シャルル港にて⑩

 プリシアの後ろにはレオナード、だっけ。お兄さまが入ってきた。軍装ではなくて、多少ラフな衣装。ほら、軍隊だから正装だと詰襟を首元までぴちっ、と止めてるのよ。今はジャケットに、ワイシャツの首元もはだけてる。もう一つのカップは彼のものだったらしい。

 挨拶を済ませる。そう言えば名乗ってなかったわ。お互い名乗り合って、改めて着席。

「ご助力頂いたこと、感謝申し上げる」

 紅茶を一口含んだところで、レオナードが切り出した。

「いえいえ、通りかかっただけですから」

「お陰で予想よりも早く処理が済んだ。この調子なら明日にでも進発できるだろう」

「それはそれは」

「つかぬことを尋ねるが、ペルル殿はどうしてこのシャルルに?」

「アリアは風光明媚とお伺いしたもので」

「観光ですかね?」

「いえいえ、一応、旅人ですよ」

「最近は多いそうですね。このシャルルにも近年、増えましてね…ほら、ライアンズ商会なる傭兵ギルドが設立されまして」

「ああ、ええ」

「ペルル殿も?」

「一応、登録はしています。路銀を稼ぐのに丁度良いので」

「ペルル殿はきっとご活躍されているのでしょうな」

「まぁ…それほどでも」

「ペルルってAランクなんだよ、すごいでしょ?」

 ベルさん?

 ベルさん!

「まぁ、わたくしもお噂は聞きましたわ。確か、Aランクは限られた実力者しかなれない、と」

「そうそう、ペルルって実は凄いんだよ!」

 ベルさん、ダメですって! こういう時は余計なお願いをされるに違いないのだから! ほら、例の化物とやらを倒してくれ、とかさ!

「実は、ペルル殿にご助力頂きたく」

 ほら!

「その、例の怪物退治にご助力願えないだろうか?」

 ほらきた。こう言うやつ!

「いや~アタシじゃ力不足…」

「いいじゃん、軍と一緒なら何とかなるんじゃない?」

 ベルさーん!

「あれでしょ、ギルドの依頼にあったはぐれドラゴン?」

「依頼がありましたか」

「ええ、十日ほど前から」

 一週間だっけ。アリアに来たのはいつだったかしら。

「しかし、アレをドラゴンと呼ぶべきか…」

「違うんですか?」

「違うというべきか…ドラゴン、と言えばドラゴンなのだが。奴には羽根がない」

「羽根がない」

 陸上型のドラゴンかしら。結構、珍しいのだけれど…地竜という種族があったような。いや、待てよ。アレは確か絶滅していたはず。

「地竜の生き残り…かしら?」

「地竜と言いますと、かつてミルドガルドを支配した種族でしょうか?」

 プリシアは中々に博識らしい。アタシも直接地竜を見たことがないの。エルフの伝承で、そういう話が残っているだけで。

「大陸戦争より遥か昔…神話の時代にそのような恐ろしい竜がいたと、聞いたことがあります」

「よくご存じで…アタシも、噂で聞いただけですけれど」

 ちなみに土竜はモグラね。どりゅうじゃないわ。ともかく。

「その…地竜、ですか。それが復活したと」

「何とも言えないけれど」

「ペルル殿」

 レオナードが真摯にアタシを見た。

「ペルル殿の知識と魔力があれば、その地竜とやらも討伐できると確信している」

「いやぁ、困ったな」

 ホント困ったな。自分からリスクを取る気は無いのだけれど。

「いいじゃん、手伝ってあげようよ」

 ベルは気楽なもんだ。それにさ、と続ける。

「シャルルに来ちゃうかもしれないでしょ?」

「そうだけど」

 とりあえず保留にしたいのだけれど。言い訳、言い訳は無いかしら。沈黙が気まずいのよ。アタシが話さないと続かないし。どうしようかしら、なんて考えていた時にね。

「失礼します」

 ノックの後に、今度は執事らしい、ぴっちりとしたスーツを身に着けた初老の男が入ってきた。しずしずと部屋を進み、レオナードに耳打ち。

「なんと。それはお通ししてくれ。ペルル殿、来客を一人、ここにお呼びしたい」

「あら。でしたら、アタシ達はこのあたりで…」

 絶好の機会じゃない、これは!

 と、思ったんですけどねー。

「お初にお目にかかります。この度は約束も取らず、突然のご訪問にも関わらずこうして席を設けて頂き、感激至極でございます!」

 まさか、ギルドマスターのアーノルドが来るとは、思わないじゃない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る