第9話 豪華絢爛(ロイヤルエッジ)『本郷エリカ』

眼が覚めると、夕方だった。

机から頭を起こすと、教室内には誰もいない。

「ふーむ」

午後の授業の途中から、記憶がない。

これは、俗に言う居眠りというやつだろう。

「いや、どっちかというと気絶かな?」

ほんとに、授業中、先生が何を言ってるのか分からないもんなぁ。

「そういや、麗華さんは……」

いない。

今日の状況からして、先に帰ったとは考えづらいな。

もう少し待ってようか。


しばらく待っていると、教室のドアが開いた。

だが、期待していた人物ではなかった。

「委員長?」

それは、麗華さんにも喰ってかかっていた、委員長属性の委員長だった(名前はまだ知らない)。

「まだ、帰ってなかったんですね」

軽く会釈をして、自分の机を漁る委員長。

どうやら、忘れ物を取りに来たようだ。

しかし、委員長。分厚い眼鏡で、三つ編みで、あんまり目立つ風貌じゃないけど、なんだか、ホっとする。

この二日間、個性の強い人たちばかりだったもんなぁ。

上条博士(と、そこの女性研究員)、城守さん、三村、こども先生。

そして、やっぱり麗華さん。

あの人は、やっぱり特別だよなぁ。


「『特別』って、どんな気持ちですか?」


そりゃ、あれだけ超絶美少女で、仰天戦闘力を持ってれば、普通の感性にはならないとは思うよ。でも、悪い子じゃないんじゃ……え?


気がつくと、いつの間にか、委員長が目の前まで来ている。

普段から難しい顔をしているが、今は特に真剣だ。

「今日の昼休み、体育館で遊んでいた人たちが、100人近く早退したって聞きました」

「ぶっ」

そ、その話題でしたか。

まずい。急いで、対こども先生用に用意していたけど、結局使わなかった言い訳を思い出さないと!

