額を床に叩きつけながら、ダイビング土下座をする。

人間、機先を制されると弱いものだ。


「とはいえ……」

頭を床にこすりつけた状態になるので、後頭部を踏みつけられたりすると、非常にスプラッタなことになる。

「こ、こえー……」

普通にビビる。

が、あれだけの超絶美少女を2時間近く待たせておいて、このまま逃げることなど許されるはずもない。

「よし!」

俺は、覚悟を決めた。


「麗華さん!」

勢いよくドアを開ける。

「待たせてごめん! 頭悪いくせに考え事してて、ボーとしていて、一人で帰ってしまいました! ほんとにすみませんでした!」

一息に言いきって、『カウンター土下座』の体勢を取り、麗華さんの怒りに備える。『断層剣カラドボルグ』か『後頭部踏みつけ』が出るほど怒っていれば、俺の負けである。


すると。


「ん。待ってた。じゃあ、帰ろう」


許してくれました。



心、広いな!

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