第253話 ジャイロモノレール試験走行

「レイさん。起きて下さい。」


 女の子の声がする。僕の部屋に誰か入ってきてる。


「レイさん。約束の時間になっちゃいますよ。」


 約束?何か約束してたっけ…。そ、そうだ。教会に行って、ベルの職業のこと聞かないといけない。フォレストメロウの教会に行けば、きっとわかる。


「レイさん。朝ご飯の時間なくなちゃいますよ。」


「メイ。レイさんを抱っこして食堂に行きましょうか。お願いして良い?」


 何かが、硬い棒が僕の背なかの下に入ってくる。何だ。ここは、ベッドのはずなのに…。


「ウァッ。」


 誰だ。僕を抱えて連れて行こうとするのは。


 目が覚めた。今部屋にいる。でも、抱えられて…。


「あっ、メっメイ。ど、どうしたの?どこに連れて行こうとしてるの?」


「あっ、やっと起きたんですね。レイさん、朝ごはん食べる時間なくなっちゃいますよ。」


 下の方からシャルの声がした。


「あれ?シャル。どうしてメイと一緒にいるの?」


「エリック様にレイさんを起こしてくるように言われたからです。今、8時過ぎですよ。昨日、8時20分に出ないといけないから、起きてこなかったら8時には起こしてくれって言ってましたよね。」


「そ、そうだった。ありがとう。メイとシャル。自分で歩くよ。大急ぎで朝ご飯を食べて着替えないといけない。」


 それから僕はとにかく急いだ。でも、家を出たのが8時25分。工房に着いたのは8時35分だった。


「お早うございます。遅れてすみません。」


『お早うございます。』


 みんなさわやかな朝の挨拶を返してくれた。基本、時計がないこの世界では、時間の約束に寛容だ。大急ぎで来たけど、僕が時間に遅れたなんて思っている人はいない気がする。


「早速で申し訳ないのですが、ジャイロスコープに魔力を流しますから、コントロールコアの調整をお願いして良いですか?」


 グレンさんからの指示か早速入った。


「コントロールコアの調整なら僕よりも適任者がいるので呼び出して良いでょうか。」


「こんな時間に来て下さる方なのですか?」


「はい。まだ、パーティーハウスにいましたし、今日はモノレールの走行実験を見学に来るって言ってましたから大丈夫だと思うます。」


「あの…、どなたでしょう?」


「シエンナですよ。皆さんもご存じでしょう?」


「でもシエンナさんは、研究員ではないのでは?」


「昨日までは違いましたけど、所長に行って研究員にしてもらいましょう。本人は多分大丈夫だと思いますよ。ちょっと待って下さいね。」


 僕は、シエンナにタブレットで連絡を取って、ジャイロモノレールの開発の手伝いをしてくれるように頼みこんだ。暗に、研究員の一人として参加を要請したつもりだったけど、きちんと伝わったかな…。


 昨日、地球の書籍に書いてあったんだけど、一定の決まりに従って、タブレットなんかが反応するように指示をくみ上げることを向こうでは、プログラムというらしい。シエンナは、ゴーレムの言語で指示を細かく設定しているようだから、ゴーレムの行動処理プログラムができると言って良いだろう。しかも、僕がコントロールコアに対して指示するよりももっと細かくできているようだ。そんなシエンナが来てくれれば、調整も正確にできる。


 10分ほどでシエンナが来てくれた。その前に、所長に連絡してシエンナを研究所のメンバーに加えてくれるように頼んでおいた。モノレールの調整をしてる間にこちらに来て、正式に研究員として研究所のメンバーになってくれるように頼んでくれるそうだ。


 まず、ジャイロスコープの回転数を決めないといけない。徐々に回転数を上げて行った。モノレールの車体が安定して立つことができる回転数は、100回転/秒くらいだった。ただ、これは、駆動車両と客車を静止させた状態で、安定して立って入れる回転数だ。移動時の安定は、これから実験しながら測定し、決定していかないといけない。


「シエンナ、今から、実験走行をするんだけど、一緒に乗って行ってコントロールコアの調整をしてもらって良いかな?ある程度余裕のある状態でジャイロスコープを調整したいんだ。」


「それは、かまいませんけど、ジャイロスコープの働きなんて私良く分かっていませんよ。」


「シエンナなら情報共有で、コントロールコアからフィードバックされる情報で理解できると思うけど…。簡単に言うと、ジャイロスコープの回転数を上げると真っ直ぐ立つ力が大きくなるし、直進しようと得る力も大きくなる。だから、曲がりたいときは、ジャイロスコープは真っ直ぐに立てたまま車体だけを傾ける。でもその時、遠心力が働いて、ジャイロスコープをカーブの外側に押し出そうとする力も働くんだ。それは、直進しようとする力と同じ方向になるのかな…。その両方の力を車体の傾きと車輪を線路に押し付ける力とで釣り合わせないといけない。だから、ゆっくりだったら簡単なんだけどスピードが上がれば上がるほど大きくなる力と車体の傾きを釣り合わせる必要があるんだ。それをコントロールコアに行わせるんだけど、その調整をして欲しいんだ。」


