シャルル港にて④
それから、数日が過ぎて。何度かアーノルドから督促が来たけれど。やんわり断っても粘るんだもの。検討します、を何回言ったことやら。とはいえ、生活がかかっているから毎日のように狩りに出ていたんだよ。
鹿の他にはワニとか野牛とか鴨とかハチの巣の駆除とか。便利屋さんかアタシは。なーんて、言いたいところだけれど、実際に今の傭兵ギルドって何でも屋さんの要素が強いのよねぇ…。前にも言った通り、ギルドって仲介屋さんだから。受けれる依頼ならなんでも受けるのよ。人探しもあるし、家の清掃なんてものも。益々便利屋さんだ。
そう言えば、今朝は久しぶりにスキンヘッドのパーティを見かけた。小耳に入った話だと、クジラを捕まえていたらしい。クジラって余すところがないのよね。歯や髭、それに骨は工芸品になるし、お肉は美味しいし、油は食用にも照明にもなるし。アタシは遠慮するけどね。海はしばらく良いや。またベルが低空飛行しちゃうし。
「はい、やってみて」
今日の獲物は久しぶりのイノシシ。勿論アタシが仕留めたやつ。下処理くらいさ、あいつにやらせようと思って。分担できれば狩る数も増えるしね。
「うぇ、グロテスク」
あいつはそう言いながらも躊躇いなく血抜きして、内臓を取り出した。べろん、とモツが零れる。
「ぽろりもあるよ」
「なによそれ」
「ネットスラング。でも、こうしてみると旨そうなモツだな」
「でしょ。煮込みが最高なの」
「あー、分かる。モツ煮最高。鍋でもいいな…そういやさ」
「なに?」
「味噌とか醤油ってあるの?」
「なにそれ?」
「ないか~。ないか。コメは?」
「コメ…聞いたことがあるわね。東方の食べ物とか」
「それかな? 東方ってどの辺?」
「ビザンツよりも先の…別の大陸」
「ダメかぁ」
がっくしと肩を落とした。そんなに食べたいんだ。
「ちなみに、大豆とかは?」
「大豆はあるけど」
「それなら…やってみるか」
「何をよ」
「味噌づくり」
味噌? と首を傾げている間に内臓がズタ袋に収まった。ここからはアタシがやるしかない。あいつは魔法、使えないみたいだし。
「話は変わるけどさ」
「なによ」
いつも通りに水魔法で洗っていく。体表と腹部。
「夜さ、蝋燭使うじゃん」
「使うわ」
ランタン、或いは行燈と言われるもの。新月の時は必須なのよ。アタシも折り畳み式のものを一つ、持ち歩いている。 何度かあいつの前でも使ったっけ。蝋燭に火を灯すタイプね。足元くらいは照らせるから。
「それ、魔法でなんとかならないの? 宿の照明とか、魔法なんだろ?」
「あー、それはね、アタシがエルフだから。適性が無いのよ、火とか雷って」
「属性があるのか」
「そうね。陰陽五行とも言われるけれど」
「水土火金木と光闇かな?」
「惜しいけど違うわ。水、雷、土、火、木、に分けられるの。それに加えて、光と闇」
「なるほど」
「エルフは水と土、それから木が得意ね。元々は森の奥、人里離れた所に暮らす人種だから」
「水と土はなんとなく分かるけど、木って? 樹木でも操作するの?」
「惜しいけれど違うわ。木は生命の源を示す魔法なの。回復魔法に近いわ」
「近い?」
「魔法をかけて怪我が完治、とかじゃないのよ。ヒトなら気の流れ、と言えばいいのかしら。乱れた気を正したり、そうね、流血を止めるくらいならできるわ」
「太極拳みたいな感じか」
「タイキョクケン?」
「人の中に生体エネルギーを使うような…体操」
「体操とは違うけれどね」
「じゃ、ベルさんも木魔法なんだ」
「どういうこと?」
「前に、治癒魔法使ってただろ」
鷹に襲われたときに。破れた羽根がみるみる元に戻るの。
「フェアリーは少し特殊でね…精霊魔法を使うのよ。五行とは異なる魔法体系なの。自分のマナを消費するんじゃなくて、大気に漂う精霊の力を使う。陰陽五行とは異なる魔法形態なのよ。実は治癒魔法って、レアなのよね」
「レアなのか」
「レアよ。アタシの魔法じゃ血液や循環器の流れを弄れても、怪我自体を治せるわけじゃないから」
「じゃ、治癒魔法はフェアリー専用?」
「うーん、噂ではヒトでも精霊魔法の使い手がいる、という話を聞いたことがあるけれど…実際に会ったことはないわ」
「あんまり、怪我しないほうがいいな」
「それがベストね…さて」
洗浄はこれで完了。今日の所は帰りますか。
大八車をあいつに曳かせて、アタシも後ろから押してあげた。流石に重いからね。えんやこら、とシャルルに帰るともう夕暮れの時間。ギルドで換金。他にも何人か。
この時間、混むのよねぇ…。どのギルドでも同じだけれど。宵越しの金は持たない主義の人も多いから。営業時間中に、ってことで。
残金を確認する。うん、順調に増えてるな。これなら、少しお休みしてもいいかしら。
そう言えば。今日はアーノルドはいないようだけれど。
掲示板をちらり、と見る。
はぐれドラゴンの依頼。まだ、残っていた。
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