第6話 転校
実は、転校ってのをしたのは初めてなんだが。
こんなに緊張感があるものなのか?
「と、という訳で、今日からこの新月学園に通うことになった澄空悠斗くんです。みんな仲良くしてあげてくださいね」
こども先生がなんとか盛り上げようとしているが、教室はお通夜のように静まり返っている。
いや、違うな。
これは、どっちかというと爆弾処理の最中的な静けさだ。
めちゃくちゃ警戒されている。
……というか、教卓前にいる子たちなんて震えているんだが。
「え、えーと、な、なにか悠斗君に質問はあるかなー?」
おお、こども先生。俺の自己紹介をカットしたぞ。
ナイスな判断だ。こんな空気で、ギャグとか言えないぞ、俺は。
「は、はい。あの、じゃあ、質問していいですか?」
眼鏡をかけた、三つ編みの女の子が手を挙げる。
なんか、委員長ぽい子だな。
「はい、なんでしょうか。委員長」
まんまかい。
というか、なぜ、こども先生が答える?
「す、澄空君のBMP能力は、なんですか?」
『うわ、聞いちまった!』
的な空気が教室を支配する。
質問した委員長自身は、気丈に先生を睨みつけているが、教室はそれまでとは比べられないくらい空気が重くなっている。
というか、廊下側のあの子とか、泣いてないか、ひょっとして。
「う、うーん。プライベートに関わることは、もっと悠斗君と仲良くなってからね(はあと)」
「この学園に通う人たちは、みんな生死を共にする仲間です。少なくとも、BMP能力に関しては、プライベートなんてないと思います」
こども先生が、ひらがな『はあと』まで使ったのに、委員長はスルーしてしまった!
……というか、ギャグが通る雰囲気じゃなさそうですよ、こども先生?
しばらく痛いほどの沈黙が続いたが、
やがて、こども先生は観念したのか、
「いえ、澄空悠斗君は、まだBMP能力が発現していません」
言った。
直後、教室に悲鳴が響いた。
「や、やっぱり噂はほんとだったんだー!」
「か、『覚醒時衝動』……」
「BMP187の覚醒時衝動だって!」
「いや、確か、覚醒時衝動って年を取ってから起きるほど、激しくなるって聞いたことが……」
「麗華さんが小学生の時に起こした時には、国家維持軍の一個大隊が壊滅したって話だろ!」
「宗一の時でさえ、あれだけの騒動になったのに……!」
本人を置き去りにして盛り上がる、クラスメイツ。
というか、また知らない単語が出てきたな。
カクセイジショウドウ?
氷砂糖の親戚か?
しばらく騒ぐに任せていた教室の空気を総括するように、委員長が一喝する。
「先生! 先生は、私たちに死ねと言うつもりですか!」
「あら、違うの?」
……今度こそ、教室が凍りついた。
「委員長、言っていたわよね? ここにいるのは生死を共にする仲間だって。なのに、悠斗君のためには命をかけられない?」
「い、いえ、それは……」
口ごもる委員長。
こども先生はいつのまにか、右目の眼帯を外し、深緑の右目を全開にしていた。
「これは、とても名誉な任務。BMPハンターになれるかどうかさえ分からないあなた達が、人類史上最高のBMP能力者の覚醒に立ち会えるんですから」
「そ、それは、確かに。あ、あれ。そういえば」
後ろの方の席で、背の高い男子生徒が困惑した声を上げる。
「きっと悠斗君は、私の想像もできないくらいたくさんの人を救ってくれる。だから、私は命だってかけられます」
い、いや、そんな先行予約されても困るんですが。
「みんなも同じ気持ちだと思ってたけど、違ったみたいね」
「い、いや、違ったりはしないんですけど……。あ、あれ、なんでだろ?」
窓際で背の高い女子生徒が困惑している。
「やはり悠斗君は、別のクラスに在籍してもらうことに……」
「ちょっと待ったー!」
廊下側のガタイのいい男子生徒が声をあげた。
続いて、真ん中あたりの頭の良さそうな男子生徒が立ち上がって言う。
「そうですよ、先生。僕らは何も、受け入れられないなんて言った覚えはありません」
え? 言ってなかったっけ?
