第378話 傭兵病

 僕とアンディーが食堂に降りていく行くと、ボフさんとサムさんが二人で小声で話をしていた。


「レイとアンディー、丁度良い所に来た。ロジャーのことで少し話がある。」


「ロジャーがどうかしたんですか?」


「まだ、起きて来てないのか?食いしん坊のロジャーにしたら珍しいな。まあ、ずっと相部屋だったから、一人部屋で寝て起きるきっかけをなくしたのかもしれないな。俺が起こしてくる。」


「アンディー、待って下さい。ロジャーさんは、一度起こしに行ったのです。私は、隣の部屋でしたから夜中に何度も悪夢にうなされた声が聞こえてきたのです。それは、悲鳴に近い物でした。ですから、気になって、先ほど部屋をノックして起こしはしたのですが…、気分がさえないから朝食は食べないということでした。」


「呪いかなにかでしょうか?」


「否、違うと思う。聞けば、昨日の盗賊討伐でロジャーは、盗賊の命を奪ったということだが、間違いないか?」


「それはそうですが、盗賊の逃亡に加えて後方から襲撃があったのですから生け捕りにするなんて余裕はなかったんです。ソイさんも命が危ない状況だったんですよ。そんな時に盗賊の命の心配なんてできるはずないじゃないですか。」


「ロジャーは、逃亡した盗賊の命も奪うつもりはなかったんだろうな。だが、そうなってしまった。」


「そりゃあそうですよ。最初っから盗賊の命を奪うつもりなんてあるはずないでしょう。全員生け捕りにする計画だったのですから。その為のソイさんと僕の魔術だったんですよ。」


「そう言うことだな。」


「そうですね。間違いないでしょう。初めての失敗で失ったものが仲間の命でなかったことを幸運と思うべきでしょう。」


「そう思えたら、傭兵病などにはならないのだろうがな。」


「ボフ、サム、どういうことだ?傭兵病って何なんだ?」


「聞いたことないですか?傭兵病。傭兵になりたての戦士が初めての戦でかかる病気です。」


「時間と仲間のケアで治ることもあるが、多くは、病を克服できずに、傭兵を止める。冒険者でかかったものもいるだろうが、そう多くはないだろうな。俺が、昔、ある国で兵士だったころ、部下が患ったことがあるんだ。初めての戦闘で誤って非戦闘員の子どもを殺してしまってな。泣き叫ぶ母親の声がずっと聞こえると苦しんでいた。」


「人の心は、人の命を奪うことを良しとしないのです。どんな悪人でも人の命と思うと躊躇する。それが当たり前なのです。」


「ましてや、傭兵の仕事場は戦場だ。人の命を奪うことが兵士の仕事なのだ。そこでは、人の心は邪魔なのだ。最低でも、戦争の間だけは人の心に蓋をしないと生きていけない。人の心に蓋をしないまま相手の命を奪えば、心は病に侵される。それが、傭兵病というやつだ。そして、ロジャーは、人の心を持ったまま、人の命を奪ってしまった。そのことが、奴を苦しめている。それこそが傭兵病なのだ。」


「どうしたら良いんですか?何か僕たちにできることは無いのですか?」


「そうだな。時間が必要だろう。暫くな。できるなら、お前たちの誰かが側にいてやればいいと思う。ロジャーは、自分でも分からないはずだ。何が苦しいのか。自分がどうして悪夢にさいなまれているのかな。大丈夫かとは、聞くなよ。奴は、自分が大丈夫だと思っているのだからな。心が病に侵されていることに気づいていないのだ。」


「じゃあ、何を聞いたら、どうしたら良いんだ?」


「そうだな…。お前たちは仲間なのなら、何があってもロジャーの味方だということをしっかり感じさせてやったらどうだ。喧嘩しても何があってもロジャーの側から離れていったりしないってな。」


「生まれた時から、ずっと一緒なんですよ。喧嘩したって帰る場所は一緒なんです。ロジャーと僕たちは、家族なんです。そんな、離れていくなんてロジャーも思っちゃいませんよ。」


