シャルル港にて⑪

 いやぁ、流石の商売人ですわ。誰って、アーノルド。席に着くなり彼の熱弁が始まったのよ。曰く、これまでシャルル支部は王国との連携が薄かった、我々もシャルルの一市民としてドラゴンの出現を大いに憂慮している、我がギルドには歴戦の傭兵が多数在籍している、その筆頭がペルル殿である、是非にご助力を申し出たい…。そんなこと。

 と言うか!

 筆頭って何よ筆頭!

「うん、中々良い商談だった」

 シャルル領館を後にしてね、さっき上った急坂を下っているのよ。

「アンタね!」

 一応ね、アタシにも常識と言うのがありますから。十分に領館から距離を取ってね、門番の姿が見えなくなるのを見計らっていたのよ。ちなみにアイツは黙ってついてくる。翻訳してなかったからね。話の内容が分からなかったのだろうね。そういや魚を買ったの忘れてた。魔法はまだ効いているかしら。悪くなってなきゃいいけど。

「うむ、どうされた、ペルル殿」

「勝手に依頼を受けるのはやめて欲しいんだけど!」

「なに、公益を優先したまで」

「ライアンズが公益なんて優先するわけないでしょ!」

「これは心外な」

「は~? ライアンズと言えば大陸最大のギルド団体、仕事は持ってくるけど金にもがめつい、って聞いてますけど!」

「噂だよ、噂」

「どうだか!」

「だが、そうだね、ペルル殿には説明する義務があるか」

「当然でしょ!」

「正直に言おう。実はシャルル、というかアリアの経営は思わしくない」

「でしょうね?」

「というか、シャルル支店と銘打ってはいるが…実態はアリア本部だ」

「どういうこと?」

「王都のアルテア出店が未だに叶っていないのだよ」

「そうなの?」

「うむ。シャルル進出は、まぁ合理的な判断とは思うのだが、シャルルはミルドガルドでも有数の…否、恐らく最大の貿易都市だ。近年は別大陸への航海路開発も先導している」

「インディアとか?」

「その通り。近年は極東のミンディアとの航路も開発された」

「そうなの?」

「うむ。希少な物産が入荷されているよ。香辛料やら、茶葉もそうだ。ほら、先ほど頂戴した」

「紅茶?」

「アレは恐らく、ミンディア産だ。ミルドガルドのモノとは比類すべくもない」

 確かに美味しかったけれど。

「で、本題は?」

「申し訳ない、話が逸れた…ともかく、ライアンズはシャルルを足がかりにアリア進出を狙ったのだ。およそ十年ほど前の話だがね」

「そのライアンズが、どうして足踏みしているのよ」

「アリア独自の文化というか…そもそもだが、ギルド最大の収益源は?」

「そりゃ、戦争でしょ。お金払いは良いし、頭数も必要だし」

「その通り…だが、アリアは長らく戦争に巻き込まれていなくてね。そもそも国境を接することのない島国であるし、海賊連中もアリア海軍を恐れて手を出してこない」

「そう言えば…海賊退治の依頼がないわ」

「無いのだ、実際に。私もこの目で見るまでは信じられなかったが…アリア海軍は間違いなく大陸最強だ。装備も優れている…軍船を見たことは?」

「上陸するときに、何隻か。三本マストで、見たことのない大きさの…大砲を積んでいたやつ」

「ペルル殿は運がいい。恐らく旗艦のロワイヤル号だろう。アレは新造のガレオン船だ」

「がれおん?」

「簡単に言うと大型戦艦だよ。他にも多数の戦艦を持っていてね。その数は二十を下らない。ちなみにシルバの戦艦はロワイヤル号の半分程度の大きさで、しかも五隻しかない」

「海軍力が強いのね」

「その通り。他にも対海賊に特化した駆逐艦、早船の類は数えきれないほどだ。要するに、アリアでは戦争絡みの依頼は皆無に等しい。となると、次に検討されるのが要人警護だが」

「それも少なかった気がするわ」

「ああ。アリアでは海運が盛んだから、シャルルから王都への船便は三便、四便ある。週に、ではなく『日に』だ」

「すご」

「頻繁な便数はすなわち、アリア周辺海域の安全が担保されている証拠でもあるが…更に、街道は各領主の責任で維持管理がなされている。通行税も無い」

「わお」

「つまり、山賊の類も極めて少ない」

「なるほど、平和なんだ」

「その通り、極めて平和だ…詰まるところ、ギルドの依頼は三つになる」

 アーノルドが指を持ち上げた。

「一つ、狩猟。二つ、採集、三つ、その他」

 三本の指。なるほどね。

「で、困っている訳ね?」

「その通り。実は私はシャルル立て直しのために昨年、派遣されたばかりでね」

「あら。前任者は?」

「本部だ。当然格下げされた」

「やだ」

「ま、半分は保身だよ」

「正直なのね」

「嘘をついても得をしないのでね。ともかく、今回のドラゴン…怪物退治は恰好の宣伝になる」

「前も言ってたけど」

「その通りなのだが、状況が変わったのでね。王国軍が既に敗北している」

「それでギルドが解決すれば…」

「アリアにライアンズあり、と宣言できるだろう」

「そう上手く行くかしら?」

「やってみなくては」

「ま、それはいいのだけど…」

 きっ、と睨みつける。話が合理的で、つい聞いてしまったのよ。

「なんでアタシが筆頭なのよ!」

「ま、そう仰るな。期待してますよ、Aランクのペルル殿」

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