第386話 富士の龍脈

 タヌキの妖怪。ムジナ。


「ねえ、本田さん。妖怪と話ができの?」


「え…?できるはずないじゃん。」


「ベル、あんたさっきまで幽霊こわいってビビっていたのによくそんなに平気な顔でそいつとコミュニケーション取っているわよね。」


「へっ?幽霊は怖いけど、この子たちって何か可愛くない?人懐っこいみたいだし。呼んだら寄ってくるよ。それからね。やっぱりお腹空いているみたい。玲君この子達にあげられる物って何かない?」


「この子たちってタヌキは何匹位いると思ってるの。サーチに反応しているこの辺りのタヌキだけでも30匹は居るよ。」


「ええっ、良いじゃい。何か食べさせてあげようよ。」


「もしかして、この風穴ってダンジョンなの?いや、お腹空かせてるってことはダンジョンじゃないのか。ダンジョンは魔力で満たされているから魔物はお腹空かないはずだもの…。」


「玲君、何をぶつぶつ言ってるの。それなら何か作ってあげない?」


「何かって…、そうだ。うどんなら作ることができるかも。タヌキと言ったらうどんだよね。何も具がなくてもタヌキうどんになる。なんちゃって…。」


「オヤジ?でも、うどんなら精錬魔術で作れるんじゃない?」


「うん。以前作ったことがあるし、材料の小麦粉もお塩もスープの材料も入っているから大丈夫。」


「じゃあ、うどん、30杯お願いします。」


「アルケミー・うどん・30」


「アルケミー・どんぶり・30」


 本の3分程で30杯のうどんができた。具も何もないシンプルなうどんだけど、どんぶり一杯ずつ出してやると次々に魔力の塊がどんぶりの所に寄って来て少しずつ実体化しだした。もふもふのタヌキが30匹。何か可愛い。暫くの間、もふもふの感触を堪能した。タヌキたちも僕たちの頭に乗ったり、両足の間を通ったりして遊んでいたんだけど、急に慌てだして、風穴の奥を向いて2列縦隊になった。


「何々?何なんだ?」


 僕たちも風穴の奥を見た。視線の先の方からかなり大きな魔力の塊が僕たちの方に近づいてきた。害意と敵意はないみたいだけど、かなり大きくて濃い魔力の塊だ。


「儂にもその食い物を食わせてくれぬか?」


 声が聞こえた。しわがれたおばあさん?の声。


「あっ、おばあさんもお腹空いてるの?ねえ、玲君、うどんもう一杯お願い。」


「えっ?あっ、はい。うどんもう一杯ね。」


 直ぐにどんぶりとうどんを精錬して、おばあさんに渡した。


「どうぞ。お箸もいるよね。」


 木で作ったお箸もどんぶりに沿える。


「あっ、ちょっと待って下さい。ねえ、カラ、おばあさんは地面に置いてあるどんぶりじゃあ食べにくいからイスとテーブルを土魔術でつくってよ。」


「えっ。う、うん。分かった。」


 上村さんが地面に手を当てて変形させて即席のイスとテーブルを作ってくれた。


「これなら、食べやすいでしょう。さあ、どうぞ。」


「おう、すまんな。旨そうなうどんだ。」


 おばあさん?のもやもやは、椅子に座って器用に箸を持ちうどんを食べ始めた。


「こんなに魔力がこもったうまいうどんは初めて食うぞ。霧散せぬだけで精いっぱいだったのだが…。ムジナどもが実体化するはずだ。」


 魔力の塊だったおばあさんはうどんを一口すするごとにしっかりとしたかたちを取り出し。3回くらいうどんをすすった時には、どこから見てもちょっと怖いおばあさんになっていた。


「もしかして、山姥さんですか?」


 本田さんがしゃべる妖怪に声をかけた。


「うむ。その通り。儂は山姥と呼ばれておったな。しかし、お主、ムジナや儂のことを直ぐに分かったようじゃが鑑定眼でも持っておるのか?」


「いいえ。妖怪の鑑定眼は持ってないけど、昔から妖怪が好きでいろんな本を読んでたから何となくわかっただけ。で、さっき言っていた霧散って何なの?」


「ここ数百年は、富士の龍脈に流れ込む魔素が減っておってのう。儂らは、魔力を糧に生きる者であるが、実態を保つことが難しくなっておったのじゃよ。」


「どうしてか原因は分かっているの?」


「分からぬ。この地中の下で何かが起こっておるのか…、もしくは天体での出来事の所為なのか。魔素の流れについて解明できる者はおらぬであろうな。」


「それって、昔は、ここ富士山ではもっと魔素が濃かったってことなの。」


「そうだ。300年ほど前まではもっと濃かったのう。ダイダラボッチも今よりも元気で、富士を噴火させておったわい。」


「魔素が薄いと安心なこともあるんだね。山姥さんがこんなにはっきり実体化するんだったら、ダイダラボッチにうどんを食べさせたら富士山が噴火しちゃうかもしれないよね。」


「まあ、ダイダラボッチに食わすならさっき程度の量では全く足りぬであろうがな。ホォホッホッ。」


「ムジナどもにもうどんを食わせてくれてありがとうよ。儂も数百年ぶりに実体化できた。しかし、今更人間どもを襲って食ってもお主のうどん程満足はできぬだろうな。お主たちには、敵いそうにないしのう。」


