NTRだってさ
嘉那きくや
NTRだってさ
幼馴染が泣いている。
ベンチに、1人で、座って。
机に顔を突っ伏して。
男の号泣に、たまに行き交う人がチラチラと見ながら通りすぎていく。
なにやってんだよ……本当にさ。
泣いているアイツは、俺の幼馴染だ。
小さいころから正義感にあふれてて、まっすぐで、努力家のアイツ。
「オレ、ゆうじゃになる!」
そう言って、毎日毎日、きたえてた。
今でも変わらずに、きたえてる。
俺はたいてい、なんとなく側にいた。
……アイツの母ちゃんの手作りオヤツがうますぎるってのが大きな理由かもしれない。
そんなわけで帰りは、いつも一緒にアイツの家に行く。
「ダイキ、どうした?」
俺はアイツに近づいて尋ねた。
「ふぐっ、うぐっ……うっ、ナオ?」
涙でグチャグチャな顔をあげて、ダイキはやっと俺に気づいたようだ。
「なんで泣いてる?」
もう一度、聞いてみた。
「ナオォ。オレ、オレ……NTRされたんだぁぁぁ」
なっ、なんだと!
俺はサッと思いだす。
ふわふわの髪をした笑顔の彼女を。
「5年だぞ? 5年。ずっとずっと、オレは毎日……ううっ」
俺は信じられない思いだった。
「それでお前……相手、わかってんのか?」
「当たりまえだろっ。しっかりバッチリ見たさ!」
「み、見たのか?」
「ああ! 見たよ。なあ、オレどうすればいいんだ?」
またグジグジと泣きはじめたダイキに、俺はかける言葉も見つからず茫然としていた。
「なぁ、ナオ、どうすればいいか教えてくれよ」
「ダ、ダイ──」
「オレはどんな返事をすれば良いんだ?」
へ?
「へんじ?」
「そうだよぅ。なー、どう返せばいいと思う? お前ならカッケー言葉とか知ってるだろ? 教えてくれよお」
あー、まてまて?
「だれにへんじするんだ?」
「『おれ強くね?』さん」
だれだよ、それ。
「あー、ダイキ。いや俺、落ち着け? えー、ダイキよ。NTRされたっていうのを詳しく説明してくれないか」
俺がそう言うとダイキは、ズボンの後ろポケットをごそごそし始めた。
「へへっ。オレさ、NetでTwitterしてるんだけど、5年……5年目で初めてっ! 初めてReplyされたんだよぉ」
ポケットから取りだしたスマホの画面をなんどか押し、ニヤニヤしながら、それを俺に見せつけてきた。
「ほら、これ。このNTにRされたんだぜぇ。もうさあ、幸せだ〜」
感極まったように涙をにじませ、スマホ画面にキスをしている。
────そうだった、コイツの脳内はダイキファンタジーでできてるんだった……。
「ダイキよ、俺のHPは尽きかけている。今日は家に帰るワ。おばさんによろしく言っといて」
「お? おう。じゃあ明日、教えてくれよ!」
*****
ダイキは昔から、あんな感じだ。
一緒にやったゲームに影響されて、いまだに[勇者]を目指している。
……就職先に勇者があると思っているんだろうか?
まさかあいつ、ギルドが存在してるとか思ってないだろうな?
そんなバカな……バカ? あぁなんか不安になってきた。これって聞くべき?
っていうかNTRが、NetでTwitterしたらReplyされた、の略だと思ってるって、マジでなに言ってんだ?
だいたいNetじゃなくてMobileだったと思うぞ。
いやいや、そんなんどうでもいいよ。
そもそもNTRの意味はさ……!
ううー。しかし、さっきはマジでびびった。
バレてんのかと思った。
────『ダイキはバカだから絶対に気づかないわよ』と俺を襲ったあとに笑って言った、あの女。
サイテーでビッチな、アイツの彼女。
『ダイキの顔とまっすぐさが好きなんだぁ。時々、こいつ金持ちになるんじゃね? って思わせるところもあるし。……ん? だってぇあたし達は3人で幼馴染じゃん。あたしは優しーから、ナオを除け者にはしないよ? ふふっ。……あ、もう内定決まったんだってね。おめでとう』
クスクスと、俺のうえで瞳を熱くして言ってくる──
耳にこびりついた彼女の笑い声を、俺は頭を軽くふって追いだした。
うつむいて早あしで歩いていると、ふと少年と少女の笑い声が耳に入ってきた。
そこは、いつもの帰り道。
土手のしたに視線をながすと、子供たちがいた。
少年2人と少女が1人、楽しそうに走りまわっている。
なんとなく足がとまり彼らの声を聞きながら、ゆっくりと風景を見まわした。
目をつむると風がやわらかく顔をなでていき、草の懐かしい匂いがした。
この場所は、いま駆けている彼らと同じように俺たちも毎日あそんでいたんだ。
──あの日。
あの子の足がすべったのを受けとめて、一緒に土手から転がり落ちたあの日。
彼女は柔らかくて、ふわふわの髪からは良い匂いがした。
落ちきったあとに慌てて俺にケガがないかを確かめて、ホッとしたように笑った顔。
ありがとうと言って抱きついてきて、怖かったと震えた身体。
あの時の少女と、ダイキの彼女であるあの女が同一人物だとは到底信じられない。
そんなことを思いながら目をあけ、ため息をつく。
いまの俺には建物の向こうに沈んでいく夕日の色と、聞こえてくる幼い笑い声が、なぜか哀しくせつなかった。
今日ダイキがNTRされたって言ったとき、俺は怯えた。
それまで俺は、自分は被害者みたいなもんだと思ってた。
あの女が望んだんだ、俺からじゃない。
でもダイキの立場なら、どっちからとか関係ないんだ、よな。
俺は心の底では、ダイキが早く気づけばいいのにって思う。
勇者なら、あの女を早く倒してくれって。
俺はもう、ダメなんだ。
あの女に……あの女の目を見ると動けなくなるんだ。
あの女の言うことを聞いてしまうんだ。
だから。
頼む。早く俺を救ってくれよ、勇者。
──スマホがポケットで振動し、確認する。
届いた文面を読んで、自宅ではない場所へと足を向けた。
卑怯でずるい俺は、今日もまた勇者に責任を押しつけて逃げている。
キリキリと痛む心を見ないようにして、欲望を優先する。
そして待っている。
いつかアイツに、ざまぁされるのを、待っている。
NTRだってさ 嘉那きくや @kikuya_kana
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