第4話 通学「新月学園」

目覚めは、意外に悪くなかった。


だが、ふかふかのベッドや、豪華な内装はなく、目に入るのは、まっ白い壁と少しスプリングの固いベッド。

それから、象用か、というくらい太い注射器。

……なんでだ。


「お、お目覚めですか!? 失礼しましたー!」

その象用注射器を抱えた白衣の女性は、俺と目が合うなり、脱兎のように逃げ出した。


そういや、あの人、初日に俺に硫酸飲まそうとした人だな。

さすが、上条博士。部下の研究員まで、普通とは一味違う。


しかし、上条博士の部下がいるということは、ここは研究所かな。

なんで、こんなところに?

……って、考えるまでもないか、いくらスイートルームだからと言って、壁と床に大穴が空いたような部屋が使えるはずがない。

気を失った俺を、城守さん達が運んでくれたんだろう。



ん? 今、なんか見えたような気が。


「ちらっ」

と、自分でいいながら、ドアから顔の上半分だけ出しているのは、城守さん。

全然萌えませんが、若干可愛いです。美形は得ですね。

「なに、やってるんですか?」

一応、聞いてみる。

「お、怒ってませんかね?」

「まあ、そんなには」

怒るだけの気力が残ってないというのが本音だが。

「そうですか! それは、良かった!」

途端に、顔を綻ばせて、部屋に飛び込んでくる城守さん。



テ、テンションが読めない。




「申し訳ありませんでした!」


と、いきなり城守さんは、腰を90度に曲げて謝ってきた。

むう。役人のくせに、なんて潔い謝りっぷりだ。

「私が一言、『悠斗君は、まだBMP能力が使えない』と麗華さんに伝えていれば、こんなことには……」

それは、俺も思います。2秒で言えますよね、そのセリフ。

「いえ、そんな、気に……」

「まあ、無事でなりよりです」

しないでいいですよ、と言おうとしたところでセリフを被せられた。

切り替え早いな、城守さん。


「あんなことになって、麗華さんも残念がってましたよ。『悠斗君とあまり話ができなかった』と」

「壁に大穴があいてる状況では無理です」

星空が見えていたので、若干ロマンチックではありましたが。

「ですから、私が代わって彼女のことを説明しようかと思うのですが」

「いえ、その必要はないです」



この国で、総理大臣の名前を知らなくても、彼女の名前を知らない人間はいない。

昨日、初めて名前を聞いた時点で気付かなかったのは、俺が相当に混乱していた証左だと思う。

『剣麗華』。

高校生にして、すでに世界のトップランクに名を連ねる凄腕BMPハンター。

メディア露出がほとんどないため、『怪獣みたいな女性』『超絶美少女』といった両極端な噂のみが流れていたが、両方とも真実だった。うむ。

実際の幻影獣討伐での実績はもちろん、BMP研究の分野でも、すでになくてはならない存在として認知されている。

外交戦略にすら影響を及ぼすほどの有名人だが、なにより特筆すべきは、そのBMP能力値。

人類には不可能と言われたBMP170を超えるBMP172を叩き出した、BMP能力値の世界記録保持者。


ん?

……ちょっと、待て?



「あの、城守さん?」

「はい?」

「今のBMP能力値の世界記録っていくつでしたっけ?」

と、聞くと、城守さんが不敵な笑みを浮かべる。

うう、嫌な予感が。


「『昨日まで』なら、麗華さんがもつ172が最高値ですね」

『昨日まで』に不必要な力を込めて、城守さんが言う。


「……少しは、ご自分の立場が分かっていただけましたか?」

「…はい」

わかりたくもありませんが。


つまり、この俺、澄空悠斗は、

昨日一日で、人類のBMP能力値最高記録を、15も更新してしまったわけだ。



◇◆◇◆◇◆◇




「ふむ……」


見知らぬ道の真ん中で立ち尽くす。


迷った。


ロードマップでは不安なので、わざわざ詳細地図をコピーして来たのに迷うとは、いかなる怪奇現象だろうか?


「参ったな……」

どう見ても自分に似合っているとは思えない風変わりな制服の襟元を弄びながら、呟く。

今、俺は『新月学園』へ編入手続きに向かう最中だった。


うん? なんでこんなことになっているか?

