第5話

 その時は突然だった。

 バンッと扉を開ける大きな音と共に長兄がオレの部屋にやって来た。


「おいっ!!いるか!!」


 怒鳴り声でオレを呼ぶ。

 オレは奥の続き部屋で書をしたためていた。籠の鳥生活も長くなると、人は書を書くようになるのかもしれない。

 書く手を止め、恐る恐る突然現れた長兄の方を向く。

 普段滅多に顔を合わさないが、むこうがオレを疎ましく思っていることを知っているし、アイツの気性の荒さを知っているからできるだけ近寄らないようにしている。


 この脚じゃどうやったって勝ち目はないからな。


「ここにいます。何か御用でしょうか?」


 冷静を装って返事をしたが、内心バクバクだ。


「お前!よくもやってくれたな!」


 長兄は顔を真っ赤にしてワナワナと怒りに震えている。


 何の事だかまったくわからない。何せ1年前の洗礼の儀から帰ってきて以来、この部屋からほとんど出ていない。風呂もトイレも食事もできるこの部屋は、用事が無ければ出る必要がないからだ。


 今にも殴りかかってきそうな長兄は、後からバタバタやって来たお付きの人に体を抑えられ、オレは何とか危害を加えられずにすんている。


「いいか、よく聞け!お前のせいで俺は破談になったんだ!!」


 衝撃の一言だった。


 オレのせいで破談‥婚約の?


「あ、あの、何かの間違いでは無いでしょうか。私は洗礼の日からほとんど外には出ておりません」


 あまりのことで体が固まる。


「いや、お前のせいだ!お前のギフトが先方に知られてしまったんだ!」


 何とオレのギフト"悪意を呼ぶ力"が外部の人間にも知られてしまったらしい。

 もともと、長兄と婚約者の令嬢は上手くいっていなかったと聞いている。それもそうだろう。しがない貧乏貴族に嫁ぐ上に、屋敷から出られないお荷物三男ももれなく付いてくる。それに加えて今回知られてしまった最悪のギフト"悪意を呼ぶ力"持ち。そんな不良物件のところに嫁ぐなんて、オレだって嫌だ。


「それは……申し訳ありません」


 おそらく、本当にオレの件が破談の一因になったであろうことは想像できる。しかし、そもそもの原因は兄さんのその気性の荒さだろう。

 何か気に入らないことがあれば、すぐに周りに当たり散らす。

 自分より身分の低いものには威圧的に接する。

 ケチでろくにプレゼントもくれない。

 好き嫌いが多くて、一緒に食事をしても文句ばかりで楽しめない。

 こんな男、たとえ金持ちで爵位が高くても躊躇するだろう。むしろ今まで婚約を解消されなかったのが奇跡だ。

 その事実を無視し、全てをオレのせいで片付けるところはさすが長兄である。


「お前は、お前は!!この家の疫病神だ!お前がいるから俺はいつも上手くいかない!お前さえいなければ全て上手くいくのに!!!」


 長兄は、お付きの人を振り払い鬼の形相で向かってきた。そして座っていたオレの首を両手で掴み、椅子ごとなぎ倒す。床に倒れ伏せてもなお、首に手がかかったままだ。


「!!!!!!!!!!!!!」


 ものすごい力で首を締められて言葉も出ない。渾身の力を込めて首から指を外そうとするがびくともしない。怖くて苦しくて、起き上がることもできずに無い脚をバタつかせてただもがく。

 慌てて使用人たちが止めに入るがその手は一向に緩まない。

 もうだめかと思ったその時、またアイツのことを思い出した。

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