第2話 男の目覚めとクロ
目が覚めると、さっきまで感じていた寒気と目の前にいた黒いもやのようなものは無くなっていて、何故かどこかの神社の本殿の中にいた
扉から外を見ると晴天で、雲を見る限りまだ朝のようだ
ふと何かが体に触っている気がして、自分の体を見ると誰かが俺の手を握って倒れ込んでいた
思わず飛び跳ねてその人を見る
貴族のような立派な着物に、腰の少し上ぐらいまである綺麗な髪を床に散らした女のような人
着物や肩幅を見る限り、20代前半ぐらいの男のように見える
着物が女物だったら俺はここで腕を組み頭をひねることになっただろう、と簡単に考えられるほどの美人が一緒に倒れている事実は飲み込めないが、まずはこの貴族を起こすのが先であろう
目の前の男を起こそうと手を伸ばしたところで、ふっといつものお貴族様の行動が頭によぎる
支配階級以外を人間と見ないあの冷たい目線
この人も自分のことをあんなふうにみるのだろうか、と考えると何故か心の底が抜けるような感じがした
貴族を見ると、子供の頃に神社に来た貴族の女の子に話しかけた時のことを思い出す
まだ幼く、自分と年もそう変わらないであろう子供に冷たい目線で睨まれたあの瞬間、身体中の血液が沸騰するような感覚に襲われ、自分とあの子は生きる世界が違うのだとまざまざと感じさせられた
だがこの男が貴族だと決まったわけでも無い
いや、今のところほぼ貴族なのだが
でも、なぜかこの男があの女の子と同じ立場で話している想像が付かない
うんうんと少ない頭を回して、起こすべきか考えているとうぅんと男が伸びをしだした
急いで自分の服が整っているのを確認して、片側が開けられている本殿の入り口の前で、跪き頭を下げる
「んぇ...あれ?クロは?」
男が起きたようで、優しそうな声が部屋の中に広がる
性別が思った通りでよかった、という安堵感と共に心に広がるクロってなんだよという思い
少しの静寂の後、がさがさという音がこちらに近づいて来る
頭を上げれなくて前が見えず、何をされるのかと言う恐怖がつのる
足音が目の前で止まり、肩に手が置かれる
「クロ!いるじゃないか!」
「へっ?」
予想外の呼ばれ方に、思わず声をあげて男の顔を見つめる
顔を見ると、花の様に静かながら華やかな顔立ちをしている男が、笑顔で俺の顔を青い目で見つめていた
...確かに服も髪も一片の混じりのない黒だが
貴族の中では庶民をそんな猫のような呼び方をするのが普通なのか
色々な考えが回って動きが止まってしまう
目の前の男は、そんな動かない俺の顔を大きな目で覗き込みながら、心配そうに声をかける
「大丈夫?まだ調子が悪いのかい?」
「あっ...いえ調子は良い、です」
言い慣れない敬語でぎこちなく言った俺の返事に、それならよかった!と嬉しそうに言って、そのまま会話を続ける
「君、名前はなんと言うの?」
「石守、です」
「じゃあ長いからクロって呼ぶね」
なんでだよ!と言いそうになった口を急いで紡ぐ
どれだけ意味不明でも口を出さない、今までの人生で貴族について学んだことである
ふんふんと鼻歌を歌いながら男は覗き込んでいた顔をあげて、扉の横で跪く俺の隣に正座する
「ほらクロ、こっちを向いて手を出してよ」
変わらず優しそうに右手をこちらに笑顔で差し出してくるが、逆らう理由も無いので大人しく正座に直し、男に左手を預ける
ありがとう、と小さく言うと、男は俺の手を握り、まっすぐ前を向いて目を瞑ってしまう
することもないので、目の前で左手を握っている男のことを観察する
背は俺よりも頭一つ分は小さいだろう
自分の背が元々飛び抜けて高いので、一般的には背が高い部類だろう
服は着物だが、あまり見たことがない形をしている
たまに見るような貴族の服とはまた違う、言うなれば物語に出てくる天女のような服である
手は全く荒れておらず、傷も見えない
袖から見える腕も細く、手を握っている力からも非力なんだろう
顔は...と男の顔を見ると同時に男が、瞑っていた目を開いてしまった
目を開けた瞬間に合った俺の目に、少し恥ずかしそうにしながら結果を話し始める
「クロの体は健康そのものだね、魂も体に定着してる」
「魂?」
思わずあげてしまった声に応える様に、男は人間の魂と生気の関係性、そして俺が瘴気に纏われていたことを話してくれた
「そんなことになっていたなんて...助けてくれてありがとう、ございます」
生気やら瘴気やらは聞いたことがないが、男の顔を酷く真剣で真面目だった
この男はどこでこんなことを学んだのだろうか?と疑問符が浮かぶ
「私はたまたま見つけただけだよ、クロは運がいいんだね」
頭を下げる俺を見てふふふ、と笑いながら男は謙遜をする
「あの...名前を伺っても良い、ですか?」
俺が名前を聞くと、先ほどまでまでのヘラヘラとした動きがカチッと動きが止まり、あ~とかう~とか言いながら考えている様な動きをとる
少し下を向いて考えた、後ぱっと目を開けて先ほどまでとは違う色の笑顔を顔につけて、自分のことを話し始める
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