アタシ、エルフのペルル。この子は妖精のベル。こいつは異世界人のタケシ。
レイジ
第一章 潮風の国
潮風の国①
青い空。白くて大きな雲。カモメが気持ちよさそうに舞って、きゃうきゃうとよく通る声で鳴いている。潮風が凪ぐ。帆布がはためく。風を吸って、大きく膨らんで。
「帆を畳め~!」
船頭が威勢よく。おうよ! 海の男たちも負けじと。日に焼けたその肌は褐色に焼けきっていて、少しどす黒くも見えてしまう。腕力自慢どもが、海風との綱引きに挑んでいく。
せいや、そいや、せいや、そいや!
もう、港がはっきりと見えた。建物のひとつひとつ、区別できるほどに…なんて、堅苦しいことを言うのはやめやめ!
「やぁーっと、着いた!」
べたべたの潮風。嫌になっちゃう。アタシ自慢のブロンドがぱっさぱさ。お風呂、お風呂に入りたい! そりゃ、この船でお風呂に入ろう、なんて贅沢はできないのは知っているよ、知っているけれど! 潮風がこんなにもしんどい、だなんで誰も教えてくれなかったじゃない!
「もー、私、船はいいや…」
ベルは妖精族なの。
「ベル。今日は随分と低空飛行だね?」
デッキギリギリ、もう立った方が早いんじゃないの、って場所に彼女はいた。妖精って小さいからね。身長はアタシの片手に収まっちゃうくらい。
「塩がさ、羽につくんだよ」
トンボみたいな薄羽が四つ。
「重たくって!」
「もう飛ぶの、辞めたら?」
「妖精が飛ばなくなるのは二つだよ。生まれた時と、死ぬ時」
「死ぬの?」
「飛ばない妖精なんてただの死骸だぁ」
「あれ? でも寝るときは?」
「アレは例外」
例外なんだ。
「生憎だけどさ」
「なによぉ」
「ここ、島国だから」
「じぁ、ここで生涯を過ごそう」
「そんなに!?」
「だって無理だもの」
「アタシは生涯、なんて嫌だけど」
「エルフは寿命がながーいからねぇ」
「あなたも結構長いでしょ」
「いやいや、精々二百年くらい…千年でも二千年でも生きれるエルフ様とは違いますわ」
そ、アタシはエルフ。ペルル、って言うんだ。ちょっと事情があって、故郷を飛び出して、今は世界で放浪の旅に出てるの。もう何年だろう…十年か、二十年かなぁ。短いような、長いような…長くはないな。ベルとは旅の途中で出会ってね。まぁ、色々あったのだけれど、気が合うからこうして一緒に旅をしている。出会ってからは…五年くらいかしら? 話し相手がいるのは助かるよね。こんな時に、暇を持て余さなくていいから。
そんな雑談をしているうちに、帆船はみるみる内に港へと迫っていった。警備隊の検問。手漕ぎのボートだ。係留しているのは軍船だね。砲門がいくつか。こんな船なんて、一発で沈められちゃいそう。
他の乗客と連れだって下船する。
「アリア王国、かぁ」
「ミルドガルド唯一の島国ね。一度来てみたかったの」
「今度は飛竜で来ようよ」
「竜なんてどこで手に入れるの?」
「軍に入る?」
「お嬢ちゃん、舐めちゃいけねぇ」
後ろの乗客から。
「いくら飛竜でも、アリア海峡は越えられねぇよ」
「…だって」
「ちぇ」
「諦めなさいって」
「はぁい。で、アリアには何年いるの?」
「うーん、気が向くまで」
「今回も長くなりそうだよ…で、まずは?」
「いつも通り、路銀を稼がなきゃ」
「いくらあるの?」
「七リリルくらい」
「今晩泊まれないじゃん!」
「だってだって、酷いと思わない? ベルは手荷物だって言い張ったのに、二人分取られたんだよ!」
「私は手荷物じゃない!」
耳長エルフとフェアリーの喧嘩。さぞかし目立った事でしょう。ただでさえ波止場は人が多いのに。
「お嬢ちゃんや」
話しかけてきたのは、杖を突いた老人だった。人間だから…六十くらい? 大分長寿だ。
「やはりエルフだのう…まさか生きている内に再びまみえるとは」
「前にも来た人がいるの?」
「そうじゃのう、もう四、五十年になるかの。儂がまだ鼻たれ坊主だった頃の事じゃ」
「長老様なのね」
「ほっほ、お主より若いぞ」
「アタシより年上の人間なんていないよ」
「羨ましい限りじゃ…して、何用でアリアまで?」
「うーん、特に目的はないんだよね。気ままに世界旅」
「世界か…」
おじいさんが空を見上げた。
「儂も見てみたかったものじゃ」
「今からでも、きっと行けるよ」
「ほっほ、エルフさんは発想が違うわい」
「ところでさ」
ベルが口を挟んだ。
「冒険者ギルドとか、臨時雇いの案内所とか、そう言うのってこの街になぁい?」
「ギルドなら、この奥じゃ。最近は荒くれ者が増えての」
「昔は無かったの?」
「つい十年ほど前じゃ。なんでも大陸のえらい組合とかでの」
「民間なんだ」
ベルが目をぱちくりした。
「女王様はあまりギルドには興味を示されぬ」
「そうなの? それじゃ、依頼とかって、どう片づけているんだろう?」
「左手の方に立派な建物があるじゃろう?」
「建物って言うか…城?」
「そうじゃ、領主様の館じゃよ。何かあれば領主様にモノ申すのじゃ」
「そんなこと、できるんだ」
「他の国は違うのかの?」
「ちがうよ、アタシも色んな国を見たけれど、ギルドが国家専業の所もあるし、一切許可されていないところもあってね。それに、領主に意見なんて言ったら投獄、なんてところも」
「それは恐ろしいのう。安心せい、女王様は寛大なお方じゃ…寛大すぎるかも知れぬがの」
「寛大すぎる?」
「はてさて、長話が過ぎたの。儂はそろそろ帰ろうかな」
「ああ…うん、ありがとう、色々教えてくれて」
「なに、エルフさんと話せて、楽しかったぞ」
手を振っておじいさんと別れる。うーん、とベルが唸った。
「寛大すぎる、ってどういう意味だろう?」
「自由すぎる、ってのも過酷なのかもね。ともかく、ギルドに行こうか」
「はーい」
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