盗み聞き

連喜

第1話

 今朝、俺は一人でファミレスに行った。ああ言うところに行くと、大きな声で喋っている自己顕示欲の強い人が必ずいる。大抵はその人が一人で喋っていて、相手はただ相槌を打っているだけだ。相手の人はどう思っているのかと不思議になる。いい加減嫌にならないものか。

 たまに、どちらも同じくらいよく喋る組み合わせもある。よくぞ似たような人間を連れて来たなと思う。ファミレスは親子連れ。カップル。友達同士。一人で来ている人ももちろん多い。


 俺は一人でいるせいで、そんな人たちの話を聞いている。本当に、こんなに面白いことはないと思うくらいだ。


 両親が別居している家庭の母子が隣に座ったこともある。

「どうしてお父さんと暮らさないの?」と、子どもが母親に聞いていた。または、教育熱心過ぎる家族もあった。食事の時も小さな子どもに歴史のクイズを出していた。別の時は、旦那が入院して金がないとぼやきながら外食している家族がいたり(じゃあ、外食すんなと思う)、カップルのように妙にいちゃいちゃしている美人ママと小学生の息子がいたりと面白かった。


 今日、ファミレスで聞いた話だ。


 隣の席にいたのは、六十代くらいと思しき女性が二人。一人は毛玉のついた黒いトレーナーを着て太った体型をしていた。白髪と茶色い髪がチリチリに混ざって貧乏臭かった。そんな形をして、うちは家柄がいいと自慢していた。仮にAさんとする。相手はBさん。聞いているかわからないが、心地よい相槌を打っている。

「私、主人と出会う前にお見合いしたのよ」

「あら、そう?」

「うん。○○○にビルをいくつも持ってる地主の息子で、大学は慶應。親は市会議員もやってた地元の名士だったのよ!」

「へえ」

「すごくハンサムで、野口五郎に似てたわ」

「あら、そんな素敵な人をふるなんてもったいない」

 すごい嫌味だと思った。2人の関係がよくわかる。

「でもね、その人病気だったのよ」

「何の?」

「ポリオで足に麻痺があったの」

「あら、気の毒ね。でも、いいじゃない、そのくらい」

「でもね、君みたいな人に僕なんて相応しくないって、泣きながら言うのよ。それなら、仕方ないなと思ったの」

 断る時はこう言う風に言うのが普通だろうし、このおばさんも障害のある人じゃない方がよかったんだろう。


「でもね、その人とこの間、バッタリ会ったの」

「え。よく、その人だってわかったわね」

「足に障害があったからね」


 お見合いしたのって、一体何十年前だろう。外見だけでは気が付かないに違いない。


「どこで会ったの?」

「それが、私の家に訪ねて来たの」

「へえ、どうして家がわかったの?」

「道を歩いてて私を見かけたから、着いて行ったらうちに行き着いたって」

「ちょっと怖いわね」

「うん。私、その日は出掛けてなかったから、『いつ?』って聞いたら、花見の頃って言うの。もう夏だったのよ。ずっと前に見かけたのに、どうして今いらしたのって聞いたら、もうすぐ君の旦那が死ぬからプロポーズしに来たって言うのよ」

「えぇ!不気味ね」

「そうなの。ちょうど旦那が具合が悪くて入院してたから、本当かなって思っちゃった…」

「でも、困るんじゃない。旦那に死なれたら」

「そうでもないのよ。生命保険に入ってるし、住宅ローンも終わってるからね。あの人、よくわかってるって思ったわ」

「それからどうなったの?」

「時々来るの。毎週水曜日だけ」

「何で?」

「水曜日に何かが起きるって言うのよ。私を守りたいって」

「気持ち悪い。あれ、今日は水曜日じゃない?」

「うん。すっぽかしちゃった」

「大丈夫?」

「さあ、うち、今、旦那が入院してて」

「その人すごいね」

「偶然じゃない?もう歳だから何があってもおかしくないからね」

 

 その時、スマホが鳴った。

「あ、あの人だ」

「え、家にいるの?」

「今、こっちに向かってるって」

「何で知ってるの?」

「ここでお茶してるって言っちゃった」

「え、やだ!私、怖い。ごめんね。帰るわ」

「え…私も怖いの。だから、一人でいるのが嫌で…」

「ご、ごめん!」


 その人はテーブルにお金を置いて去っていった。

 俺は相手の男が来るのを楽しみに、本を読んでいるふりをして黙っていた。


 その女はスマホを弄り始めた。

 俺はその不気味な男がいつ来るんだろう、と思いながら、本を読んでいるふりを続けた。


 それから、2時間待ったが誰も来ない。

 いや、もう来ているのかもしれない。

 俺に見えないだけで。

 女はやっぱり一人だ。

 背筋がぞっとした。


「お兄さん」

「え?は、はぃ?」

 俺は急に話しかけられてびっくりした。はっとして隣を見ると、よく肥えたおばさんだった。

「熱心に本読んでるけど面白い?」

「はあ」

「何て本?」

「え…」

 俺はうまく答えられなくて本のカバーをおばさんに見せた。

「ああ、聞いたことある。一人?よかったら向いに座っていい?」

 俺が何も返事をする前に、女が席を移って来た。


 それからおばさんはずっと喋っていた。

 今一人暮らしで、旦那が入院している。

 胃ろうにするか迷っているそうだ。

 夕飯は宅配弁当を頼んでいて、それがそんなに高くなくて低カロリーで栄養バランスが取れている、自炊するよりお得だと力説していた。しかし、話を聞いた限りだと一日一食だけだし、毎日だと不経済だった。


「へえ。いいですね」俺は話を合わせた。

「でしょ!一人だったらいいわよ。見る?」

 その人はスマホでその宅配弁当の会社のホームページを見せてくれた。


 もしかして、さっきの女の人はそんなに親しい人ではないのかもしれない。

 初対面かも。

 多分そうだ。

 俺ははっとした。女性と言うのは会ってすぐでも長年の友達みたいに見えるものだ。


「あの…今からどなたか来るんじゃありませんか」

 俺は盗み聞きを薄情してしまった。

「ああ。今向かってるって」

 

 え?だってもう四時間くらい経ってるぞ。

 そっか。

 男の方じゃなくて、おばさんの方がその人を待ち続けているんだ。

 足を引きずりながらやって来る、野口五郎似のイケメンを。

 

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盗み聞き 連喜 @toushikibu

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