第384話 高速サイクリング
「お早う。」
「あんた早起きね。」
「そりゃあ、そうだよ。7時集合だからね。富士山までのサイクリングなんだよ。いくら身体強化ポーションを使うって言っても遅くなっちゃいそうだからね。」
「今日はキャンプするって言ってたけど、キャンプ場の予約なんてしているの?」
「してないと思うよ。コテージで泊るつもりみたいだから、結界を張って空き地か何かに泊まろうと思っているんじゃないかな。コテージには、トイレもついているからね。」
「そうなのね。まあ、結界付きのコテージだから事件なんかに巻き込まれることはないとは思うけど、重々気を付けるのよ。一緒に行くのお嬢さんだけなんだからね。なんなら母さんも一緒に行こうか?」
「何言ってんだよ。流石に、サイクリングとキャンプに母親付きじゃあ笑われちゃうよ。」
「とにかく、朝御飯の準備をお願いして良いかな。後20分で出ないと間に合わないよ。」
朝食を食べて、待ち合わせの公園に向かった。荷物は全部アイテムボックスの中に入れているから傍から見たら手ぶらで自転車に乗っているように見える。自転車には、結界の魔法陣を刻んだ溶岩魔道具が張り付けてある。物理結界を発動させれば、冷たい風は完全にシャットアウトだ。暫く自転車をこいでいくと適度に体が温まって、気持ちがいいサイクリングができるはずだ。
公園には、本田さんと上村さんは既についていた。
「お早う。」
「「お早う。」」
「ごめん。待ってた?」
「ううん。私たちもちょうど今着いた所。時間通りね。」
「本田さんたちの自転車、結界の魔道具取り付けていたっけ?」
「何?それ、付いてないよ。それって付けられるの?」
「それじゃあ、結界の魔道具を精錬して取り付けてみようか。溶岩素材はまだたくさんあるからね。…、アルケミー・結界魔道具・2」
「じゃあ、本田さんの自転車からね。」
本田さんの自転車を収納して、結界の魔道具と合成した。ハンドルの真ん中に取り付けてみた。上村さんの自転車にも同じように取り付けた。
「物理結界の発動は真ん中で右端が光、左端は魔法だからね。まあ、魔法結界なんて言うのは使うことないかもしれないけど光結界を張るとお互い見えなくなるから気を付けてよ。」
「あっ、そうだ。皆、スマホはイヤホン装着してSNSのグループ通話ができるようにしておきましょう。物理結界なんかを張ったら会話なんてできないでしょう?」
「もしかしたらだけど、真ん中の人に結界を張ってもらって3人ともその結界の中に入ったら普通に会話ができるかもしれないよ。車間距離の調整が難しいかもしれないけどやってみない?」
「じゃあ、最初は私が先頭に行くね。玲君が真ん中でベルが一番最後で良い?」
「了解。初めは、玲君に結界を張ってもらうんだね。」
「分かった。結界の形を調整するのってやったことないからできるかどうかわからないけど、とにかくやってみるね。じゃあ、出発だよ。」
「カラ、曲がる時はちゃんと事前に合図してよ。」
「了解よ。しっかりついて来てね。」
「あっ、上村さん、この町を出るくらいまでは、少しスピードを落として走ってくれないかな。あまり早いとちょっと目立っちゃうでしょう。」
「そうね。いざとなったら光結界張りましょうか。そうしたら人目を気にしないで走れるわよ。」
「でも、そんなことしたら事故が心配だよ。まずは、普通に走ろうよ。」
暫くはちょっと急いでいる自転車の集団くらいのスピードで走って行った。時速で言ったら30km位だと思う。30分位そのスピードを維持して走り続けた。信号の変化を予測して走っていたみたいで、殆ど信号にかかることはなかった。
「上村さん、そろそろ少しスピードを上げようか。」
「そうね。自動車を追い抜いて行くのはちょっと目立ちすぎると思うから、近くに自動車が走っている時は追い抜かないように気を付けないといけないわよね。」
「うん。そうだね。ところで、ルートはちゃんと分かっているの?」
「うん。大体わかっているわ。でも、国道だけを走ったら、あんまりスピードを出せないから、なるべく旧道や山道を走ろうと思うの。道を間違ったらごめんなさい。」
「山道や旧道に入る前は一度止まって確認しようか?もしかしたら、サーチが使えるかもしれないよ。」
「サーチってルート探しにも使えるの?」
「うん。向こうの世界で、ダンジョンのルートを確認する時に使えたからさ、もしかしたら、行先や目印が分かっていればそこまでのルートを確認できるかもしれない。」
「それなら、何を目印にするかが大切かもしれないわね。」
「道の駅は、どうかしら。あまり街中にはないけど、観光地に行く途中にはあるでしょう。山道や旧道を通って道の駅までのルートをたどっていったら富士山まで迷わないで行けるんじゃない?」
「じゃあ、国道から旧道に入る時に一度止まって道の駅までのルートをサーチで確認してみるね。」
「後、20km位で奥多摩湖に向かう道に入るわ。海沿いじゃなくて山の道をたどってみましょうよ。」
「今年は暖かいから雪は積もってないと思うけど、大丈夫かな。」
「それは、確認したから大丈夫よ。ネットのカメラで確認できるんだ。」
「流石、村上さん。」
