第5話 山下りとカラス
山の空気は冬のように鋭く澄んで、薄着のクロは少し寒そうにしながら山を下る
私には寒さがないので、裸足に普段着でも山を降りられるが、人間のクロにこの寒さは染みるだろう
えらいなぁ...と考えているとクロの身長が、自分よりもはるかに高いことに気がついた
ふと私の右隣に立って、真っ直ぐに前を見つめ歩き続けるクロを見つめる
本殿の中は薄暗くてよく分からなかったが、6尺近くある背丈と眉間の皺や目つきの悪さ、無表情な顔、そして雑に切られてボサボサの黒髪が相まってなかなかに怖い
言うなれば...
(盗賊の頭領かな)
多分何も知らない子どもが、クロと目を合わせたら大泣きし始めるだろう
体つきも随分としっかりとしている
腕なんて自分の腕と見比べると、まるで丸太と小枝である
多分、素手で戦っても勝ち目は私にはないだろう
じっと自分の体を見つめて、あまりにも筋肉のない体に少し暗い気持ちになり、思わずクロの体に視線を置いてしまう
ぱっとクロが私の視線に気づいて恥ずかしそうに目を細める
「何かありましたか」
「あっ!いやなんでもないんだ、ただクロは鍛えられてるなって」
クロは、必死に手を振って何も無いんだと弁明する私の方を怪しげに見ると、ゆっくりと質問をする
「仙人様、なぜ俺をクロと呼ぶのですか?」
「仙人様なんてやめてよ、ハルで良いからさ」
「ハル様」
「ハル」
「ハルさん」
「それなら良いよ」
呼び方が決まるとクロはもう一度質問し直す
「ハルさんはなぜ俺をクロと?」
「そりゃあもう!」
「はい」
「昔飼ってた猫に似てたから!」
私の返答にはぁ、とクロは気の抜けた返事を返すと、少しして確認するように私の顔を見て再度質問を重ねる
「本当に?」
「そうだよ?クロの生まれ変わりと言われても信じれるぐらいに」
クロは私の顔を覗き込んだまま、固まってしまった
急に止まってしまったので私はクロの顔に思いっきり頭突きをしてしまう
「もうクロ!急に止まらないでくれよ!」
「あぁ、はは、すみません」
クロは私の言葉に軽く謝ると、先ほどよりもふらふらとした足取りで道を進む
また暫く歩いてから、無言の時間を埋めるようにクロが口を開く
「ハルさんはなぜこんなところまで?」
「えぇっと...なんでだったっけか...」
クロの言葉にふと深く考える
そういえばなぜだっただろうか
山を登っているときには、絶対にここに行かなくてはならないと思っていたが、今考えるとなぜだったか思い出せない
つい腕を組んで真剣に考えてしまう
思い出の場所だったのだろうか
弟たちと住んでいたとか?
母上とも父上とも来た記憶がない
「忘れてしまったよ」
いくら考えても思い出せない私は、クロにその一言しか言えない
そうですか、と言うとまたざくざくとクロが道を進んでいった
_______________
ねぇ、あにうえ
あなたはいつきてくれるの
蝋燭の灯る大きな部屋の床に1人座った、可愛らしい顔立ちの少年が拗ねたように呟く
少年の短い髪の毛は、部屋を包む暗闇に同化して、遠くから見れば爛々と輝くその黄色い瞳だけが浮いて見えることだろう
少年の口には、不器用に笑顔を貼り付けられていて、ぼろぼろの黒い衣も相まって口が縫われた幽鬼のように見える
少年は頭上の、上に伸びる終わりの見えぬ穴を見てまたぼそりと敬愛する兄上に言葉を送る
「はやく、はやくきてね」
僕が鳥になっちゃう前に
_______________
「随分カラスの鳴き声が聞こえますね」
クロが悩ましげにこちらを見る
「そう...だね...」
なぜだろうか、左目が痛い
潰されているような感覚が、カラスの声が聞こえてからずっと続いている
痛くて返事が上手くできなかった私をクロは気にならなかったのか、そのままどっしりとした体を使って細い山道を歩いている
ふといつも自分の代わりに、仕事をする弟の姿がクロの背中に見えた
(心配をかけてはいけない)
動かなくなっていた足を無理やり動かして、木の根の走る道を進む
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