「それは、どうなんだろうな。ロジャーに聞いてみたらどうだ。案外お前たちが離れていくことが心配でたまらなくなっているのかもしれないぞ。」


 ボフさんたちにそう言われて、僕とアンディーは、ロジャーの分の朝ごはんも持ってロジャーの部屋に行くことにした。


「ロジャー、寝てる?」


 返事がない。昨日、悪夢にうなされていたということだったから、ようやく寝たのかもしれない。


「ロジャー、入るぞ。」


 アンディーは、そう言うとドアを開けた。鍵はかかっおらず、ベッドに青い顔をしたロジャーが腰かけていた。


「顔色が悪いな。昨日から何も食べてないのだろう?水分も取ってないようだな。まずは、スープを飲むんだ。」


「食欲がないんだ。胃がむかむかして。」


「薬だ。薬と思ってスープを飲むんだ。そして、コップに注いでいる水もな。」


 アンディーは、まず、スプーンとスープ皿を手渡し、ロジャーがスープを一匙口に含んだのを確認して、水が入ったコップとスープ皿を交換した。


 ごくごくと喉を鳴らしてコップの水を飲み干したロジャーを見て、少し安心したように、コップを受け取ってスープ皿を手渡した。


「なっ。喉が渇いていたのを思い出しただろう。スープは、ゆっくり飲んでくれ。俺たちも一緒に食べていいか?」


 苦しそうだった表情が少し和らいでロジャーが頷いた。ベッドの近くにテーブルを動かし、運んできた料理を並べてそれぞれて椅子を運んできた。ロジャーはベッドに腰かけたままだ。


「心配かけてすまない。俺は、大丈夫だから、お前たちは、今日の護衛任務に行ってくれ。俺も、食事ができるようなったら、復活するはずだ。」


 ゆっくりとスプーンを動かし、一口二口とスープを飲んでいるけど、スープはあまり減って行かない。


「ロジャー、俺たちは仲間だからな。一番大切なの仲間なんだぞ。護衛任務は、替わってもらえるし、替わりも雇える。でも、お前に変わる奴なんていないんだ。レイが病気の時だっていつも俺たち一緒だっただろう?神父さんが治療している時は、外に追い出されていたけどベッドに横になっているレイの側でいつも遊んでいたじゃないか。おんなじだよ。お前が、きつい時には、俺たちは、お前の側にいる。」


「でもな、アンディー。俺は、人を殺しちまったんだ。全員生け捕りにするって言ってたのに。足を狙っていた。逃亡不可能にするつもりだったんだ。でも、あいつは、縮地のスキルを持っていて…。空中で移動方向を変えたんだよ。後ろからナイフは飛んでくるし…。ソイさんの方にナイフが飛んで行くのが見えたんだ。だから、しっかり狙わないまま、投げ斧の軌道を変えて…。奴の命が…、魔力とともに霧散するのがミスリルロープを通して分かったんだ。それで…。ソイさんのナイフも落としきれなかった…。命が散って行くんだ。魔力の波動は悲鳴を上げて。怖いんだ。あの魔力の波動が、魔力の悲鳴が、命の霧散が手に伝わってきた。夢中で魔術を練っている奴の腕を切り落として…。その時は、魔力が霧散するのが伝わってきた。命の霧散に似ていたんだ。そして、また怖くなってそいつの命も奪ったのかって。サムさんがポーションを使ってそいつの命を取り留めてくれたことは知っている。でも、二つの命を奪うところだったんだ。それが、怖くて…、今度は、仲間の命を奪うことになるんじゃないかって…。怖いんだ。寝ると聞こえてくる気がする。奴の悲鳴が。命の霧散が手に伝わってくる気がして…。眠れないんだ。眠るのが怖くて。」


「俺が、側にいてやる。少し眠るんだ。まず、腹に何か入れてな。こんな時は、兄貴に甘えるんだ。」


「何が兄貴だ。同い年のくせして。」


「半年以上も年上なんだからお兄ちゃんだよ。さあ、早く飯食って眠りな。」


「レイ、お前もこの部屋にいるつもりか?」


「どうして?僕もここにいるつもりだよ。」


 ロジャーが聞いてきたから応えたのに。


「レイ、お前は、警護の任務に行ってこい。アンディーだけでも狭っ苦しいのに、お前までいたら息苦しくなっちまう…。警護の任務が終わったら様子を教えてくれ。済まない。」


 そう言うと、本当に申し訳なさそうな顔で僕を見た。いつものロジャーだったら、笑いながら冗談の一つでも行ってくるところなんだけどそんな顔でお願いされたら断れなくなってしまう。


「分かったよ。アンディー、ロジャーこのことお願いだよ。僕は、お仕事に行ってきます。じゃあ、仕事が終わったらまた来るね。」


 僕は、ロジャーとアンディーを置いて、警護の任務に向かった。シエンナが心配して話しかけてきたから、ロジャーの傭兵病のことを話しておいた。シエンナも僕たちの仲間だし、ロジャーもシエンナに話したことで嫌な気持ちになったりしないと思う。

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