山道に入ると殆ど車が走っていなかった。こうなるとスピードアップができる。サーチで人を確認しながら村上さんの後ろをついて行く。
「1km位先の所に多分、自動車。こっちに向かって来ているから少しスビードを落とそうか。すれ違うまでで良いからさ。」
「了解。前方から車ね。あっ、確認した。左によってスピードを落とすわ。」
1分程で前から来る車とすれ違った。すれ違う直前に結界と車との接触を避けるために結界を切ったから冷たい風で、髪や服がはためいて、ゴーゴーという風音で何も聞こえなくなった。スピードを落としているって言っても、
「寒かったね。暫くは、前方には車も人も居ないよ。スピード上げて大丈夫。」
「了解。着いて来れないようだったらちゃんと言ってよ。」
「全然余裕だよ。風の抵抗もないからね。物理結界最高だよ。」
「ねえ、すれ違う時に結界を必ず外さないといけないの?」
「全員入れる結界だと幅もかなりあるからね。立ち木なんかは、物理結界にぶつかってもあまり影響がないけど、車だとボディーがへこんだり、傷が付いたりするかもしれないんだよ。」
「それなら、すれ違う直前は一人ひとり別々の小さな結界にしたらいいんじゃない。そして車とすれ違ったらすぐに玲君の結界に入れてもらって自分の結界を消すって言うのはどうかしら。」
「本田さん、ナイスアイディア!それでやってみよう。車とすれ違う30秒くらい前にそれぞれが結界を張ってすれ違って、僕が結界を張ったらそれぞれの結界を消すっていうの。」
「うまくいったら、さっきみたいに寒い思いをしなくていいね。」
「それに、もしもの時にも安全だね。普通に走ってくる車よりも僕たちの物理結界の方が丈夫だから…、多分ね。」
サーチに僕たちの方に向かってくる人の気配が引っかかった。
「後、2~3分で車とすれ違うと思う。近くなって来たら合図をするから結界を張ってね。」
『了解。』
「結界範囲は、自転車全体じゃなくていいからね。ハンドルを中心にしてギリギリ自分が入ることができる範囲。その範囲で前のタイヤまで結界範囲に入ると思うから。」
「分かったわ。イメージをしっかり持たないといけないんでしょう。」
「そう。」
「そろそろ、結界を張ってみて。」
『了解。』
「みんな結界は、貼り終わった?」
普通の大きさの声じゃあ、聞こえないようだ。二人とも返事をしてくれない。僕は、結界を縮めて、僕一人だけが入ることができる大きさにした。
20秒ほどして車とすれ違った。結界を大きくしていって、
「結界を切って良いよ!」
大きな声で、合図をしたけど、その必要はなかったようだ。車とすれ違ったらすぐに結界を弱めて風が来なくなったら結界を切ったそうだ。そんな大きな声で、合図をしなくても大丈夫と言われた。
車も少なくて、順調に走ることができたから、1時間位で奥多摩湖を越えられた。奥多摩湖から深山橋を渡って139号線に入る。この道をFujiQハイランドに向かって走れば、富士山に着くはずだ。
サーチで国道139号線とその先にあるFujiQハイランドを目印にした。道の駅は少なすぎで目印にすることができなかった。山道が139号線につながっていることを確認して山道の中に入る。山道では遠慮なしでスピードを出した。遠回りだけど、下り坂でもノーブレーキ、それ以上にペダルを踏むから軽く時速100kmを越えている。3台の自転車がほぼ飛んでいる。そんな感じだ。
「玲君、着いて来てる?」
「大丈夫。ぎりぎりだけ着いていけてるよ。」
「私は、もう少し余裕があるみたい。でも、無理しないで。このスピードで遅れて慌てたら、いくら身体強化してても怪我するかもしれないわ。」
「そうね。そんなに急ぐ用事があるわけじゃないからこの位で走るわ。」
サイクリングで行くなら10時間以上かかる距離の目的地に、3時間で行こうとしているのに急ぐ用事がないなんて言うのは、何か少し違うし、このスピードは既にかなり急いでいると思うんだけど…。まあ、いいか。
サイクリングコースとしてはかなり無理があるルートだけど、できるだけ人通りが少ないルートと思って選んだコース。予定通り、2時間位でFujiQハイランドの前の道に到着した。ここまで来たら、スマホだよりでも、もう道に迷うことはない。
「玲君、この後は、登山道まであまりスピード出せないよね。」
「そうだね。車も人通りも多いからね。暫くは見た目全速力で走らないといけないかな。結界は軽くしか張らないから風も冷たいかな。」
「大丈夫。でも、せっかく静岡に来たんだから、何か静岡らしいものを食べない?」
「でも、まだ9時30分だよ。それに、静岡らしい物って高いんじゃない?」
「そんなに高い物じゃなくていいからさ。何かないのかな…?」
「ベルは、食いしん坊だからね。ここは引けないだろうね。」
それから、スマホを駆使して静岡らしいコスパ最高の甘味処を探して富士宮から富士吉田の辺りをグルグル2時間近く走り回って、結局3か所も甘味処による羽目になった。まあ、二人の掛け合いが面白かったけど…。甘味処の紹介は、また別の機会に…。2時間半も町中をウロウロして、富士山の須走口五合目着いたのは、12時30分過ぎだった。
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