潮風の国②

 ギルドはそれはそれは立派な建物で、それこそ領主様のお屋敷よりも立派なんじゃないか、と思えるほどだった。門扉は立派な大理石でできていて、重層な門は何百年物の木材に一級の鋼をまとったもの。仮に戦争になっても、防衛拠点になるんじゃないかしら。高さはいくらだろう。二十ヤルクくらい、とベルが言うから、アタシの十五人分くらいかしら。ついでに衛兵が立っていて、要件を告げるとひとまずは中に通してくれた。

 中も立派。ギルドって言えば粗野な建物が多いのに、ここは絵画や彫刻なんて美術品まで陳列している。じゅうたんもふかふか。王様の部屋、と言っても信じられちゃうくらい。ただ、屯ってる人の様子から、やっぱりギルドだなぁ、と感じるわけで。片目の戦士とか、筋肉隆々の斧使いとか。フルアーマーの騎士に、魔導士も少し。

「やっぱギルドはいかついねぇ」

「傭兵だからね」

 ギルドの発祥は諸説あるのだけれど、大昔の大陸戦争が発端、と言うのが通説なんだ。常設の兵士ってホント限られていて。戦争になれば不足する兵力を傭兵で賄うのが一般的なの。ただ、大陸戦争が終結すると、当然に傭兵は行き場を失うわけで。そこで、傭兵ギルドが仕事を斡旋するようになったみたい。依頼主から仕事を受けて、達成者報奨金としてお金を支払う。ギルドはその一部を手数料として受け取り、そのお金で運営しているの。手数料はギルドによって違うけど、相場は三割くらいかな。

「まずは受付に行こうか」

 奥のカウンターを目指す。すっごく視線を感じるのはアタシがエルフだからか、ベルが妖精だからか、あるいは両方かな。受付の女性が身構えた。

「あの…初めて、ですよね?」

「はい、そうです。他国のギルドカードはありますけど…」

 ポーチからギルドカードを取り出す。何種類か。ギルドによってカードは違うからね。紙切れ一枚、ってのもあるし、そもそもギルドの証明書が無いところもある。

「あ、こちらであれば、うちのグループですので」

 一枚のカードを指差した。カードの中で一番立派なやつ。厚紙ってだけでも珍しいのに、こちらは立派なシルバー製。お金かかってるなぁ。

「確認しますね」

 カードを預ける。読み取り機は魔導器具だ。

「…確認できました。ペルルさん、ですね」

「そうよ」

「ランクは…Aですか!」

「うん。時間かかったけど」

「Aランク取得は五年前ですね…流石エルフさん…」

 そ、これでもベテランなの。アタシ。

「Aランクであれば全ての依頼を受けられます。依頼は壁際の掲示板をどうぞ」

 という事で壁際へ。ベルと手分けして依頼を眺める。

「なぁ、エルフさんよ」

 左目に眼帯をした、傷だらけのスキンヘッド。なあに、と振り返る。

「ちょいと、手伝ってくれねぇかなぁ?」

「何を」

「討伐依頼だぁ。はぐれドラゴンがさ、出るらしいんだよ」

「パーティは?」

「俺の他に、三人だ。ほら」

 男が指さす方を見る。いずれも人相の悪い男らだ。見たところシーフ、アーチャー、剣士といったところか。スキンヘッド男の装備はバトルアックス。

「おあいにく様、興味はないわ」

「新人が舐めた口を聞くと、良い目にはあわないぞ」

「あなた達、ランクは?」

「あ? Cだ。アリア支部でも五指には入る」

「アタシはAよ。喧嘩するなら、買うけど?」

 スキンヘッドがたじろいだ。

「ねぇ、ペルルぅ!」

「どうしたの、ベル」

「そんなおっさんなんて相手にしないで、ほら」

 ぐぬぬ、とスキンヘッドの唸り声を無視して背を向ける。動きはない。自重する程度には危機管理ができているらしい。でなきゃ、Cにはなれないか。ランクは全員Gからのスタートが一般的だけれど、大抵の傭兵や冒険者がDランク止まりなのは、そこから先へ到達するには余程危険な任務に就かなければならないから。事実、こういったギルドで一番死亡率が高いのはDランクだ。魔のDランク、なんて言われたりもする。勝てない相手に喧嘩を売るのはDランクまで。C以上は一応、冷静さも持ち合わせている。

「これ、面白そうじゃない?」

「なになに…翻訳希望?」

「そ、翻訳」

「報酬は…安っすいなぁ」

「Gランク以上だしねぇ」

 要するに、全員参加可能、ってこと。

「うーん、十リリル…それなりの宿には泊まれるか」

「そうなの? シルバだとまともな所は一人で十リリルは取られなかったっけ?」

 シルバってのは大陸にある国。ここに来る前に滞在していた国よ。

「だから、ベルは鞄に隠れてもらって…」

「食事は?」

「…アタシの残り?」

「嫌だよ!」

「ええ…」

「おい、アンタ」

「しつこいなぁ、あなたも」

 さっきのスキンヘッド。

「安宿素泊まりなら十リリルで行けるぞ。二人でよ」

「そうなの?」

「ああ。港町だからな、出稼ぎの人間が多いんだ。シルバみたいな澄ました国とは違うんだよ」

「それはありがたいな。ギルド公認のもある?」

「ああ、潮風亭と若潮亭、ってのがある」

「あなた、思ったよりも親切なのね」

「前は粋がってたがよ、仲間は何人も死んだし、俺も危険な目にあったからなぁ。親切はしといて、損はしないって事よ」

「情けは人の為ならず、ね」

「どういう意味だ?」

「そういう意味よ。親切は損しない…それじゃ、この依頼にしましょう。他のは、時間がかかりそうだしね」

「そうそう、今からモンスター退治なんてする暇ないよ」

 うんうん、とベルが何度も頷いた。

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