「つまりですね。このジャイロモノレールが走っている間、倒れたり、脱線したりしないように調整すると言うことですね。」


「その通りです。さっきのレイさんの説明で良く分かりましたね。シエンナさん、お願いして良いですか?」


「初めは、ゆっくり目に走行して良いんですよね。それと、私が駆動車のコントロールを使役しても良いんですか?」


 その話をシエンナした時、所長が工房に入ってきた。


「勿論さ。シエンナもこの研究所の研究員なのだからね。」


「はい?」


「さっき、レイ様から連絡があってね。君を研究所の研究員としてスカウトして欲しいんだとさ。どうしても必要な人材だからということでね。私も賛成。全くその通りだと思って、大急ぎでやって来たのさ。シエンナ、この研究所の一員として君を迎えたいのだが、承諾してくれないだろうか。」


「頼む。シエンナ、君がいないとこの研究はうまくいかないと思う。」


「ええっ。いきなりそんなこと言われても…。」


「え?何か不都合でもあるのかい?給料もちゃんと払うし、アンディー君やレイ様もいるのだから、パーティーの活動には支障が出ないようにする。だから、頼む。加入してくれ。」


 所長が必死に頼む。シエンナに断ることなんてできない。基本シエンナは優しいからね。


「分かりました~。でも、ミラさんがだめって言ったらすぐに抜けちゃいますからね。」


「ミラ姉は、絶対そんなこと言わないから大丈夫だよ。これからよろしくね。」


 そんな訳で、新しく研究員になったシエンナを駆動車両に乗せて、モノレールは、ゆっくりと研究所の工房を出発した。


 ほんの30秒ほどで、砦の駅に到着した。時刻は8時55分。砦からたくさんの人たちが出てきた。駅には高さ1m程のプラットホームが設置してあり、段差なくモノレールの客車に乗ることができるようになっていた。実験前の車両に一般の人を乗せるわけにはいかないから、今日は、見学だけだ。ある程度調整が済んで、安全性が確認されたら一般の人を乗せて走行する実験を始める。


 駅に集まった人たちに所長が挨拶をする。


「皆様、本日は、世界初の乗り物。ジャイロモノレールの走行実験にお集まりいただきありがとうございます。このジャイロモノレールは、ここフォレス砦とフォレストメロウを実兼的に結ぶ試験車でございます。この実験が成功した折には、この試験車は、皆様へ開放いたしますので、お楽しみになさって下さい。では、試験走行を開始します。」


 沢山の人に拍手で送られ、ジャイロモノレールは、出発した。しばらくはほぼ直線が続く。ものの1分程で時速100kmを超えるスピードになったのではないだろうか。少し先に左カーブ。駆動車は徐々にスピードを落とし、時速30km程でカーブを曲がった。車両の傾きはほとんど感じなかった。それからすぐにスピードを上げたかと思ったら、また減速した。次は、右カーブだった。さっきよりも大きな速度で曲がった気がした。車両の傾きも感じることができる位傾いていた。


 フォレストメロウまで、9分で到着した。ゴーレムバスとあまり変わらないくらいの時間で到着したことになる。


「シエンナ、ジャイロの回転数と車両の傾きの調整はできそうかい?」


「はい。大分だいぶ、分かってきました。次は、後ろの駆動車に移動しましょう。後、何回か試験走行したら、大体つかめると思います。」


 人が集まってくる前にと、後方駆動車に移動すると直ぐに砦に向かって出発した。次は、先ほどよりもかなりスピードを出していた。でも、カーブでは減速し、きつい遠心力は感じなかった。


 今回は7分程度で、砦の駅に到着。その後も調整を繰り返し、シエンナ以外が駆動車両に乗ってコントロールしても安定して走行できるようになるまで、20往復以上の試験走行を繰り返した。


 最終的に、砦、フォレストメロウ間を5分で行くことができるモノレールとして調整が終了した。モノレール班の研究員が何人も運転を交代し、安全走行を確かめた。全員で繰り返し走行した回数が、100回になった頃、一般の客を乗せての試験走行となった。それぞれの駅に1分ずつ停車して、往復10分で走行することができるモノレールが出来上がった。消費魔力もゴーレムバスの10分の1程度だ。


 シエンナの運転から研究員の運転に切り替わった時、1番目に運転をさせてもらった。ゴーレムバスを長距離運転した経験はあるけど、僕が乗り物の運転をすることは少ない。だから、グレンさんに頼みこんで、一番にさせてもらった。この位の我が儘は許してもらえるよね。


 一般乗客を乗せた試験運行、しばらくは、運賃は、魔力のみでの支払いにすることにし、朝6時から夜8時までの14時間、20分間隔で42往復の運行となった。運転手は、僕とシエンナを除いたモノレール班の研究員が当面行い、試験運行のデータを取る。客車一つにおよそ80人の乗客が乗ることができる。ゴーレムバスよりも定員が多いため満員になったことは無かった。


 この試験走行の1週間後には、モノレールの線路はロックバレーまで延び、ガタガタ揺れる初代ゴーレムバスは、引退した。惜しまれつつの引退だったけど、直ぐにゴーレムバス(改)に改造され、王都に送られたのだから、無駄にはなっていない。




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