潮風の国③

 受付で依頼受託の手続きを済ませ、ギルドを後にする。海の方にもくもくと入道雲。一雨来るかしら。たっぷり湿気を吸った潮風がアタシのブロンドを撫でた。ヤダ、またべた付いちゃう。ちゃんとお風呂に入れるかしら。

 ともかく、時刻を確認。十五時。まだ日暮れには時間があると思うけれど。

「日没って、何時だっけ?」

「夏時間だから、十九時くらいだと思う」

「じゃ、暗くなる前には間に合うかな?」

「でも、ギルドの営業時間があるんじゃない?」

「そうだった…何時だっけ?」

「衛兵さん、ギルドって何時まで?」

 ベルがぱたぱたと飛んでいく。十八時、とのこと。あと三時間か。

「場所は近いの?」

「街中だから、大丈夫だと思う」

 依頼票には簡単な地図が描いてあった。こういう心遣い、ありがたいよね。えっと、港があっちだから…こっちかな。少し早歩きで移動。万が一でもギルドが閉まっちゃったら大変だし。当然、依頼報酬を即日手に入れる為よ。原則ギルドって即金対応だからね。こういう時には重宝するの。…万が一間に合わなきゃ野宿か素泊まり食事なしを覚悟しなきゃ。

 という事で、指定の場所へと向かう。領主の館にほど近い、繁華街なのかしら。港に負けず劣らず繁盛している様子。この街って天然の良港の条件を満たしているみたいで、海からすぐに山が迫っているの。領主の館は小高いところにあってね、繁華街は僅かな平地をめいっぱいに、押し込めるように軒を連ねているの。木造やら石造りやら、構造も多種多様、お店も両替商とか水産物の製造加工所、小麦の取引所に服飾店、雑貨店なんかが連なっている。そんな中でも道路だけは広くて、四頭立ての大型馬車が余裕を持ってすれ違えるくらい立派。物流が盛んなんだろうな。実際、歩いている間にも港から運ばれてくる海産物やら工芸品なんかを乗せた馬車と何度かすれ違ったから。他にも、荷物持ちの人足に買い物客。雑踏とはまさにこう言うことを言うんだろうね。チリ一つない、清潔だけれども息苦しいシルバとは大違いだ。

「ああ、生きてるって感じがする」

「うん。よくシルバに三年もいれたねぇ」

「エルフ的には三年は一瞬だから」

「フェアリー的には長かったよ? で、依頼の場所は?」

「えっと…居酒屋の清流屋」

「お洒落な名前だねぇ」

「うん…あ、アレじゃない?」

 看板が見えた。

「すみません、ギルドの依頼を承りに」

 番頭に声をかける。

「これはわざわざ、ありがとうございます。だけども、素直に行くもんか…」

「そうなんですか?」

「へい。そりゃ何人も、語学に自信がある、ちゅうのが来られましたが、さっぱりで」

「何語なのかしら?」

「それすらも、分からないってんで…困っちまって」

「そもそも、どういう人なの?」

 ベルが尋ねた。

「こりゃ、フェアリーさんとは珍しい」

「アタシは?」

「こりゃ、失礼を! エルフ様でしたか!」

「ぶー、エルフは様なんだ~」

「ベル、拗ねないの…それで、どんな人?」

「へえ、それが見たこともないような奇妙ないで立ちでして。ほら、向こうに海岸があるでしょう」

 番頭が道の先を指さした。軒の合間から、海が見える。

「ひと月ほど前でしたかね、そこの砂浜に倒れてたんでさぁ。あっしら、貝料理にはちょいと自慢がごぜぇまして、ほれ、そこで客相手してる女子、アレが日課のはまぐり拾いに行ったところ、そいつを見つけた、と言うんですよ。いや、アタシら先々代から、居酒屋根性を仕込まれましてね、世のため人のため、困ったときはお互い様、の精神で商売させてもろうてましたんで、これは一大事、と男衆で連れ帰ったでさあ。したらね、言葉がまるで通じんで。あっしもね、多少は大陸語ってやつを嗜むんですが、ほら、こんな港町ですから、外からのお客さんも多い訳で、だもんで話しかけたんですが、アリア語はダメ、大陸語もダメ、領主様にも相談しましたけどね、偉い学者さんにお越し下さったんですが、まるで魔法みたいな、あっしの知らない言葉を沢山ね、そりゃ日が暮れるまで話してくれたんでさぁ。それでも、結局はダメでしてね。ほとほと困り果てて、ギルドさんに依頼を出してみたんでさぁ」

 話長いな、この人。

「それで、ギルドの人間も来たんですか?」

「へい、ぎょうさん来られました。ですが、やっぱり通じんのですわ。一人なんて古語まで使ってくれたんですがねぇ…あっしらも悪いんで、酒を一杯ご馳走させてもらいましたわ」

「とりあえず、会ってみたら?」

「そうよね…その人は今、どこに?」

「奥におりまさぁ。流石にタダで置いとく訳にも行きませんから、皿洗いを、と思ったんですがぁ、案外料理の心得があるようでしてね、今は調理場におります」

「呼んで頂けるかしら?」

「それでしたら、奥に個室がありますんで、そちらでお話しくだせぇ。ほら、表に出すとお客さんがね」

 確かに、繁盛しているお店みたい。ギルド報酬を受け取ったら、こちらにお邪魔しようかしら。今飲むと、残金がゼロになりかねないのよね…。

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