「待ってくれ、委員長! 意外に思うかもしれないが、俺にも若干、言い分が、あったりなかったり、五分五分だ」

いかん。焦りすぎて、言動が意味不明だ。

「別に責めてるわけじゃないです」

しかし、やけに寛大な委員長。


「ほんのわずかだけど、BMP能力があると分かって、この高校に入るために、私、勉強しました。身体を壊すほど」

以前に聞いた、BMP能力と反比例する試験制度か。

「でも、低BMP能力者……特に、BMP110未満の能力発動値に達していないBMP能力者にとっては、結局ここも、ただの名門校です」

それのどこが悪いのか、俺には分からないけど。

少なくとも、このクラスの授業についていけるだけで、凄いと思うけどな。


「『特別』って、どんな気持ちですか?」


前言撤回。

この子も、難しい。



◇◆◇◆◇◆◇



この二日間で、頭を悩ませる事項が爆発的に増えた。


まず、なんといってもBMP能力。

続いて、麗華さん、新月学園、さきほどの委員長もそうだ。ついでに、上条博士のところの注射好きの女性研究員さん。


そして、今現在、俺がどこにいるかということ。


「そもそも、俺はどこに帰るつもりだったんだ?」

絶賛ホームレス中だというのに。

委員長の話を、頭が悪いなりに消化しようと、うんうん唸りながら帰ったのがまずかった。

ただでさえ知らない道を、意識しないまま歩き続けるうちに、絶望的なまでに知らない場所に出た。


「首都にしては、綺麗な川だよなぁ」

その川(名前は知らない)に架かる、これまた名前も知らない橋の上から、のんきに呟いてみる。

でも、ほんとに綺麗な川だ。

透明度は高いし、魚も泳いでいる。

幅もそれなりだし、河原も綺麗だ。

おまけに金髪の美人まで立ってる。


「って、え?」


確かに金髪の美人が立ってる。

後姿だけでも美人だということを確信できる、すらりとした長身(麗華さんより高そうだ)に加えて、セミロングの輝くような金髪。

それも、染めているのではありえない自然な金。

おまけに、新月学園の制服を着ている。


「うちの学園、外人さんまでいたのか……?」


思わず欄干から身を乗り出して確認しようとする。

と、

「痛っ」


何かに、頭をぶつけた。




「なんだ、これ?」


確かに頭をぶつけた。

しかし、そこには何もない。

いや、『ない』訳じゃない。手で触ると、確かに感触がある。

しかし『視えない』。


「うーん……」

撫で回す。

感触はプラスチックに近い。

大きさは、ラグビーボールほど。

形は楕円で……、そう、できそこないのラグビーボールというと一番イメージが近いかもしれない。

そんな不可思議で不可視の物体が、欄干の上、10センチくらいのところに浮いている。


「あー! それに触っちゃダメデス!」

謎物体の正体の看破について、俺の知能では無理と、早々に思考を放棄しようとした矢先に、高く良く響く声が聞こえてきた。

声のする方を見てみると、さきほどの外人さんだ。

「それに触っちゃダメデス! 危ないデス!」

多少、片言気味だが、綺麗な発音だ。そして、案の定、美人だった。


輝くような金髪に見とれていると、金髪さんは、土手に駆け上がりだした。

「ひょっとして、こっちに来ようとしてるのか?」

結構、距離があるんだけど。

うーん、間が持たないなぁ。


さて、ここで問題。

こういう時の正しい対応は、次の内、どれだ?


1.恋人のごとく、彼女に向って全力で手を振り続ける。

2.二枚目の如く、少し流し目で川を眺め続ける。

3.脱兎のごとく、逃げる。

4.馬鹿のごとく、ぼーっとする。


よし、4だ。


などと馬鹿なことを考えていると、金髪さんが、いつの間にか目の間にいた。

結構、足、早いな。


「あ、危ないから、触っちゃ……、だめ、デス」

「りょ、了解ッス」


近くで見ると、輝くような金髪以上に、深く青い瞳に圧倒される。

思わず、敬礼した俺を、誰が責められるだろう?



「そ、それに触れては、いけないのデス」

「こ、これのこと?」

と、反射的に、その不可視のラグビーボールに触れてしまう、馬鹿な俺。

「デスから触れてはいけません! 手が切れてしまいマス!」

そ、それは、大変だ!


慌てて手を放し、出血の具合を確かめる。

「……あれ?」

しかし、手はどこも切れていなかった。というか、さっき、散々触りまくってたよな。確か。

「ちょっと見せてくださいデス」

俺の手を取って、まじまじと見つめる金髪さん。

「確かに、傷はないようデスね。何よりデス……」

セリフとは裏腹に、めちゃくちゃ落ち込んでいる金髪さん。え? 俺、またなんかしました?

「あの。なんか、まずかった?」

「いえ。怪我がなかったことは、とても喜ばしいのデスが……」

憂いの色に、瞳を染める。

「そうとばかりも言えない事情があるのデス……」


とりあえず、聞きましょうか。


そして、そのあとで、新月学園まで送ってもらおう。さりげなく。



◇◆◇◆◇◆◇


「私は、本郷エリカといいマス」

「あ、どうも、はじめまして」


金髪の彼女に促されるまま、川を眺めるような体勢で、土手に二人して座り込んで話している。

名前もそうだが、外人さんにしては、顔の線が柔らかい気がする。ハーフさんだろうか?


「クラスは『支援士(サポーター)』、能力名は『豪華絢爛(ロイヤルエッジ)』デス」

「へえ。ロイヤルエッジっていうのか」

さきほど俺も触れた、不可視の刃。

それを、彼女は今、川の上あたりに展開しているらしい。

その数は、数十個。

良く見れば、完全な不可視というわけではなく、光の反射でだいたいの位置は掴めるみたいだ。


だが、一番の問題は……。


「エッジというにしては……」

切れない。

たまたま近くに浮遊していた『ロイヤルエッジ』を撫で回しているのだが、できそこないのラグビーボールのような形のソレは、確かに多少は尖っているが、よほど強くこすらないと、斬れそうにない。

「そうなんデス……」

青い瞳を伏せるハーフさん。


「幻影獣に有効な攻撃を与えられるのは、BMP120からなのに、私のBMPは119。おかげで、エッジも、こんな中途半端な状態なんデス」

それで、放課後一人で訓練してたのか。

見た目はロイヤルなのに、なんて健気なハーフさんだ。

見た目も才能もエクセレントな、どこかの麗華さんにも、是非見せたいところだ。


って、そういえば、俺、自分の自己紹介してないぞ。

彼女は、『ロイヤル』だから、俺は『1-C』とか?。

……それは、ただの所属だ。


「あなたは、澄空悠斗さんデスよね?」

「へ?」

とても自然に、俺の名前を呼ぶ本郷さん。

どうして俺の名前を知っているんだ?


理由は不明だが。



彼女に自己紹介する機会は、最初からなかったらしい。

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