第5話 ランスウエポン『三村宗一』 アイズオブエメラルド『緋色香』

「いや、助かったよ。マジで」


無事、石垣から下半身を(いや、上半身か)を救出した俺は、問題の男子高校生と一緒に歩いていた。

「しかし、石垣、あのままにしておいていいものかな?」

「留守だったしな。後で、学園の事務の人と一緒に謝りに行くよ。どうせ、俺一人だと、もっと怒らせるしなー」

軽い口調で言う、若干イケメンの男子高校生(ではなくて、『新月学園』の生徒だな。こんな風変りな制服が他にあるとは思えん)。

しかし、俺が着ると、ただの変わった制服なんだが、こいつが着るとなかなか様になっているな。ち、不公平な。


「しかし、あんたも変わってるよなー。入学式からまだ2週間もたってないうちに、転校してくるなんてさ」

「ふ。俺はどちらかというと、入学して2週間で前の高校を辞める羽目になったことに脅威を感じてるよ」

いや、マジで。

「いや、凄いって誉めてんだよ。BMP能力がない奴が『新月』に入るには、70以上の偏差値がいるんだろ」

いや、50を超えた記憶がないぞ、俺は。

「ま、も一人の転校生に比べたら、全然目立たないだろうけどな」

「もう一人の転校生?」

興味を覚えた俺は、聞く。


「おいおい、とぼけるなよ。BMP187とかいうとんでもない能力者だよ! つい最近まで剣の172ですら人類の限界を超えたって騒がれてたのにな。187なんて、もう人間じゃないんじゃないかー?」

「凄いな」

世の中には、そんなとんでもない人間もいるのか。


……って、ちょっと待て。それ、俺だ。


「お、着いたぞ」

「へ?」

彼の間違いをただそうとした俺は、唐突なセリフに意表を突かれた。

「ここが、職員室だ。先生が待ってんだろ。こういう時、普通は」

「あ、ああ。そうだな」

……校門をくぐった記憶がない。疲れてるんだな、俺。

「じゃ、俺は事務室の方に行くから。さっきの石垣の件、報告しないと」

と、背を向けて、


「あ、そだ」

と、止まる。

「俺は、ランスウェポン『三村宗一』。よろしくな」

「と、こちらこそ。元よーい丼亭調理補助候補・新月学園編入予定『澄空悠斗』だ」


負けじと、称号らしきものをつけてみたが、


やっぱり『元』と『予定』は良くないな。

早いところ、新しい称号を用意しよう。



◇◆◇◆◇◆◇


日本で最高のBMP養成過程を持つ高校。『新月学園』。


BMP能力の高低と入学試験の難度が反比例するという、変則の試験方法を持つことでも有名なこの高校は、いわゆる超名門校でもある。

BMP能力がないものが入学するには日本で最も難しいと言われているが、入学することさえできれば、ここほど恵まれた高校もない。


まず授業料が安い。一般的な公立高校の半額程度だ(BMP能力者は無料になる)。


また、人的・設備的投資も凄い。

幻影獣対策費として政府から直接補助金を受け取っているので、授業料が安いにも関わらず、他の高校を圧倒するほどの資金力を誇る。

BMP能力者養成に使うべき資金だが、その恩恵の一部を他の在校生も享受することができる(高BMP能力者にいたっては、生活費どころか給料が出る)。


また、OB・OGの寄付及び卒業後のコネクションも凄い。

無事ここを卒業することができれば、『特権階級』『BMP族』と言われるほどに、輝かしい未来が約束される。


だが、それゆえに、過程は厳しい。

BMP能力者は、その能力を磨くために血のにじむような鍛練を、

BMP非能力者は、それ以上の努力を要求される。

落伍者には、容赦ない。


それゆえに、教師陣も、他の高校とは一線を画する。

各界で名をはせた学者、カリスマといわれる教育者。

なかでも中核となるBMP養成課程を担当する教師陣は、世界の一流BMPハンターと並んでも、何ら遜色ない凄腕のみが抜擢されている。


以上、『季刊BMP最前線VOL137・BMPハンターになるならここだ』より抜粋(俺の脳内で)。


◇◆◇◆◇◆◇


……つまりは、あれだ。


この何の変哲もない職員室のドアを開けるのにも、凄く勇気がいるということを分かってもらいたかったんだ。


昨晩の麗華さんも件もある。

ドアを開けたとたん、原子レベルにまで分解されるトラップが発動しても別に不思議じゃない(というか、実際にそんなセキュリティを一部で採用しているらしい。……正気か)。


