第343話 レース結果と晩餐会

 かなり南の方にあるビンドルの町だけど、冬のこの時期の海の水は冷たい。そして、暗くなるのも早く、後30分もしないで日が沈むだろう。しかし、最終レースに出場する船は足が速い物ばかりだ、往復40kmの距離などあっと言う間に航海し終えるだろう。


 15艘の船が横並びになった。僕たちの船は一番左側。エントリーが一番後だったから文句は言えない。各船の間隔は、30m以上は開けられている。島に一番近い中央の船との距離は、300m程だが、問題ない。まずは、真直ぐ進めばいい。しかし、島を回る方向は決められている。左回り。つまり、中央から右にいる船の方が有利だ。僕たちは、とにかく中央の船より少しでも前に出て、島をできるだけ小さく回るように進路を取る必要がある。


「シエンナ、出発の合図とともに直進、後続船との距離を少しでも取れたら島の右側に向かって進路を変えてくれ。」


「了解しました。スタートダッシュが肝心です。」


「全船、微速前進、スタート位置は合図まで超えないように、合図前にスタート位置を越えると失格になります。5、4、3、2、1、スタート。」


 拡声の魔道具で出発が告げられた。全船それぞれのスタートの仕方で進み始める。ほとんどが魔力を用いたスタート方法だ。丈夫な帆に風魔術をぶち当てている。


「前進します。魔力を最大に流して、直進開始。」


「シエンナの指示に合わせるよにうスクリューが高速回転し始める。船首は、波を切り裂いて、バウンドしながらドンドンとスピードを上げていった。」


 加速が良い小型の魔道帆船が同じように加速し、僕たちの船の針路を阻もうとしてきた。僕たちは、島の方向とは関係なく直進しているからまだ、距離的な不利はない。少しでも前に出れば、島の方に針路を変えることができる。


「シエンナ、これ以上は無理なのか?」


 アンディーが少し心配そうに聞いてきた。


「全然余裕です。ただ、スクリューをむやみやたら早く回してもスピードが上がるわけではないようなので、丁度良い回転数を見つけようとしている所です。」


「船主の先に結界を張って波を直接船にぶつからないようにしてみようか?」


「船を走らせながらそんなことできるのですか?変なことしていて海に落ちたら大変ですよ。私が何とかしてみますから、まあ、結界を作るのはお願いします。他の船もなかなか速いようですから。ぶっちぎりで島を周回することは難しいと思います。」


 そう言いながら、僕たちの船はじわじわと他の船との距離を開いて行った。でも一番左端からの出発だったため、島の周回進路には、ぎりぎりでトップを取れるかどうかというところだろう。直進から少しずつ右に針路を変えていく。追いすがっている船の斜め前をかすめるように進路を取っている。かなりギリギリだ。


「周回進路に入りました。後方10mに2着の船が迫っています。その後、続々と周回コースに入ってくる模様ですが、一番内側を進むと進路を閉ざされる危険があります。」


「1周したら大きく回って進路を閉ざされないようにします。進路妨害に徹してくる船は、結界で対応お願いします。」


「了解だ。さっき作った結界の魔道具を渡しておくから船首、右舷、左舷、船尾をそれぞれ担当して進路妨害で近づいてくる船があったら結界で退けていこう。」


「俺が左舷を担当する。アンディーは、右舷を頼む。」


「船主は、私が担当するは、レイは、船尾ね。」


「了解。シエンナ囲まれないようにだけ気を付けて!」


「了解です。」


 フォレスポインター号は、1周目を終える時、大きく針路を膨らませて一番外側に針路を変えた。


 2着の『銀の光波号』は一番内側のコースを保持している。船体も僕たちの船よりも小さく、小回りに自信があるからだろうけど、残念ながらそれは、悪手だ。そっちのコースには、小回りは聞くけど足が遅い船がひしめいている。


 小回りの利かない大型船と小回りが利く小型船の中間をフォレスポインター号は駆け抜けて行く。進路妨害をしようと内側から膨らんでくる船は、ロジャーが結界で押し込んだ。大回りの大型船は、何とか僕たちの進路をふさごうと内に寄せてこようとするのだけど、シエンナが進路を閉ざされる前に横をすり抜けて行った。


 後、200mで周回コースから離脱できる。内側のコースを取った銀の光波号は、頭を押さえられてスピードを上げることができていない。


 そのまま、ゴールに向かって全速で直進する。最短の針路で向かっているからもう追いつける船はいないだろう。


『先頭でゴールに向かってくるの、初出場の魔道船フォレスポインター号の模様です。後500m。その後ろを銀の光波号が追いますが、フォレスポインター号との距離は500m以上開いております。後300m、200m、100m…、ゴール、ゴールです。フォレスポインター号初優勝。2位は銀の光波号で間違いないでしょう。昨年の優勝船、大海の栄光号はまだまえません。今見えてきました。第3位は、ブルーモンスター号・ブルーモンスター号と大海の栄光号が第3位を争っております。どちらが3位の栄冠を手にするのか、大海かブルーか大海が今リードわずかにリードしております。そのまま逃げ切るのか大海の栄光号、いや、少しずつ巻き返しているブルーモンスター号、大海かブルーか同着かいやゴール審判がブルーモンスター号を指しています。第3位ブルーモンスター号です。大会からの正式な発表がありますまで、お手元の舟券は大事に取っておくようにしてください。…』


 結局、僕たちが買っていた舟券は、304倍になっていた。金貨1枚が金貨304枚だ。15レースの優勝賞金は金貨20枚。それに総合優勝賞金が金貨100枚副賞として、Sランクの魔石まで手に入った。参加費に金貨5枚、観覧席の入場料が銀貨5枚、舟券代が金貨14枚、屋台での飲み食いに使ったお金が銀貨5枚だったから手出しは金貨20枚だ。かなりの収入になった。まあ、休暇中とはいえ、一日で金貨20枚も使うのはどうかとは思うけど、まあ、使ったよりも沢山手に入ったから良しとしよう。


 レースの表彰式の後、晩餐会が開かれた。各チームから参加者は5名と決められていたけど、僕たちは全員参加だ。お酒やご馳走が沢山あったけど、僕たちはもっぱら食べること専門だ。お酒は、お祝いの時に少しだけ口にすることはあっても普段は飲むことは無い。


 何人もの船主や貿易商会の偉い人たちから声をかけられたけど、船を売る気も貿易商会に入る気もないから直ぐに話は終った。その日の晩餐会で一番の収穫は、今回の優勝が、この国の冒険者ギルドのギルドポイントになるということを教えてもらったことだ。


 暫くの間、食事を楽しんで僕たちは宿屋を探すために晩餐会の会場を出た。既に御名は一杯だから、朝食のみ着いている宿が良いと思って色々探したんだけど、どこも満室だった。今日のシップレースはこの町の一番大きな祭りで、国中から人が集まってくるのだそうだ。今日だけは、多くの酒場も朝までやっているからそこで過ごすように言われたけど、さすがに、冬場に酒場で朝まで過ごすというのは気が進まい。


 満室で断られた宿を出て途方に暮れていると、いつの間にかとっても人相が悪い人たちに囲まれていることに気が付いた。


今晩こんばんは。君たち、今日、舟券で大穴当てたって騒いでいた子達だよね。」


「えっ?何のことですか?」


「いやいや、おじさんたちはね。君たちみたいな世間知らずな子が危ない目に合わないように、いつもパトロールしているんだよ。そのパトロールから連絡が入ってるからとぼけても無駄なんだな。」


「なあ、おじさん。俺には、どっちかって言うと、おじさんたちが危ない目に合わせている人に見えるんだけど、違うのかな?」


「あのな少年。世の中には、お前さんたちみたいな子どもが大金を持っていたら、命を奪ってでもお金を手に入れようとする悪い人たちがたくさんいるんだよ。おじさんたちはな、そんな子供の命を救うために、子どもたちからお金を預かってやっているんだ。金を持ってなきゃあ、襲われることなんてないだろう。よかったな。悪い大人に目を付けられる前におじさんたちと出会って。」


