第365話 冬到来

 時刻は、まだ3時前だ。どうせなら、王都の拠点にリトラルヴィークルを届けてしまおうということになった。ファルコンウィングにはタブレットでそう伝えれば済むことだ。わざわざ取りに来てもらう必要はない。


 僕とシエンナでミニジェットで王都に向かった。王都までわずか20分だ。空港からリヴィに乗り換えて王都の家に向かった。家に入ると中庭にリトラルヴィークルを出して、ファルコンウィングに渡してほしいと頼んだ。直ぐに空港に戻って、ミニジェットで砦に帰った。往復でも50分。王都に居た時間は、わずか10分だった。


「あれ?もう帰ってきたの。王都で御飯でも食べてくればよかったのに。」


 確かにそうかもしれないけど、ご飯食べる為だけに王都に行ったみたいでなんか恥ずかしい。


「大丈夫。だって、家にも誰もいなかったし、急にご飯を食べるって言ったら迷惑じゃん。それに、こっちで晩御飯の準備してもらっているからね。」


「はい、はい。じゃあ、晩御飯までしばらくゆっくりしておいて。お風呂にでも入って来たら。私たちもゆっくりしておくことにするわ。」


 ミラ姉がなんか呆れたようにソファーに寝転がった。シエンナと僕がどこかに出かけるって言うとミラ姉は囃し立てることが多くて、ロジャーは苦い顔をすることが多い。そりゃあシエンナは可愛いけど、ミラ姉は、僕たちのあこがれだ。


「レイ!雪が降ってきたぞ。ようやく本格的な冬がやってくるかもしれない。今晩には、冬の魔物の大群が山を下ってくるんじゃないか。」


 アンディーが外から駆け込んできた。雪が降ってくることは、本格的な冬が始まることを意味している。レトナ山脈を越え、山の冷気がウッドグレン王国を覆ってしまうことだ。その冷気を運ぶのが冬の魔物たちだ。一度山を越えると次から次に王国になだれ込んできて、王国を雪で閉ざしていく。今年は、新年明けてから雪が降るまでに一月以上の余裕があった。秋の穀物や野菜のの収穫と取り入れも済んで、冬野菜はたくさん実った。


 いつもなら新年の行事が終わると直ぐに雪に閉ざされるのにだ。どこの村にもほんの少しかもしれないけど食料に余裕があるはずだ。雪が積もるともう冬野菜の収穫は望めない。半分ほどしか育ってなくても雪に沈めて大事に収穫するしかない。それが、今年の冬は殆どの冬野菜が大きく成長できた。だから、飢えて全滅するなんて村はないと思う。


 これからの食料は、冬の魔物を狩って得られる肉が中心だ。いくらEランクやDランクの魔物でも安全なわけじゃない。人を襲い、食べることもあるのが魔物だ。魔物は、一般的に森の草や木の実だけで生きているものは殆どいない。雑食だし、肉食だ。特に好むのは人の魔力だ。だから、防衛力が低い村が襲われることが良くある。


 そんな冬がやってきたんだ。今年は、砦の守りは堅い。冬の魔物が入り込むことなどないと考えて良いだろう。それに、雪はまだ降り積もっているわけじゃない。降り出しただけだ。冬の魔物も先走り程度しか入り込んでいないだろう。


「シエンナ、山の麓近くにリングバードを飛ばして見回りをしてくれないかな。どのくらい冬の魔物が入ってきているか心配なんだ。」


「分かりました。5機ほど飛ばして、危険な場所がないか確認滲みましょう。山の近くはもう積もりだしているかもしれなせんからね。」


 シエンナがリングバードを飛ばして山の麓近くの村の様子を確認してくれた。どこの村も先走りの魔物に襲われたり、囲まれたりしていることはなかったようだ。


「レイ、今からそんなにビビってたら一冬越せないぞ」


「冬は、村や町の近くで獲物が沢山取れる季節なんだから。確かに、得物って言ってもの魔物だけど、村の人や町の人にも倒せる魔物が多いのよ。無暗に怖がってたら、獲物になる魔物に逆に得物にされちゃうわ。確かにレイは冬の間は調子が悪いことが多くて、部屋に閉じこもってばかりだったから、狩りもしたことないものね。」


 ミラ姉が言う通りだ。冬は、冷気と一緒に魔力が山から下りてくるから、魔力病を持っていた時はどうしようもなく調子が悪かった。だから、冬の間の魔物狩りなんてしたこともなかった。ただ、○○村が魔物に全滅させられたなんて話は時々聞いていたから、冬は怖い物というイメージが強い。


「レイが思ってる程、冬は悪い物じゃないんだぞ。勿論、小さな子供には対処できないくらいの危険が身近にあるのは事実だけど、魔物が襲うのは、大きな魔力を持っている大人だからな。大人は、魔物に対処できるだけの力や道具を持っている。子どもが襲われるのは、夜、村の外に出ていたりする時だけだ。昼間は、魔物はそんなに活発に動いていたりしないから安心しろ。」


 ロジャーは、そんなこと言うけど、旅人は昼間でも魔物に襲われることはあるし、ことに山から先駆けとして降りてきている魔物がそんなに弱い魔物とは限らない。国守の魔術契約で結界が貼られた今年は、冬の到来も遅かったけど、だからこそ、その結界を通り抜けて王国にやってくる魔物はある程度強い魔物だけかもしれない。それが心配なんだ。


「レイさん。リングバードからの情報だと、今の所、強力な魔物は王国に現れていないようです。冬の初めに現れる小さな魔物はちらほらみられるようですが、いつも通りの冬の始まりと同じと思って良いようですよ。」


「ありがとう。シエンナが情報を集めてくれるなら安心だ。」


「どういたしまして。私も国守の魔術契約には同行しましたから、その効果が気になるんですよ。それは、アグリゲートのメンバー全員同じだと思いますよ。」


「そうだぞ。心配はしてないけど気にはなってる。シエンナがいてくれて大助かりだ。ねえ、ミラ姉。」


「なんで、ねえ、ミラ姉なのか分からないけど、ロジャーの言う通りだと思うわ。国守の魔術契約の効果は気になるし、シエンナがいてくれるからここにいても情報を手に入れることができる。何かあれば、アグリケートや私たちパーティーで対応できるわ。だから、その二つとも同意する。」


 ミラ姉やアンディーたちも気にはなってたんだ。いつも通りの冬の様子だからって心配はしていないみたいだけど。


「いつも通りなら、安心して良いんだよね。」


「いつも通りよりも安心して良い状態だと思うぞ。今年の冬は。」


「そうなんだ。それなら良かった。」


 国守の魔術契約を行ったのは僕じゃなくて玲だ。冬が始まったことと、今年の冬は例年以上に穏やかな様なことを日記に書き込んでおこう。玲が、日記を見るのはだいぶ後になるかもしれないけど、読んだ時に安心するだろう。

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