第8話 審判の獣

昼休みも残りわずかだというのに、俺は呼び出しを受けていた。


呼び出し主は、あまり雰囲気のよろしくない三人組。

どうみても友好的には見えない。

が、なぜか、呼び出し先が体育館裏ではなく、体育館『内』だった。こういうところにも、学校自体の品の良さが出ているのだろうか。

そういえば、周りで遊んでいる他の生徒たちも、こっちをちらちら見ているが、あんまり緊張感がない。


「そりゃ、この学校は、BMPが全てだ。あんたが本当に、BMP187だってんなら、王様のようにふるまおうが、誰も文句は言わねえ」

真ん中のリーダー格の男子生徒が、口火を切る。

どうでもいいが、右側に立っている男子生徒は、結構、男前だ。

「けどな。今だにBMP能力が発現してないってのはなんだよ!? そんなんで、エリート面されたんじゃ、他の連中はたまったもんじゃねえ。まして、あの剣より上なんて、ありえねえ!」

力説するリーダー格。

しかし、右側の男子生徒、頷くばっかりだな。せっかく、顔がいいんだから、積極的に前に出ないと損だぞ。

「よし、分かった。つまり、石ころのようにじっとして目立たなければいいんだな?」

まかせろ。そういうのは、得意だ。


「ちげーよ。どうしたって目立つだろ。今のままじゃ」

と、リーダー格が指さすのは、檀上。

天秤を模した、奇妙な形のオブジェクトがステージの奥に飾られていた。

しかし、左側の男子生徒は存在感がないなぁ。そのままだと、『リーダーのA君、男前のB君、空気のC君』とかいうふうにランク付けされちまうぞ。世間に。



「こいつは、『審判の天秤』って言われてる」

「ふむ」

「触れた人間の潜在BMP能力を、他人にも分かるよう視覚化する装置だ」

「ふむ?」

「BMP測定器のように、相対評価には向かねえが、誰にでも直感的に分かりやすい」

「ふ、ふむむ?」

く、こいつ。

不良のくせに、小難しい言葉を並べてからに。なにが『ソータイテキ』だ。


「見てろよ」

言って、リーダー格が、『審判の天秤』に触れる。

途端、

獅子に似た姿の獣が姿を現した!


「おお」

その輪郭は朧げで、今にも消え入りそうだが、その獣の放つ気配は、まっすぐで強い。

「っつ、はぁ……」

止めていた息を吐き出すような仕草をするリーダー格。

瞬間、獣も姿を消した。

「どうよ! 今のが、俺の『審判の獣』だぜ!」

「へえ」

こいつに対する認識を少し改めなければならない。

今の獣は、まだまだ輪郭もはっきりしていなかったが、嫌みのないまっすぐな強さを感じた。

「こいつは、BMP108。もう少しで、BMP能力の発現する、110に届くところだ」

男前が付け足す。

そして、やっぱり、何も発言しないもう一人の男子生徒。もっと、前にでようぜ!


「何が言いたいかわかるだろ? あんたにも、これをやってもらいたいんだ」

馬鹿にするな。俺でも、そのくらいは、分かる。

「ちょうど、ギャラリーも多い。ここらで一発、BMP187の凄さってやつを見せてくれよ。そしたら、明日から、あんたがここのボスだ」

「なるほどな」

『ボス』という表現に違和感はあるが、リーダー格の言うことにも一理ある。



……実は、俺自身も、あのBMP測定器とやらの187という測定結果には、疑問を持っていた。


だって、全然、自覚ないし。

そもそも、今までBMPとは関係ない環境で生きて来たのに、いきなり『今日から君が最強のBMP能力者だ』とか言われても困る。


いい機会だ。

挑戦しよう。



深呼吸する。

少し、緊張している。

正直な所、『審判の獣』は現れないんじゃないかと思っている。

そうすれば、この未だに理解できない現実からは、逃れることができる。

三村やこども先生、上条博士、城守さんに高校生活。

それから麗華さんと離れるのは若干寂しい気もするが、リーダー格の言うとおり、本当に能力がないのであれば、俺はここに居座るべきじゃない。

意を決して、『審判の天秤』に手を触れた。



ぴりっとした、というくらいだろうか。

特にこれといった手ごたえもなかった。

『審判の獣』も見当たらない。

「ほらみろ! やっぱり、ガセじゃねえか!」

いきなり飛び跳ねたように喜ぶリーダー格。

「BMP187なんて、いくらなんでもありえないと思っていたんだ!」

追随する男前の仲間。

そして、あと一人はやっぱり頷くだけだった。もっと前に出ようぜ!


