第200話 森の賢者の研究所の始動

 研究所についてすぐ、研究員の皆さんは、それぞれの部屋を決めて、荷物を運びこんだり、部屋の整理をしたりしていた。


 食堂では、既にたくさんの人が働いていた。一足先に王都を発ったエリックさんが手配をしてくれたからだ。バスは、比較的ゆっくりだったからエリックさんが付いたのは僕たちよりも3時間近く前だ。上級回復ポーションを飲みながら全速では走ってくれたようだ。


 僕が、エリックさんと食堂の様子を見に行ったのが、夕方7時近く。部屋の片づけが一段落した研究員がぼちぼちと食堂に集まって来ていた。食事は、食堂で食べる分は、料金を取らない。その費用は研究費として賄うことになっている。それは、見習いも同様だ。だから、全員心置きなく食事をできる。美味しそうに食べてくれている。


 給料は、月に1回支払われる。それを出しているのは、森の賢者だ。給料の額は、今は、そう多くない。王都のベテラン錬金術師の半分くらいかもしれない。その金額は、所長と研究企画部長に決めてもらったから間違いないだろう。お二人の給料も今は、以前の半分くらいに設定したそうだ。


 ジェイソンさんとアントニオさんは、僕たちのパーティーハウスに行ってもらっている。歓迎会兼明日からの打ち合わせの為だ。明日から早速、工場で作っていくことになる様々な物を作っていくことになる。まず、何を作るかだ。


 僕とエリックさんが研究所から戻った時、お二人は、食堂の椅子に腰かけて話をしていた。


「バスの旅は、きつかったですね。」


「王都から、1週間の旅を5時間で済ませたと考えれば、ずいぶんと楽だし、危険も感じなかったが、きつかった。あれなら、身体強化を使ってマウンテンバイクで走ってきたほうが楽だと思えるくらいだったぞ。」


「実際、エリックは、マウンテンバイクで走って2時間半で着いたのでしょう。身体強化を使った上に、上級回復ポーションを使っているのだからかなり高額になるし、誰にでもはできない移動方法なんですが、そちらの方が良いと思える位きつかったからですね。」


 その会話に、僕も参加させてもらった。


「道がもう少し整備されれば、バスの揺れも少なくなって、移動時間も短くなるとは思うのですが、道を作ることと保守が大変そうなんですよね。」


「そうだな。地上は、魔物が沢山いるし、仮に道を整備しても、盗賊や不埒な輩がその道を通る馬車や車両の移動妨害の為破壊する可能性も低くないからな。」


「人による破壊は、厄介ですね。それに土魔法を使う魔物などもいますから地上は、安全な場所とは言えないのです。」


「ということは、地上以外の移動手段を考えているのか?まさか、ドローンを大型化するっていうのじゃないだろうな?」


「ドローンの大型化は森の賢者がやったのですが、大勢の人の移動手段としては、難しいと思います。20人と少しまでが上限だと思いますし、魔力がすぐになくなります。」


「そうなのですか。では、どのような移動手段が現実的だと思いますか?」


「揺れを我慢してもらってバスに乗ってもらうか…、そうだ。森の賢者が面白い物をくれたのですが、見てみますか?」


 僕は、プラモノレールを木で精錬して二人の前に出してみた。動力も何もついていないから只の飾りのようなものだけど、どのようにして使うのかは、説明できると思う。


「これは、モノレールという乗り物なんだそうです。この細い木の上をこの乗り物が走るのですが、この気の細い道は、本当は金属、鉄でできています。そしてその鉄の細い道を支えているのは石と金属でできた柱です。この乗り物は、その細い鉄の道の上を走ります。この鉄の道を支える柱は、丈夫にできていて、簡単な破壊工作では壊すことができないでしょう。そして、何より、魔物の動きや商隊の移動の妨げになりません。」


「このような細いレールの上であれば、賊に襲われる心配はないが、この柱ごとレールを落とされる心配はあるな。」


「確かに、大規模な襲撃が行われれば、そのような心配はありますね。しかし、そのような大きな破壊工作で、つながったレールを切断されるような被害であれば、破壊工作そのものを見つける方法があるかもしれません。」


「ほほう。そのような魔道具に当てがあるのか?」


「結界のスイッチをご覧になりましたか?」


「いや。まだ見ていないな。」


「私もです。実験工房とやらにも行っていないですからね。」


「魔力で異常を見つけるような魔道具をそこに使っているのか?」


「そういう訳ではないのですが、魔力を流したり、止めたりするスイッチで結界を入れたり消したりしているのです。」


「そういう魔道具は、昔からありましたよ。しかし、それと今回の異常を察知すりことと何の関係があるのですか?」


「すべてのレールをミスリル導線でつないていてそこに魔石から場所によって違う信号を遅らせるんです。上下にある場所のレールが壊されたらある場所よりむこうとこっちでは信号の数が変わってしまいますよね。それで、破壊されたり壊れた場所を知ると言うのは可能だと思うのですがどうでしょう。」


