第4話

 1年前の洗礼の儀はオレを絶望させた。何年経ってもあの時の絶望感は忘れられないだろう。未だに昨日のことのように思い出される。


 女神はオレを殺したあの神で、オレの苦悩を足りないと言い、授かったギフトは"人の悪意を呼ぶ"こと。


 唯一の希望が絶望に変わるのは一瞬だった。


 オレは教会からどうやって帰って来たのか全く覚えていない。ただ、教会長の哀れみの顔だけが思い出される。

 オレ付きの使用人が言うには、大きな宝石から離れた瞬間に気を失い、目を覚まさないまま教会の人に連れ出されたらしい。


 帰宅したあとは、珍しく父親が声をかけてきた。

 当然、ギフトの内容を聞くためだ。この頃はまだ、ほんの数ミリでも期待があったのだろう。

 しかし、オレのギフトを聞いた途端に怒りとも憎しみとも言えない顔をして無言で部屋を後にした。

 母親は相変わらず顔も見せない。


 これでオレは一生籠の鳥だな。


 今までも恥だと家に閉じ込められ、一縷の望みのギフトもこれじゃあどうしょうもない。


 更に皮肉なことに、儀式で感じた絶望は、オレの記憶を呼び起こすきっかけになっていた。

 

 

 ここは学校…だよな。


 音楽室の前の廊下で、誰かがへたり込んで座り、何かをギュッと抱きしめている。


 アイツだ…。


 アイツは胸に壊れたサックスを抱きしめている。吹き口が折れ、本体が歪んで見るも無惨な状態だ。


 俺達がやったのか?


 思い出した記憶の中ではそのようだった。わざと、アイツが困るようにと。

 その様子を見て、俺達は面白おかしく茶化して笑っていた。

 きっかけはコンクールまであと数日だって言ったから。


 思い出した記憶はそれまでだった。


 やっぱり思い出すのはアイツのことばかり…。


 むしろ、なぜアイツに関わることだけ忘れているのかわからない。

 おそらく、思い出さなきゃいけないのはアイツのことだ。


 疑いが確信に変わった時だった。


 それからの1年は今まで以上に過酷だった。

 無関心に拍車をかけて接してくる使用人達。ときには夕食がなかなか出てこなかったり、呼んでも誰も来なかったりと嫌がらせを受けることもあった。

 しかしもう、挽回の手も無く、諦めるしかない現状に怒ったり反論したり、何か行動に起こそうという気持ちは無くなっていた。何もかもに無気力だ。

 すると、主人ではあるが、忌むべき対象にされているオレに、使用人達のあたりがどんどんと強くなる。


 オレのギフトがそうさせるのかどうなのか、判別もできない。

 ギフトとはオレに利するはずのものじゃないのか。


 諦めと無気力にただ生きる毎日。

 また1つアイツのことを思い出した。


 放課後、近くの公園で仲間とアイツを囲んでいた。アイツは何も言わない。ただ、こちらを見つめてそこにいるだけ。

 その態度が無性に苛立たしかった。

 何でそうなったのか、理由なんて取ってつけたものだったと思う。殴って蹴ってそこに打ち捨てて帰った。


 オレはアイツが嫌いだった。金持ちで、成績が良くて、恵まれた環境にいて、何もかも持っているぬくぬくと育ったアイツ。

 オレが持っていないものを何でも持っている。それを壊してやりたかった。


 そして気づいたんだ。アイツが体験した事、アイツが感じた強い感情を自分の事として感じた時、思い出すんじゃないかって。アイツのことを。


 コレが俺への報い?


 オレはアイツと違って最初から人生ハードモードじゃないか。神様までアイツを特別扱いかよ。何なんだよ!アイツって!

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