『新月学園』は、日本で最高のBMP養成機関だ。俺の意図はどうあれ、政府としては是非とも、あそこに放り込みたいらしい。

そして、俺のような人生経験の浅いガキが、海千山千の役人である城守さんに、論戦で歯が立つわけがないということだ。

以下に、その激しいやり取りを示そう。



「という訳で、悠斗君には、『新月学園』に編入していただきたいのです」

「なにが『という訳で』ですか? 直前のセリフ覚えてます? 『新月学園学食のささみチーズフライの味は、もはや芸術の域に達していると言っても過言ではない』ですよ。『という訳で』と言えば、説明責任をすべて果たしたと考えるのは、この国の人間の悪癖の一つで……」

「新月学園なら、学費は全額免除ですが?」

「入ります。すぐ入ります。必ず入ります。いますぐ入ります。さあ、早く必要書類を! 虚実織り交ぜて、完璧な願書を作成して見せます」

「真実だけを書いていただければ、結構です」



という具合だ。


しかし、参ったな。このままでは、学園にたどりつけない。

一度は諦めたハイスクールライフ。すぐにでも、授業を受けたいのに。

……誰かに、道を聞くか。


「っと、ちょうどいい」

道の先から、猛スピードでこっちに走ってきている男子高校生がいる。しかも、どうやら新月学園の制服を着ている。

あれだけバイタリティーに溢れる走りをする男なら、俺の一人や二人、学園まで連れて行ってくれるに違いない。


「おーい!」

手を振る。彼は、どんどん近づいてくる。

心なしか、スピードがさらに上がっているような?

「お、おーい?」

疑問形にして呼びかけてみるが、彼のスピードは増すばかりだ。

ひょっとして、これって危なくないか?

「ま、待て! ちょっと待て! いくらなんでも、そのスピードは、危ないぞ!」

「逃がすかー!」

もはや、人間業とは思えないスピードに達した男子高校生が、目前に迫る。何を追ってらっしゃるんでしょうかー!


俺は、反射的にその場を飛びのいた。



「ぐっ。つつ……」


受け身を取りそこねて、ひとしきり痛がったあとに、目をやると。


石垣に大穴を開けて上半身をめり込ませた、男子高校生の下半身が見えた。




「くそ、見失った!」


石垣から勢いよく頭を引っこ抜いた男子高校生が叫ぶ。

言動から典型的なアホ面を想像していたのだが、なかなかのイケメンだ。若干、軽そうにも見えるが。

なんだか、不公平を感じるなぁ。


「おい、あんた! ここらへんで、幻影獣を見なかったか?」

「幻影獣?」

思わず問い返す。

俺だって、天気予報とBMP警報くらいは、確認してる。

今日は、すがすがしいくらいの『青』マークだったぞ。


「そんな訳ないって。俺が、さっきまで追いかけてたんだから」

と言う男子高校生。

ならば、その辺にいるのだろう。

と、周りを見回してみると。


「あ、ほんとだ」

確かにいた。


その姿はウサギを中型犬くらいにまで大きくしたようなイメージ。

ただ、頭のてっぺんに付いている立派な角が非常な違和感を醸し出している。

幻影獣とはいえ、このくらいなら特に害はない。いわゆるDランクというやつだ。

ただ、成長するとどんな化け物になるかわからないので、BMP管理局は、通報・捕獲を奨励している。

この男子高校生も、そんな真面目で正義感あふれる若者らしい。外見は、弱ナンパ男風味にも見えるが。


「でかした、相棒!」

いつの間にか人を相棒にしたてあげた男子高校生は、幻影獣(幼体)目がけて、クラウチングスタートの姿勢を取る。

そして、

超加速システムアクセル!」

弾丸のような速度で、地を蹴った!

こ、こいつ、BMP能力者だ!

一瞬で、俺の視界から、完全に消えた。



そして、轟音。



「げ、げほげほ……」

さきほどに倍する量の土けむりで、せき込む俺。

しばらくして、それが収まったころに視界に入ったのは、腹を抱えて人を小馬鹿にしたように鳴いている幻影獣。


「あれ?」

疑問符を浮かべる俺を置いて、ひとしきり笑った幻影獣は跳び去って行った。

「?」

「お、おーい……」

か細い声に目をやると、

「……大丈夫か?」

そこにいたのは、壁に上半身をめり込ませた、男子高校生の下半身。


「……わ、わるいけど、抜いてくれないか?」

「抜くのはやぶさかではないけど……。どうだろう? ここは、いっそのこと、そちら側に突き抜けるというのは?」

「だ、だめだ! すっごいデカイ犬が睨んでる。あと、10センチで、やつの捕食範囲に入ってしまう」

……それは、大変だ。俺も、弱ナンパ風味とはいえ、イケメン高校生が犬にいただかれた道路を、これから通学路にはしたくない。


抜いてあげよう。



しかし、あれだ。

BMP能力者は、怪獣みたいな人たちばかりだと思っていたが、少し愉快系の変人もいるんだな。



……さらに憂鬱になってきた。

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