「人間を食べるんですか?」


「昔々の話じゃ。その当時の人間は、今よりも魔力が濃かったからのう。実体化して好きなことをする為には、食わねばならなかったのだよ。その頃お主のうどんがあれば、その必要もなかったかもしれぬがな。」


「それで、これからどうするのですか?実体化したまま、山の中にいたんじゃそのうち見つかってしまいますよ。」


「なあに。そのような心配はいらぬ。これだけ魔力を保って居れば、身を隠すのも自由自在。町中にだって降りて行けるぞ。ムジナどもも人に化けて町中に遊びに行くんじゃないかのう。悪さをすると山狩りなんぞ仕掛けられて面倒なことになるから重々注意しておくがのう。」


「それなら、僕たちにもいたずらなんてしないように言っておいてくださいね。」


「うむ…。しかし、この山にはまだたくさんの妖怪たちが潜んでおるからのう。まあ、ムジナたちには口止めはするが、お主のうどんを食べたいと尋ねて行く者たちは出てくるかもしれぬぞ。うどんのことは知らんでも、お主たちからは、濃い魔力が放たれておるからのう。」


「それなら、魔力結界を張っておけば安心ですね。ここのムジナたちの家族?で外に出ていてうどんを食べれてない子っていますか?」


「うぬ?女子おなごそれを聞いてどうするのだ?」


「うどんを作っておいてあげようかなって思いまして。玲君がですけど。」


「居るにはおるか…。こ奴らは30匹に見えて30匹ではないからのう。連続体であり、個体である。魔力生命体と言えば何となくイメージできるか?儂の方が個体としての自我が明確であるが、こ奴らは何匹にでもなれる。ここにいるのが半分程だと言えばそう言えるかのう。」


「じゃあ、後、30匹分の食べ物を置いていてあげましょうか?」


「でも、うどんは、伸びるし冷えるとおいしくないよ。」


「玲君が精錬魔術で作った食べ物なら魔力がこもっているよね。日持ちするクッキーか何かを作っておいてあげようよ。」


「他の食い物なら儂らの分も作ってくれぬか?うどんは美味しかったのだが、その他にも食してみたいぞ。」


「それじゃあ、大サービスだよ。アルケミー・クッキー200。」


「アルケミー・クッキー缶・10」


 アルミ缶の中に20枚ずつクッキーを入れてアイテムボックスから出してあげる。


「アルケミー・クッキー・40。」


「アルケミー・アルミプレート・4」


 アルミプレートに10枚ずつクッキーを乗せて3カ所においてあげることにした。


「一匹、1枚ずつだよ。」


 本田さんは、そう言いながらムジナたちの間にクッキーを乗せたプレートを置いて行く。


「山姥さん、一緒に食べましょう。」


 テーブルの上にクッキーを乗せたプレートを置いて、山姥さん前に置いたティーカップには水筒からお茶を注いだ。僕たちの分のティーカップも出して水筒からお茶を注ぐ。


 本田さんと上村さん、山姥さんと僕…。シュールだ。それから少し遅めのお茶会になった。30匹のムジナたちは直ぐにクッキーを食べ終わって、もっと欲しいと本田さんや上村さんの膝の上に乗って来ていたけど、山姥さんに睨まれると大急ぎで膝から降りていた。その落ち着かない様子が面白かったけど、対照的にクッキーを手に取って優雅に食べている山姥さんの様子もなんか面白かった。


「もうすぐ暗くなるから僕たちはこの風穴を出ますね。入り口は前とおんなじにしておきますからね。」


「ご馳走になった。お主らには世話になっただけで何もお返しできる物が今はないのだが、このお礼はいずれ何らかの形でさせてもらう。また、この風穴に来てくれ。お主ら、何か欲しいものなどないか?儂らが準備できる物なら手に入れておくぞ。」


「本田さん、何かない?」


「うーん…。ミスリル?」


「ミスリル?何だ、それは。」


「水晶?」


「水晶か。それなら手に入れることはできるぞ。」


「ゴーレムコアはあるかな?」


「ゴーレムコア?知らぬな。」


「じゃあ、薬草って採集できる?」


「どのような薬草なのだ。」


「これだよ。これとおなじ草があったら採集しておいてほしいな。」


 僕は、薬草を10種類くらい山姥さんに渡した。


「では、つぎに来た時には、水晶と薬草を渡すからな。そうだのう一月ほど時間をくれぬか。それまでに準備しておく。」


 僕たちは、風穴を出て元の状態に戻してさっきコテージを建ていた場所に戻ってきた。ムジナが一匹ついて来ていたけど、知らぬふりをしていた。


「おいで。」


 本田さんがムジナを呼ぶと少しびっくりしたようだったけど直ぐに岩陰から出てきた。


「私たちがどこに帰るのかを確認したかったのね。でも、ずっとここに住んでいるわけじゃないからね。じゃあ、お土産をあげるからお家に帰んなさい。また明日ね。」


 本田さんは、ポケットに入っていた飴玉をムジナに食べさせてさよならをした。ムジナは僕たちはがコテージの中に入って結界を張るまでそこから動かなかったけど、僕たちが見えなくなるとトコトコと小走りに風穴の方に帰って行った。

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