第8話

「お帰り!やっと戻ってきたね。ホントはもうちょっと頑張って欲しかったけどまぁいいや。うん、頑張った!」


 オレはまたあの白い空間に戻ってきていた。

 相変わらず神は発光玉で人面カラスが飛んでいる。


「ただいま。オレはこの人生を全うしたんだよな。これでオレの報いは終わったのか?」


 オレの心は悟りをひらいたように凪いでいた。神を見ても恐れや憎しみも感じない。この先の希望もない。


「うんまぁ終わりは終わりだけど君、ちゃんとは思い出してないでしょ?それじゃあ私の気がすまないし、君もきになるでしょう?答え合わせをしようじゃないか!」


 神は明るく言うけれど、きっとお気に入りの品行方正な人間を虐めたことを悔い改めろと言うのだろう。

 馬鹿なことをしていたと思うし、反省もした。こんな思いはもう二度としたくない。

 しかし、こんなことは世界のありふれた日常のひとつでしかないと今でも思っている。


 オレは運が悪かったんだろう?きっとそうだ。たまたま目をつけられてしまったんだ。そのはずだ。


「ねぇ、君はこの子を覚えているかな?」


 神体を揺らし、唐突に人面カラスを呼んだ。カラスはスッと神の横に羽ばたいて寄って、止まり木でもあるかのように羽をたたんで静止した。


「覚えているよ。1番最初にこの空間であったのはそのカラスだ。それがどうした?」


 よく覚えている。こんな生き物初めて見たからな……初めてだよな?でも…


「お、その顔。僕のこと思い出してくれたかな!」


 カラスが満面の笑みでオレに話かけてくる。


 おい、初めて会ったときと喋り方が全然違うじゃないか。そして体がカラスなぶん、とっっても気持ち悪い。


「たつみ君、久しぶりだね!僕だよ。道弥だ」


 名前を聞いて、声を聞いて、顔を見て、凪いでいた気持ちが一気にざわめいた。


 オレが虐めていた…アイツだ。

 鼓動がバクバクと走り出す。


「どうしてここにアイツが、ミッチィがいるんだよ!!」


 思わず口に出してしまった。口に出すとちょっとぬけたあだ名に、少し恥ずかしさを覚えた。


 道弥と名乗るカラスはその場でくるりと宙返りをすると、人面カラスから学生服を着た青年へと変貌した。そしてにっこり微笑む。


「たつみ君、覚えてくれていてありがとう!でも、そりゃそうだよね。僕を思い出すことが君の今回の人生の意味だったからね」


 そうだ、オレの2度目の人生の節目には必ず道弥の存在を思い出していた。でもまさか道弥とこんなところで会うなんて信じられない。


「なんだよ、そんなアホみたいな顔して。久しぶりに会ったオトモダチじゃないか」


 驚きすぎて声も出ない。

 道弥は後ろ手を組み、地面のないこの場所を真っ直ぐ歩いてくる。


 こちらに迫りくる道弥が何となく恐ろしく、避けようと無意識にもがいた。二度ここに来て、そんなことをしても無駄だと思っていたが、予想外のことが起きた。

 無いはずの脚がある。眼前の手の色が濃い。顔にかかる髪の色が黒い。服が道弥と同じものだ。そして、体を自由に動かせている。


 たつみに戻ってる?


 迫りくる道弥を忘れ、自分の体をベタベタと触り、その場で駆け足をしたり曲げたり伸ばしたり、とにかく久しぶりの感覚を全身で味わった。


 送られた世界で、長い年月を過ごし、元の姿を忘れかけていたところにこれで。

 思いもよらないことで、思わず声をあげて泣いた。

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