とはいえ、いつまでもビビっているわけにはいかない。


意を決して、俺はドアを開けた。


超名門校とはいえ、職員室の中は意外と普通だった。

だが、誰もいなかった。


「そうか、ホームルームの時間か」

しかし、それにしても誰もいなくなるものだろうか。

少なくとも、俺の担任はここにいてくれないと、どうやって教室まで行けばいいんだ。


「ああ、もう! いったいどこにいるのかしら!?」

突然、誰もいないはずの職員室から声がした。


……いや、誰もいなかった訳じゃない。

小さ過ぎて見えなかったんだ。


職員室の中ほどにある席の一つに、小学生くらいの女の子が座っていた。

「……なぜ、職員室に女の子が?」

いぶかりながらも、俺は近づいていく。


「もう……? ほんとにどうなってるんだろ? 10キロ先にいたって分かるくらい集中してるのに……。まさか、上条博士、ついにボケたんじゃないでしょうね」

上条博士はボケないだろ。あれだけハッスルしてれば。

しかし、この子、右目に、えらいごつい眼帯してるな。もっとファンシーなのにすればいいのに。

「『BMP187』なんてとんでもない男の子なんだから。同じ町内にいれば、絶対に感知できるはずなのに! ……って、あなた、何をしてるの?」

「いや、教室が分からないんですが」

いきなり話しかけられて思わず敬語になる俺。

しかし、この子、姿も声も幼いけど、口調が妙にしっかりしてるな。しかも、教師の席に座ってるし、いったい何者だ?

まさか……。

「教室が分からないって、転校生でもあるまいし」

どう見てもこどもにしか見えないけど。

「ん、あなた見ない顔ね。……いや、どっかでつい最近見たような」

ドラマか何かで見たことがあるようなないようの設定の。

「って、ちょっと待ちなさい。確か、澄空悠斗君の顔写真がここに……」

ほんとにいるわけないと思っていたけど。

「まさか、あなたが、澄空悠斗君!」

「こども先生?」


「……はい?」

しまった。思わず、呟いてしまった。

しかし、なんてことだ。俺の担任はこども先生だというのか。

「そんなことはいいから、ちょっと顔見せて」

言いながら、こども先……担任の先生は、右目の眼帯をはずす。

驚いたことに、そこから深緑の瞳が姿を現した。

左目は普通の黒色なのに。


「んー?」

吐息がかかるくらいの距離で、深緑の右目を使って、俺の瞳を覗き込んでくる。

「ん、んんー?」

しばらく見つめたあと、何が気に入らないのか、俺の頭を小さな両手でつかんでシェイクしだした!

「せ、せんせせせせ?」

「……ぜんっぜん、わからない」

拗ねたように言って、急に手を離した。

「感知できないわけだわ。キミ、いったいどこに187ものBMPを隠しているの?」

……衝撃だ。

BMPってのは、隠せるものなのか?

しかし、頭を揺すっても出てきたりはしないと思うんだけど。


「ま、いいわ。城守さんが間違いをするとも思えないし。ようこそ、新月学園へ。私があなたの担任、緋色香よ」

「あ、どうも、澄空悠斗です」

「んー? いや、ここは、BMP能力者っぽく……」

というと、先生は、気取ったしぐさで立ち上がり。


「はじめまして。『アイズオブエメラルド』の緋色香です。よろしく」


ふ。そちらが、そう来るなら。


「『無所属』の澄空悠斗です。よろしく」


……いや、確かに『元』も『予定』も使ってないけど。

『無所属』はないよな。政治家じゃあるまいし。

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