とか言っている場合ではない。

これは、この『審判の天秤』か上条博士のところの『BMP測定器』のどちらかが故障しているということだ。

どちらにしても、後始末は大変そうだ。城守さん、頑張って。


と、そこまで俺が思ったとき、

「ひ!」

『心底恐ろしいものを見た』という声で、リーダー格が悲鳴をあげた。

「あ、ああ……」

男前も呆然とした表情で、『審判の天秤』の背後を見上げている。

「なんだ?」

俺も同じところを見てみるが、何も見えない。

ひょっとして角度の問題か?

などと、馬鹿なことを考えていると。

「き、きゃあああああ!」

ギャラリーたちから、もの凄い悲鳴が轟いた。



「なにあれ! なにあれ! なんなのあれー!」

「い、いくら、なんでもむちゃくちゃだ! BMP187だからって、なんだよ、あれー!」

「に、にげにげにげにげ……!」

「やっぱり、あいつには手を出しちゃいけなかったんだ!」

ちょっとしたパニックに陥っている体育館内。

しかし、やっぱり俺には何も見えない。

「な、なぁ、澄空。俺たちが悪かった。あんたの力は十分に分かったから、『ソレ』しまってくれ!」

とリーダー格。

「い、いや……」

しまってくれ、と言われても。

「お願いだ、悠斗さん! ……、ひ、ま、待った。や、やめろ。潰さないでくれ!」

と男前。

つ、潰すってなんだ?

ひょっとして、これ。本人には見えない仕様なのか?

「ゆ、悠斗さん。いや、澄空様! 俺たちが悪かった。この通り! だから止めてくれ。止めてください! お願いします!」

ついに口を開く第3の男。ようやく口を開いたと思ったら、それか。

というか、様づけなんてするな。俺が暴君みたいじゃないか。


「や、やっぱり、無理だ。あの三人組がいくら謝っても、澄空君の怒りは収まらない!」

「て、天罰だ。地上最強のBMPを図ろうとした天罰だ!」

「とにかく逃げろー! BMP過程の先生たちを……、いや、国家治安維持軍を呼べー!」


…………。

いや、暴君だな。まるっきり。



◇◆◇◆◇◆◇



「一言で言って、大惨事ね」

「大参寺ですか」

それは、きっと格調高いお寺なのでしょうね。

「発音変えてもダメです」

右目の眼帯の位置を直しながら、こども先生。

しかし、いつ見ても、ごつい眼帯だ。クマのプーさん眼帯とかじゃだめなのか?



昼休み後。

俺は午後の授業には出席せず、職員室に呼び出されていた。

目の前には、明らかにサイズの合っていない机の前に座っている、こども先生。

そして、他の教師たちが、俺から距離を取るようにして、壁際に移動しているのが気になる。凄く気になる。

「何らかの異常を訴えて保健室を訪れた生徒が216人。そのうち、パニック症状を起こして早退することになった生徒が87人」

「ぶっ!」

ま、マジですか!?

「一番近くにいた三人組は、入院したわ。大事には、いたらなかったようだけど」

「ぶっ!」

ま、マジですか!?

もの言いたげな隻眼で見つめてくる、こども先生。

「待ってください、こども先生。意外に思うかもしれませんが、俺にも主張らしきものがあるようですよ?」

「こども先生、言わない。別に、言い訳する必要はないわよ」

『なんで疑問形なのよ』といったツッコミをすることすらなく、やけに寛大な、こども先生。

「君が他の生徒にそそのかされたのは明白だし、あの『審判の天秤』は、本当に何の危険もない、ただの検査器具なんだから」

「え?」

凄く危険だったように思うんですが。

「そうね。今、あれの製造元は大変よ。謝罪会見に、原因究明・再点検、商品回収。結構、大手なんだけど。潰れなければいいんだけどね。悠斗君のせいで」

こ、こども先生、もう少しオブラートに。

俺のハートにクリティカルヒットです。


「ま、それはともかく。もう少し、こっちに来て」

言われるがままに、椅子ごと寄せると、こども先生は眼帯を外した。

「んー」

深緑の瞳が、俺を覗き込む。

「ん、んー!」

こども先生の手が、俺の頭を掴む。

「せ、せんせせせ……」

縦に振っても、やっぱりBMP能力は出てこないと思います、こども先生!

「やっぱり、わかんない」

拗ねたように手を離す、こども先生。じゃあ、するなよ。


「でも、これでわかったでしょ」

「え?」

人差し指を、ビッと立てて、こども先生。

「感知能力者としては屈辱だけど、私に感知できないだけで、やっぱり君にはとんでもないBMP能力が眠っているわ」

「はい」

みたいですね。

「君自身が自覚できないのは分かるけど、これから先に何が起こるか、私にもわからない。覚醒時衝動だけでなく、いろんなことに気をつけて」

「分かりました」

深く頷く。


人に迷惑をかける生き方だけは、嫌だからな。

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