「いわゆるブラックジョークってやつです」
なるほど、ブラックの方か。
「先生、私、悠斗君と世界のために、命をかけます!」
「私も!」
「俺もです!」
今までの空気が嘘のような熱気に包まれる教室。
……これは、洗脳と言わないか?
「みんな、やっぱり最高の生徒たちだわ。187ものBMPを持っていながら、この年になるまで覚醒していないような爆発物クラスに危険で怠け者の高BMP能力者の覚醒時衝動に立ち向かうなんて!」
こ、こども先生。もう少し、オブラートに。
俺のハートが大打撃です。
「でも、今のみんなの力では、悠斗君の覚醒時衝動に立ち向かうにはやはり力不足です。彼を止めるのは、わたしの『アイズオブエメラルド』の仕事です」
「そんな! 先生は、ただでさえBMP過程の方で大変なのに!」
「そうですよ! 『アイズオブエメラルド』に万が一のことがあったら、それこそ、この国の大きな損失です」
「クラス全員で壁になれば、延焼被害は最小限で済むはずです!」
……俺は、爆発物じゃないやい。
と、その時、
「ん。なら、私がそばで見てようか?」
涼風が吹いた。
ホームルームの最中、それもこれだけ紛糾している中だというのに、彼女は、何事もなかったかのように扉を開けて入って来た。
いくら俺が頭のままならない人だとはいえ、彼女の顔を忘れるはずはない。
昨日初めて出会って、会うなり高級スイートルームと小心者の俺の心を両断してくれたBMPハンター。
一瞬、水を打ったように静まり返る教室。
沈黙を破ったのは、こども先生だった。
「珍しいわね、剣さんが登校してくるなんて。でも、遅刻よ?」
「ん、おめかししてた」
……おめかし?
着ているものは、他のみんなと変わらない。少し風変りな新月学園指定制服だ。別に改造の類もしていない。
水でコーティングされているとしか思えない同性が羨むほどの黒髪も、特に手を加えた様子もない。
スキンケアという言葉とは無縁なほど宝石のような輝きを放つ肌は、化粧らしきものを施した形跡はまったくない。
いったいどこを、おめかしする必要があるのだろうか?
同じ疑問をクラスメイト全員が持ったらしく、麗華さんも回答の必要を感じたらしい。
美しい黒髪を無造作にかきあげ、
「髪、洗ってきた」
「普段は洗ってないとでも言うんですか!?」
委員長が、即座にツッコむ。
……早いな。高速ツッコミだ。
「ん、なかなかの仕上がりだと自負してる」
しかし、華麗にスルーする麗華さん。そら、確かに綺麗な髪ですけどね。
ギャラリーの視線を一切気にせず、彼女の席なのだろう、窓際最後列の空席に着く麗華さん。
と、そこで、最初の彼女の言葉を思い出したのか、麗華さんの隣に座っていた男子生徒が突然、立ち上がり、
「宣誓! 俺、船酔いするタイプなんで、廊下側の席を希望します!」
どこからツッコんでいいのかわからないセリフを吐いて、立ち上がり、高速のスピードで、廊下側最下部に自分の席を構築した。
……まあ、とりあえず『センセイ』の発音が間違っていることだけ指摘しておいてあげようじゃないか。ただしくは『先生!』だ。
それはともかく、麗華さんの右隣の席が空席になったわけで。
「じ」
……う。麗華さんからすっごいカムカム光線がでている。
この状態で、俺にあの席に座らないという選択肢はあるのか?
「じゃあ、悠斗君の席も決まったことだし、ホームルームを続けましょうか」
ないみたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます