第358話 ビスナ王国の依頼終了

 昨日の夜は、パーティーハウスに国賓の皆さんを招いての夕食会だった。その時、ゴーレムタブレットに関する要望や質問を受けた。ビスナ王国としては、帝国とウッドグレン王国との連絡に一番使用したいとのことだった。


 その為に、ドワナ帝国の帝都とウッドグレン王国の王都、そしてできれば、フォレポイ砦に大使館を置きたいらしい。その大使館を拠点にして各国のゴーレムタブレットと連絡を取ることができる通信網を構築できないか熱心に聞かれた。


 その考えはとっても良いかもしれない。大使館のような各国が責任を持って運営できる場所にゴーレムタブレットの接続ポイントを設置し管理してもらうのは、安全だしもしも不具合が起きた時に対応してもらえる。


 その考えを聞いて、研究しておくと約束した。ビスナ王国がウッドグレン王国に大使館を置くことも決まっていることではないらしいから研究する時間は取れると思う。


 その他にも、メイを見て驚き、ビスナ王国に是非一体製造して欲しいと懇願された。残念ながら、セイレーンの魔石が手に入らず、作ることができない。本当は、後1・2体なら作れないことは無いのだけれど、メアにも音声認識と発声機能を付けてあげたいし、故障した時の為に予備は持っておきたいから、無いと言って差し支えないだろう。もしも、ビスナ王国でセイレーンの魔石が手に入ったら絶対作って欲しいと覚書まで書かされそうになった。それには、ルーサーさんの同意が必要だと言って、覚書へのサインはしていないけど、ルーサーさんは、今日サインを迫られるかもしれない。


 昨日の夜は、何だかんだとあったけど、様々な話が聞けて有意義な時間だった。今日はクーパー様たちは、ドローたちが王都まで送って、僕たちは使節団の皆さんをビスナ王国まで送ることになっている。王都と砦の定期便は、今の所1日1往復で、朝、王都から砦へ飛んできて、夕方には砦から王都に戻って行く便だけだ。人の移動もそこそこあるからその内午前に1往復、午後に1往復になるかもしれないけど、そんなにのんびりできないとクーパー様たちは臨時便で王都に戻る。その時に王都の料理人とメイドの皆さんも戻ることにしてもらった。


 朝食のデザートには、ミラ姉とシエンナが作ったアイスクリームが出された。甘くて冷たくてとっても美味しかった。僕が向こうのレシピで作った物よりもほんの少し甘くて、柔らかかった。口の中で溶けていく感じが何とも言えずその後に口いっぱいに甘さが広がって冷たいのに心が温かくなるような幸せな味だった。


「こ、これは何というデザートなのでしょうか。レ、レシピがあれば、売っていただきたいのですが…、ダメでしょうか?」


 朝食中にこんなことを言い出したのは、外務交易大臣のヴィンターハルター卿だ。よっぽど気にいったようだったけど、試行錯誤で作った物で、きっちり味が決まったレシピがないといわれ、がっくりと肩を落としていた。その後、ミラ姉とシエンナがヴィンターハルター卿に話しかけていたから、大まかなつくり方と材料を教えたのかもしれない。今回のアイスクリームの肝は、寒剤とミルクプラントだ。


 朝食を終えると、使節団の皆さんは、モノレールの見学に行かれた。今日は、実際乗ってみるそうだ。ロックバレーまで行くのか、フォレストメロウで降りて戻って来るのかは聞いていない。所長と企画部長が一緒について行くようだ。モノレールは、往復40分でロックバレーと砦をピストン運行しているから乗りっぱなしでも技術的な問題などを話しているうちに時間は過ぎていくだろう。


 ビスナ王国への出立時間は、ビスナ王国の時間でお昼の1時30分、ウッドグレン王国の時間で午前11:30分だ。モノレールから戻ると直ぐに空港へ移動しないといけない。


 帰りは、操縦だけなら3人で十分なのだけど、パーティーで受けた移送依頼ということで5人で送る。タブレットで着陸場所を確認すると王城前の広場に着陸できるような場所を作ったからそこにお願いしたいということだった。使節団の無事の帰還を祝う式典が行われるらしい。


 普通の外国への使節団であれば、ウッドグレン王国のような遠距離の国であれば、数カ月の月日をかけて命がけで使命を遂行するのが普通だ。今まではそうであったし、これからも同様に数カ月の歳月をかける使節団が送られることもあるはずだ。だから、今までと同様の式典が行われるということだった。


