第8話 春と牡丹

「ねぇクロ、君の家はどんなお仕事をしているの?」

 ざくざくと家に向けて山を降りているハルさんが目線を向けず、声だけで俺に聞く

「山の案内人をしています」

「案内人?商人の?」

 不思議そうに、ハルさんが足元に向けていた目線を俺に向けてこてんと首を傾げる

「えぇ、この山は案内人がいないと妖に襲われるんです」

「本当に?」

「本当です、俺がいなかったらハルさんもこの山には入らない方が良い」

 ハルさんの前に立ち、目を合わせて言った俺をハルさんは青い瞳でじっと見つめると、

「心配しないで良いよ」

と少し微笑んだ後、俺を避けて歩みを再開させた


ーーーーー


 家の近くまで街を迂回して山を下ると、家の裏の塀の輪郭が見えて来た

大きな家ではあるが、古ぼけて細かなところからひびが入っている

「正面には向かわないの?」

「えぇ、まぁ」

さほど興味もなかったのか、軽く返事をしてくる俺にふぅん、とハルさんも軽く返事をして山の中を見渡しながらしばらく歩く

 くいっと俺の着物の後ろを引かれてハルさんの方を見る

「何かありましたか?」

ハルさんは俺の方は見ずに、右側の方をまっすぐ指差して微笑みながら質問をする

「あそこにいる女の子は話に聞いた妹さん?」

 ハルさんの言葉に釣られて見た背の低い少女の姿を見て俺の足が弾かれる

「牡丹!」

 名前を呼ばれた妹は、長い髪をゆっくりと動かしながら俺の方を向く

「兄...様」

「牡丹!なぜここにいるんだ!」

「母上に、追い出されたの」

 一本調子で言葉を出す牡丹は、俺の姿を見て段々と目を潤ませ、掠れていく喉で言葉を絞る

「兄様...良かった...」

 俺が帰ってきたことで緊張が解けたのか、牡丹はぼろぼろと大粒の涙を目からこぼしながら、俺の両袖ににしがみつく

牡丹は俺の腹までしかない身長を必死に丸めて、逃すまいとぐりぐり俺の腹に頭を擦り付ける

 牡丹にしがみつかれてあわあわとする俺を笑いながら、ハルさんががさがさと俺の方へ歩いてくる

「そちらのお嬢様は?」

「妹の牡丹です」

 まだしがみついて泣いていた牡丹は、じっとハルさんの方を向いて少し怯えたように、俺の腕にこめる力を強める

「兄様、この人は?」

「この人は大丈夫、俺を助けてくれた人だよ」

 俺が怯える妹にどう説明しようか...と考えていると、ハルさんがすっと牡丹の横に立ち、背の低い妹の視線に合わせて立膝になって妹に自己紹介をする

「初めまして私はハル、仙人をしている」

 目を合わせてきたハルさんにビクビクしながらも、ゆっくりと牡丹が自己紹介をする

「私は...牡丹です...兄様を...助けていただき...ありがとうございます」

ハルさんはうん、うん、と細かく相槌を打ちながら急かすでもなくまったりと牡丹の言葉に耳を傾け、いえいえ~と感謝の言葉を流す

「どうして牡丹ちゃんはここまで来ちゃったの?」

「えっと...母様に怒られてしまって...おうちに入れなくて...」

 牡丹は怒られた時のことを思い出したのか、涙を浮かべて震える

「追い出されたら離れに入っていろと言ったじゃないか」

つい責めるように声を出してしまった俺を抑えるようにハルさんは俺の前に手を出す

「クロ、家に入らせて」

 俺に呟かれた言葉の中に、咎めの意が入っていることが伝わってくる

 咎められたことにすこし反省をしながら、ハルさんと牡丹を家の堀の中へと招いた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る