シャルル港にて⑨
死者は一旦、葬儀屋が預かることになったみたい。プリシアの指示で、騎士が何人か残っていた。身元確認は厳重に、という事ね。
アタシ達はプリシアの先導で領館へと向かう。
領館はシャルルでも小高いところにあるんだ。シャルルって天然の良港らしくてね。水深がすぐに深くなるらしいんだ。浜辺やら平地は僅かなもので、大通りを除くと大抵は坂道にへばりつくように家が建っているの。街から少し離れると観光名所にもなっている断崖絶壁があるらしいわ。まだ、訪れたことはないけれど。
ひたすらに坂を登る。ぐねぐねと湾曲しているのは防衛の観点もあるのかしら。立派な山城で、難攻不落と言っても過言ではないと思う。鬱蒼とした原生林は身を隠すのにも最適ね。アタシなら樹上から攻め入る軍に攻撃を仕掛けるかしら。石やら岩を転がすだけでも相当の攻撃力になりそう。アリアは確か大陸戦争でも主戦場にはなっていなかったけれど、これだけの城がそこら中にあるとしたら、そりゃあ攻める気にはならないでしょうね。
城門もそれはそれは立派で、軽く見ても十ヤルクはありそう。崖地に合わせて城壁を配置しているから、よじ登るにはこの山を死ぬ気で登るか、損害を覚悟でアタシ達が通った道から攻撃するしかない。
館は三層で、四方に尖塔が配置してあった。当然見張りの兵もいる。他に平屋がいくつかと、二階建てが何棟か。馬場やら駐屯兵、使用人の宿舎だろう。長い年月をかけて、徐々に整備されたのです、とはプリシアの弁。
「私は準備がありますので、先にお寛ぎください」
館に入ると、プリシアがそう言って階上へ上がった。アタシらは兵に引率されて応接間に通される。さぞかし立派なのでしょう、と思っていたのだけれど、部屋の調度は予想よりも遥かに質素だった。意味の分からない壺とか無いし、無駄に金銀を置いていないし。美術彫刻の類も最低限。壁際に一枚、花瓶と向日葵を描いた絵画。ただし、窓からの景色は絶景で、シャルルの街は勿論、水平線まで見渡せた。大きな入道雲が一つ。夕立があるかしら。
流石にソファーとテーブルは一級品で、一本木の木目が美しい。腰を下ろしたソファーも、必要以上に沈むことはなく、心地の良い低反発。あらやだ、一寝入りできちゃいそう。
「お、おい、勝手に座って大丈夫なのかよ?」
一応ね、従者ってことになってるから、あいつも連れてきたのよ。
「何を言ってるのよ。案内されたんだから座ってもいいでしょ」
「実は立っていないとマナー違反とかないのかよ、勝手に座って評点が下がる、みたいな」
「何の評点よ?」
「面接」
「面接?」
首を傾げたところで、手元のベルがもぞもぞと動いた。そうなのよ。ベルったらあの後ずっと眠っていたから、手に抱えてそのまま連れてきたの。
「ん〜、ここ、どこ?」
「領館よ」
「なんで〜?」
ベルはまだ眠そうだ。声がとろん、としている。ノックが鳴った。三回。流石に腰を上げた。ベルがふらふらと宙に舞う。酔っ払いみたい。あいつも慌ててそれに倣う。プリシアではなくて、メイドが二人。銀色のキャリーを運んでいる。ティーセットにケーキスタンド。アフタヌーンティーのおもてなし、かしら。スタンドにはチョコレートにシフォン、純白のクリーム。下段には三角に切ったサンドイッチ。別のバケットにはスコーンも。結構なボリュームだった。プリシアも食べるのかしら。
「どうぞ、お座りくださいませ」
年かさのメイドに勧められるまま、再び腰を下ろす。白磁のティーカップを目の前に置かれて、飴色の紅茶を注がれた。湯気に混じって、甘くて、爽やかな香りが広がる。アールグレイね。ちゃんと妖精用の小さなカップの用意もある。それから、向かいの席にも二つ。一つはプリシアのものとして、もう一つは誰のかしら?
「主人からのご伝言です」
年かさの方が慇懃に腰を折った。
「先にお召し上がり頂きますよう」
「では、遠慮なく」
メイドらが僅かにほほ笑み、部屋を後にした。ひとまずは紅茶を…ふぁ、美味しい。街で飲む粗悪品とは格別ですわ。コーヒーほど、雑でも無いし。サンドイッチも頂いちゃおうかしら。一つまみ。
「お、おい、勝手に食べるのも…」
「面接ならご遠慮するわ」
「面接じゃなくて、マナー的なやつだよ」
「あ、美味しいこのチョコ」
「ほら、ベルも食べてる」
「そ、それなら俺も…」
と、あいつが手を伸ばしたところで。
「お待たせしましたわ、エルフ様」
プリシアが入ってきたから、あいつはびくっ、と手を引っ込めたの。
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