「そんなに悪い大人がいるんだ。それでさ、この国ってそんな悪い大人を見つけたら、どこに連れて行けば良いの?衛兵さんの所かな?」


「そうだな。良く知らねえが、番所で良いんじゃねえか?門のすぐそばにあっただろう。」


「へえ。そんなところがあるんだ。それで、おじさんは何の用があって僕たちに話しかけてきたの?」


「それって、忠告って言うのですか?人が大勢いる所で大金が手に入ったなんて大きな声で話したらいけませんってことでしょう?」


「そうか!忠告してくれたんだ。分かった。これから気を付けるよ。じゃあね。僕たち宿を探さないといけないからさ。」


「お前ら、さっきから言ってるだろう。お前たちがそんな大金を持ってちゃあ危ないから、俺たちが預かっててやるって。さあ、金を出しな。宿代で銀貨5枚くらいはもってても良いからな。それだけありゃあ、10日位は宿に泊まれるだろう。さっさと渡すんだな。」


「レイ、結界の魔道具か強化ポーションかどっちか出して準備しおいて。おじさんたちって親切な人じゃなくて悪い人確定みたいなの。」


 僕は、強化ポーションを取り出して一息に飲み干した。ポーションの効果はすぐに表れる。


「ミラ姉、準備OKだよ。」


「何をごちゃごちゃ言ってるんだ?とにかく早いとこ金を出して、おじさんたちに預けるんだ。怖いおじさんたちがやってこないうちにな。」


「ねえ、おじさん。このまま、忠告だけで済ませるんだったら見逃すけどさ。これ以上何かして来たら番所まで行ってもらうよ。一人で歩けたらいいんだけど、この人数を5人で運ぶのって少し面倒なんだよね。」


「ミラ姉。魔術を一つ試して良い?後2つしか持ってないけど…、もう少し作っておくんだった…。」


「何を?…、あっ、あれね。良いわ。試してみて。」


「了解。」


 僕は、おじさんたちが全員僕の前に来るように位置取りをした。殺気なんて全然発していないから、おじさんたちはただ僕を見ているだけ、少しイライラしているようだったけど、おじさんたちから殺気を感じることもなかった。僕たちをただの子どもだと思っているからかもしれないけど…。まあ、全員成人は超えているんだけどね。


「コーシェン!動くな!衛兵が来るまで動くんじゃない。」


 左側に向かって少し強めに魔力をのせてコーシェンを発した。右半分のおじさんたちへの効きが心配だったから、もう一度。


「コーシェン。動くな!衛兵が来るまで動くんじゃない。」


 ビクッとして身動きできなくなったみたいだからこれで良いだろう。シエンナとアンディーが番所に向かって走って行った。後10分もしないで守衛さんたちがやって来てくれるだろう。


 余計な忠告と金出せおじさんたちを番所に連れて行って事情を話し、そこを出たのが夜の9時過ぎだった。路地裏は物騒だし、こんな深夜に門を出ると不審がられるということで番屋の裏の訓練所にコテージを置かせてもらうことにした。設置用の穴もきちんと埋めるからとお願いしてほぼ無理やりだ。当直のおじさんも少し呆れた顔をしてたけど、きちんと元通りにすればいいと何とか許したくれた。


 お礼に溶岩プレートで作った給湯器をプレゼントしたらとっても喜んでくれた。寒い夜の見回りの後の足湯は何よりの癒しなんだそうだ。でも、お湯を沸かすなんて大変なことそう頻繁にできるはずもないから、よほどのことがない限り足湯なんてできなかったらしい。その足湯が毎日できるということで喜んでくれたみたいだ。ついでに桶も5個作ってプレゼントした。足湯用だ。


 その日は、コテージでお風呂に入ってぐっすり眠った。明日は、観光だ。

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