 護衛の冒険者は、その式典に出席する必要はないらしいから、式典が終わるまでキュニの中で待機しておくか、使節団を下ろしたら直ぐに飛び立つかしか対応方法はない。そこで、到着後、護衛移送依頼の完了サインを貰ったら、直ぐに飛び立つということにした。王都の外に着陸しなおして、冒険者ギルドに依頼完了証持って行くという流れしようと思ったからだ。


「皆さん、お忘れ物などございませんか?流石に忘れ物を取りに飛行機で戻るなどということはできないことでございますよ。」


 笑えない注意だ。渡し忘れた物を届けに帝国まで飛行機で行ったことがある身としては…。


「シートベルトをお締め下さい。ビスナ王国までは、およそ2時間程の飛行となる予定でございます。」


 シエンナのアナウンスに続いて、ジェットエンジンが始動し始めた。メインエンジンの角度は水平から10度程傾いているけど補助エンジンは水平状態だ。滑走路を走り始めて数秒で車輪が地面を離れたことが感じられた。それからグングンと上昇し始め、5分後には、高度1万メートルの巡航高度に達していた。


「巡航高度に達しました。只今より、水平飛行に入り巡航速度まで加速しますので、もうしばらくシートベルトは締めたままでお願いします。」


 毎秒、時速10km程の割合で速度を上げていく。3分弱で加速は終り、時速2000kmの巡航速度に達した。行きよりも少し早い気がする。


「巡航速度に達しました。暫くは水平飛行を行いますので、シートベルトは外しておくつろぎいただいて結構です。」


 砦の空港を離陸して10分弱で安定した飛行に入ることができた。シエンナがこのジェット機の飛行に慣れてきた証拠かもしれない。それとも、滑走路を使って十分な速度で離陸したからか…、滑走路を使ったからならVTOL機の操縦はまだまだ課題が大きいことになる。


 飛行が安定してからは、僕たちホスト担当の出番になる。使節団の皆さんに、お菓子やお茶を出したり、飛行地点の確認をしたりして飛行している間快適に過ごしてもらうように配慮することが僕たちの仕事だ。使節団の皆さんも3度目の飛行ということでかなり余裕があるようだ。雑談をしながらお菓子やお茶を楽しんでいらっしゃった。


「諸君のおかげで、本来なら命がけの使節団がとっても快適な物になった。感謝してもしきれない。それに、このわずかな時間で、ビスナ王国にとっては数百年叶わなかった大規模な商談を結ぶことができた。それも、お主らに護衛移送依頼をしたことに依ることが大きいと思っておる。これからも、ウッドグレン王国のみならず、ビスナ王国にも力を貸してもらいたい。」


「そんな大袈裟です。皆さんの選択が今回の成果をもたらしたのですから、おめでとうございます。大きな成果を持ち帰ることができるのでしたら喜ばしいことです。これからも頑張ってください。」


 穏やかな雰囲気で時間は過ぎて行き、2時間弱でビスナ王国の王宮前広場に着陸することになった。


 広場の中に大きなスペースが作られ、キュニが安全に着陸できるように配慮してあるのが分かった。そのスペースの周りには沢山の人が集まっていて、キュニが着陸するのを見守っていた。


「ただ今より、垂直着陸を行います。完全に機体の動きが停止するまで、座席から立ち上がることがないようにお願いします。」


 王都上空を大きく旋回すると広場上空にゆっくりと侵入していく。人が少ない方向から70度以上の角度で広場に向かって降下していく。慎重に、ゆっくり…。空中でゆっくりというのがどれほど難しいか理解できるものは少ないだろう。それをスムーズに行っているシエンナの操縦テクニックは驚愕に値する。


 5分ほどかけて、キュニは広場に着陸した。シエンナたちが操縦席から立ち上がって出口前に整列し、使節団の方々を見送る体制を作ってい来る。僕は、ゲルツ宰相閣下に依頼完了証のサインと評価をお願いして書類を受け取った。Aランク評価を頂いた。


 ゲルツ卿を先頭に使節団の方々が飛行機を降りて行くと、大きな歓声が聞こえた。それに手を振る使節団の皆さん。手を振りながら、女王が待つ貴賓席の方に歩いて行く。飛行機から50m程離れた場所に立つと、キュニの方を向いて全員で一礼してくださった。それを合図に使節団の前に物理結界が貼られた。(そう言う約束だ。)両端に王宮魔術師っぽい人が駆け寄ってきたから結界を張り終えたと思って良いだろう。


