第3話

 教会の礼拝堂は豪華な装飾が施され、眼前にある天井まで届く大きな女性の立像がこちらを見下ろしている。

 立像の女性が、この国の女神様だという。


 女神か。


 女神で思い浮かんだのは、この世界に来るきっかけとなったあの、神と名乗る光の玉だ。性別は見て取れなかったが、何となく女性的であったと感じていた。


 もし、あの時の光の玉がこの国の女神であったなら少しまずいことになりそうだな。


 立像を見て少し不安が過ぎった。

 あの時の神はオレに報いを受けろと言っていた。この儀式で、同じ神がギフトを授けてくれるのであれば、まず良い結果は期待できないだろう。願わくば別の神であってほしい。


「坊っちゃんはここへ」


 使用人が最前列の一番端へ車輪の付いた椅子を押して並ばせた。


「いいですか、坊っちゃん。貴方は今日の洗礼で一番身分が高いお方なので、一番最初に洗礼を受けます。お一人で前に出て、お家の為に堂々と洗礼を受けてくださいね」


 使用人は相変わらず表情は硬く、淡々と話す。この儀式に、特に期待もしていないようだ。


 この結果が良ければ、お前の立場も明るくなるだろうに。


「わかってるよ。お家の為にだろ」


 そうこうするうちに立像の真下に、教会長がやってきた。両手の上に大きな宝石が鎮座している。

 今、この場には儀式を受ける子どもたちと、教会長、そして数人の教会の人たちがいるだけだ。

 宝石を見た子どもたちは、一斉にざわざわとした声を教会内に響かせた。


「静まりなさい」


 目の前の白いひげのおじいさん、教会長が一喝した。

 ピタリとざわめきが止む。


「今日、この洗礼の儀はあなた達に新たな力を授けるだでしょう。それは、あなただけのものではない。一緒に生きる人々のものであり、女神様のものだ。授かった力を世のため人のため、女神様のために尽くすことを望みます」


 しんと静まり返り、皆教会長の言葉に耳を傾けている。


「それでは、始めます。前へ」


 オレの目を見て、前に出るように促してきた。

 ギコギコと椅子の車輪を自分で回し、前に出ると少しざわめきがおきた。この風体が珍しいのだろう。

 いつもなら、こんな視線は慣れっこで気にしないが、今日だけは、人の目が気になった。


 今見つめている人達はほとんどが平民だろう。オレは貴族だ。こいつらよりは良いギフトが欲しい。


 こんな不自由な体だが、この世界で生きて生まれた選民意識と貴族のプライドが日頃の屋敷での劣等感を補っていた。


 教会長の目がふっと脚に向いた。


「君は脚が悪いんだね。君が良き人であればきっと助けになる力が芽生えるだろう。さぁ両手を添えて、額をこの宝石につけて」


 教会長の持つ宝石を両手で抱え、額をつけた。


「それではこう唱えて。"我に力を"」


 !!!!!!!!


 思わず手を離してしまいそうになるほど驚いた。

 それは聞き覚えのある言葉だった。


 オレがこの世界に来る前に使っていた言語、日本語だ。

 腕がフルフルと震えて冷や汗がダラダラと出てくる。


 まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか!


「君、何をしているんだ。早く唱えて"我に力を"」


 言われるがままに口を動かした。


「我‥に、力を」


 言い終わると同時に目の前が真っ白になった。いや、ただただ真っ白な空間に飛ばされたようだった。




「やぁ、久しぶり!待っていたよ」


 明るい声で光の玉が話しかけてくる。その上にはあのカラスのようなものがクルクルと回っている。


「どうだった?この世界での12年間は」


 この女神と呼ばれるこの光の玉が、軽い調子でこの苦悩と苦痛の12年間を聞いてくることにフツフツと怒りが湧いてきた。


「誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ!!全部お前のせいじゃないか!こんな世界に連れてきやがって!」

 

 怒りのままに言葉をぶつける。


「アハハハ!何を言ってるんだい?全部自業自得じゃないか。因果は廻るって言ったでしょ?」


 女神はケタケタと笑い、光を揺らす。そして、脚は無いが、いつの間にかその場に浮くように立っているオレの眼前までズイッと寄ってきた。


「そんなことよりさぁ、君はあれから何か思い出した?」


 思い出した?何を言ってるんだいコイツは。


「なんのことだ?」


「うーんそうか。この世界で12年も生きたのにまだそんな段階なんだね。わかったわかった」


「なんだよ!何がわかったんだよ!」


 女神の思わせぶりに、イライラがつのる。


「何って、君がこの12年間ぬくぬくと育ったってことだよ」


 は?流石に聞き捨てならない。オレがどれだけ辛い思いをして過ごしたのか見ていなかったのだろうか。


 「君は何も思い出していないんでしょ?そんなことじゃあこの人生は生温い。君は報いを受けなきゃいけないんだよ」


 女神の言う報いがオレにはわかんねぇよ!思い出すって何なんだよ!思い出すって‥。


 ハッと急に思い出すことがあった。

 そういえばこの世界に生まれた時、脚が無いことを確認したと同時に頭の中に流れ込む記憶があった。


 アイツって誰なんだ?


 思い出そうとしてもモヤがかかったように記憶が曖昧だ。もしかして、思い出さなきゃいけないのって"アイツ"のことなのか?


「おい、思い出すって‥」


 アイツのことなのか?と聞こうとしたが、女神の言葉に遮られた。


「そうだ!今日は洗礼の儀の日だったね!あまあまのあまちゃんには特別なギフトをあげるよ」


 そう言ってクルクルとオレの頭上で回り始めた。カラスもどきも一緒に頭上を旋回する。


「私はね、子どもたちに授けるギフトは彼らの深層心理を読み取って、できる範囲で最善を授けてるんだ。いつもはね。でも君は違う。君の最善は思い出すこと。その為にはもっと経験をしなくてはいけないんだよ。君に足りないのは経験さ」


 女神はオレに何をさせたいのだろうか。


 思っていた洗礼の儀とは大きくかけ離れ、女神の言葉で絶望を感じ始めていた。


「授けよう。人の悪意を呼ぶ力を」

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