第2話 ソードウエポン『剣麗華』(1)

「ぼへー」


と、思わず口に出して呆けてしまうくらい、俺はアホ面をしていた。

それも、そのはず。

ここは、国内でも有数の名門ホテル『ホテル・ヒルトン』の最上階スイートルームなのだ。


俺がこんなところにいるのは、もちろん訳がある。

(なんとか)検査が終わり、アパートに帰ろうとしたときに、音もなく城守さんが近付いてきたのだ。

無言で差し出される携帯電話を、嫌な予感を覚えつつ受け取った俺の耳に聞こえてきたのは、予想通り、アパートの大家さんの声だった。


『ああ、悠斗君か! いや、実は、今日、君の部屋の鍵を取り換えることになってね。別に、どこも壊れてないんだけどね! 取り替えてしまったから、君の鍵はもう使えないんだ。ああ、いや、大丈夫! 今月分の家賃は、政府の人に払ってもらったから! じゃあ、元気で!』

というわけで、俺はホームレスになった。


なったと思ったら、城守さんにタクシーに乗せられて、気づいたらいつの間にか、この部屋に放り込まれていたというわけだ。

「いや、しかし、な……」

スイートルームなんて、俺は都市伝説の類いだと思ってたけど、ほんとにあるんだな。

一泊50万円とか。

ギャグだったら笑っても良かったけど、あいにくみんな大真面目だった。

確かに豪華な部屋だけど、別に50倍豪華だとか、50倍幸せになるとか、そんな効果はない。


でも、2倍くらいには、楽しくなってきた。

ふかふかのベッドに、豪華な調度。

『こんな所、どうやってメシ食ったらいいんですか!?』と泣きついたら、城守さんが『夕食は、フランス料理のフルコースをルームサービスで届けさせます』とのこと。

普通に楽しみだ。

しかも、大きな窓から見下ろせば、宝石箱をひっくり返したような夜景。

ぜひここは、グラスを傾けながら『勝者の気分だ』とか、言わなければ!


ワインを飲むわけにはいかないので、高級そうなグラスにミネラルウォーターを注ぐ。

そのまま窓の近くに行こうとすると、


携帯が鳴った。


シックな黒の携帯だ。

城守さんが持たせてくれたものだが、今まで携帯なんか持ったことがなかった俺は、あれをさんざんいじくりまわそうと決めていた。


ああ、今日、寝られるかな?


なにはともあれ、電話にはでなければ。おそらく、相手は城守さんだ。


「もしもし」

「悠斗君ですか! すみません、私のミスです! まずいことになりました」

なんですか、いきなり?

「気が緩んでいたといわれても仕方ありません……。麗華さんに『あの子、どうだった?』と聞かれ『BMP187のウェポンテイマーでした。素晴らしい素質ですよ』と言ったら『そう、わかった』と答えられてしまったんです!」


すみません。今のセリフのどこに『まずいこと』があるのか、俺には分からないんですが。


「今は、まだ大丈夫ですか!?」

「はあ。特になんにも………。ひ!」

今、物凄い寒気がした。

なんだ? スイートルームは、クーラーの威力も50倍なのか!

「どうしました、悠斗君?」

「い、いや、凄い寒気が……」

うわ、足が震えてる。


「く……。もう来たのか……」


城守さんの悲痛な声。

その間にも、悪寒はどんどん増していく。


上がってくる。なにか恐ろしい塊が、凄いスピードで上がってくる。

内臓が下から突き上げられるような圧迫感。


下の階の人たちの悲鳴が聞こえてくるような気がするのは、幻聴だと信じたい。


と、緊急館内放送を知らせる音楽が鳴った。

『み、みなさまにお知らせがあります。げ、現在、当ホテルにBMPハンターとして有名な剣麗華様が、お見えになっていらっしゃいます。ご友人に面会に来られたとのことです。決して、危険はありませんので、悪寒を感じても慌てずに、お部屋に引き籠もっていてください!』

引きつったような、係りの女の人の声。

というか、引き籠っていてください、って本音が出てるじゃないか。


『お、お、おちつつ、落ち着いてください! 彼女の目的は、最上階のスイートルームに泊まっている澄空悠斗様です。他のかたかたたちには、け、けっして、き、危険はないので、落ち着いて! 部屋から出ないでください!』

……このホテルの個人情報保護方針は、いったいどうなっているんだ?

というか、危険がないなら、なんで、部屋から出てはいけないのだろうか?

『だから、大丈夫だって言ってるでしょうが! 悪いのは、澄空ってお客さんだけなの! できたら、出てってー!』

ついにキレだした。

というか、初めて泊まるホテルで『出てって』と言われた高校生は、どのくらいいるんだろうか?

興味深いテーマだ。


「……凄い状況になっているみたいですね」

城守さんが嘆息してる。

「俺、一体、どんな悪いことをしたんでしょうか?」

「いえ、悠斗君は少しも悪くありません」

城守さんは断定してくれるが、もちろん俺の心は癒されない。

プレッシャーの塊はどんどん近付いてくる。これってひょっとして、エレベーターか?


「いいですか、悠斗君。よく聞いてください」

真剣な声の城守さん。

「君の部屋の前には、10人のSPを配置しています。死んでもその場を守るように言っておきますが、はっきり言って、10秒と持たないと思います」

マジですか?

「とにかく初撃をかわしてください。ああ見えて、彼女は聡明な人です。落ち着いてみれば、君がまだ能力に目覚めていないのを、分かってくれると思います」

ということは、一発喰らうのは前提なんですね。

というか、聡明なら、乗り込んで来る前に、思いとどまったりはしてくれないんでしょうか?


「自分と対等に渡り合えそうな人ができたのが、よほど嬉しいんでしょう。君の実力を試したくて仕方がないようです。携帯も持っていないようで、連絡が通じません」

「携帯は、携帯しないと意味がないじゃないですか!」

「うまいこと言っている場合ではないですよ、悠斗君」

言ってねえよ。

「とにかく、間違っても死なないようにしてください。あなたは、こんなところで死んでいい人ではありませんから。私も急いで向かいます」

「ちょ、ちょっと待ってくだ……」

切れた。


……そりゃあさ。

こんな所で死んでいい人間なんて、いないと思うよ。普通は。

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