 キュニのジェットエンジンが始動を始めて垂直離陸を開始した。前回よりも人垣が広い範囲に広がっているから50m程上昇して微速前進を始めた。その後旋回しながら上昇し、一旦王都を離れて行った。たくさんの人が手を振っているのが分かった。何となく嬉しい気持ちで雲の中に入って行った。


 10分程上空を旋回した後、低空飛行で王都に近づき、王都の割と近い場所に着陸した。垂直着陸だったけど、あんな狭い場所に回りを木にしながら着陸するわけじゃないから2分程で着陸を完了させることができた。


 その後、ミラ姉とシエンナで冒険者ギルドに行って依頼完了証を渡し、依頼金をもらって来た。そしてビスナ王国での冒険者ランクもAランクになったそうだ。依頼金は、金貨500枚だった。本来なら3カ月の旅行だと考えると危険手当も含めて順当な金額かもしれないけどかなり高額だ。観光旅行の資金には十分すぎる。


 ゴーレムタブレットは、注文されたタブレットを納品するまで貸し出しを継続することになっている。国営商会との連絡や今後の細かな打ち合わせなどにタブレットがあった方がスムーズだと思われるからだ。だから、タブレットの回収は無し。僕たちは、ミラ姉とシエンナが戻って来たら直ぐにヴィトルに乗り換えて砦に戻った。


 そして、その日の夜、ビスナ王国時間なら9時過ぎくらいだろうか…。夕方の7時、食事の準備ができる頃、ミラ姉にヴィンターハルター様から連絡が入った。


『ヴィンターハルター:客室にお土産を忘れて来てしまったみたい。ベッドの横の執務机の引き出しの中に入れたままだったようなの。今度、ビスナ王国に来る時に持ってきて下さらないかしら。勿論、手数料は、お支払いいたします。国境を越えたに餅の運搬ですから、金貨1枚でどうでしょうか?』


「忘れ物を確認してご連絡いたします。ヴィンターハルター様に送信。」


「ミラ姉、どうしたの?」


ロジャーが食堂を出て行くミラ姉に声をかけた。


「ヴィンターハルター様が忘れ物をしたから、今度ビスナ王国に来る時に持ってきて欲しいって連絡が入ったの。だから、本当にその忘れ物が部屋にあるか確認しようと思って。勘違いのこともあるでしょう。」


「あるある。家に忘れてきたって思ってたのに本当は鞄の中に入っているとかな…。子どもの頃あったわー。ストレージが発現してからは、自分の物は全部ストレージに入れちまうから忘れ物は無くなったけどな。」


「そうよね。そう言うことで、確認してくるわね。」




「あったわ。バリーおばさんの所の袋に入ったものが。ヴィンターハルター様ってバリーおばさんの店にお土産買いに行ったのかしら。まあ、砦に来た記念って思ったらバリーおばさんの店かリアンさんの道具屋で買うしかないとは思うけど、これって金貨1枚も払って持ってきてもらわないといけない物なのかしら…。普通の石鹸と普段使いの化粧品のような気がするんだけどね。明けて確認したわけじゃないわよ。手に持った感じがそうだったの。」


「在りました。でも、こんなのを持ってくるのに金貨1枚なんて頂くのは申し訳ありません。砦のお店で購入された物でしょう…。何でしたら、もう少し何か購入してきましょうか?ヴィンターハルター様に送信。」


『ヴィンターハルター:まあ、ありがとう。それでしたら、代金は支払いますから高級化粧品という物を5本ずつ程購入してくださらないでしょうか?』


「ロジャー、バリーおばさんの店の高級化粧水と高級乳液っていくらだったっけ?」


「知ってるはずないじゃん。シエンナ知ってる?」


「ええっと、確か、両方とも銀貨1枚じゃなかったでしょうか?王都に持って行ったら100倍の金貨10枚にはなるなんて言ってた人がいたからその値段だったと思います。」


「ありがとう。じゃあ、それぞれ5本ずつなら金貨1枚ね。そう連絡しておくわ。」


 今日、一人、金貨100枚も貰ったばかりだから、気前が良い。まあ、ギルドカードにはその百倍以上の金貨が入っているはずだけど、幾ら入っているのか誰も知らないって言うのも少し怖い気はする。


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