「つまり、a,b,c,d,e地点に魔石をセットしていてミスリル導線でそれぞれの信号を出させる。a地点からはa、b地点からはbというような信号ですね。始点と終点以外は、両方向に信号を出すことにしておく。仮にcとdの間のレールが壊れたらa,b,cには、dとeの信号が届かなくなり、dとeにはa,b,cの信号が届かなくなるから破壊場所が特定できるということですね。」


「魔石が出す信号というのも良く分からんが、何となく理解できた。しかし、魔力で遠距離に情報を受け渡すことができれば、レールの監視以外にも使い道がありそうだな。」


「そうですね。情報伝達は、タブレット以外にも方法があると良いですね。駅に来れば、隣町に一瞬で手紙を出すことができるとかになれば、凄いですし、話ができるようになるともっとすごいと思います。遠話の魔道具ですね。」


「魔石を使った遠話の魔道具か。それは、森の賢者も作っていないな。その研究テーマも頂こう。」


「それと、これです。」


「僕は、溶岩で作った小さい箱を取り出した。」


「何だそれは。只、石を加工しただけのものに見えるが…。」


「ここに魔法陣を刻んでいます。水を出す魔法陣と発熱の魔法陣です。」


「ただの石に魔法陣を刻んでも、誰かが魔力を流し込んでいる間しか動かないぞ。そのような魔法陣もたくさんあって便利に使用はするがな。どこかに魔石をセットするなら、直接魔石に魔法陣を刻んだ方が効率的だぞ。」


「そうですね。それか、細かく砕いた魔石の粉を粘土などに混ぜ込むかして魔法陣の効力を発生させていました。この岩石の箱には魔石は混ぜ込んでいません。では、どちらかこの箱に魔力を貯めて下さいませんか?」


「では、私が。普通の岩なら、魔力を流した時だけ魔法陣が動きますよね。それに魔力は貯めることができない。むっ?えっ…。魔力を貯めることができます。かなりの量の魔力を入れましたがまだ一杯になりません。それに水がいやお湯が出て来たようです。」


 ジェイソンさんが驚いているのを目を見開いてみているアントニオさんが面白かった。


「なんだ!それは。」


「溶岩で作った魔道具です。これは、森の賢者から教えてもらった新しい魔道具の作り方です。溶岩は、ロックバレーのダンジョンから採集してきました。工場製品にできるのではないでしょうか?」


「研究所の当面の研究テーマは、バスの改造、モノレールの開発、通信の魔道具、溶岩魔道具の4つだな。明日から、研究員の希望も聞きながらチーム編成をして研究に取り掛からせよう。所長、研究員への説明を頼むぞ。」


「分かりました。実現したい具体物をできるだけわかりやすいように提示する方法を考えておきます。ただ、溶岩魔道具は、応用範囲が広すぎて具体物の提示が難しいのですが、今、レイ様に見せてもらったものを見せても良いでしょうか?」


「それはかまいませんが、多分今頃この魔道具には人だかりができている頃だと思いますよ。男女のお風呂にお湯を出しているのがこの魔道具ですから。研究者にとって初めて見る者は、どんな豪華な料理よりもご馳走に見えるみたいですからね。」


「すでに見ているのですか…。それでは、イメージがとらわれすぎて別の発想が出にくくなっているかもしれませんね。分かりました。そのイメージを壊すような提案を考えておきます。」


「おおっ、それには、俺も噛ませてくれ。研究企画部長の役割というものを知らしめてやる。溶岩魔道具で庶民の生活を劇的に快適にできる気がするぞ。なにしろ討伐なしに魔道具の素材を手に入れられるのだからな。」


 こうして、森の賢者の研究所は動き出した。この後、砦のお風呂を見に行ったアントニオさんがもう一つ研究テーマを持ってくるのだけどそれは、また別の日の話だ。僕たちは、研究所の運営は、ジェイソンさんとアントニオさんに任せて、ようやくいつもの冒険者生活に戻ることができるようになった。


 研究所が成果を上げ、学校が開校されて生徒が集まるまではもう少し時間がかかるかもしれないけど、森の賢者が国王陛下に褒美として許可してもらった研究所は出来上がった。


 これから、一週間の準備期間を置いて、森の賢者の研究所の完成披露が大々的に行われた。その際にも、国から運営資金が補助されることと王都に、研究所の出張機関である企画会議室が作られることとこの研究所で開発された物は、多くは、砦の工場で作られるが、製造独占はしないこと、国外への輸出は、国営商会が独占して行うことなどがきめられた。


 国からの運営資金が出るようになった為、給料が、少し上げられることになった。王都の半分だった給料を、王都の3分の2位にしたそうだ。それでも、まだ少ないけど、研究員の皆さんは大喜びだった。


 そして、その一週間の成果である、研究製品第一号が、その場で発表された。木の桶のような容器の中に厚さが1cm程の溶岩でできた魔道湯沸かし器だ。スイッチを押すことでお湯を出したりお湯を出すのを止めたりすることができる魔道具になっている。一度、魔力を一杯に溜めるとおよそ1週間分のお湯を賄うことができる優れものだ。


 勿論お風呂に使用できるが、お風呂に使用した時は、一度の充填で2日分くらいのお湯になるそうだ。一般家庭では、お風呂は一般的でないので、しばらくはこの位の大きさの方が良いだろうと言う見込みの魔道具だ。値段も銀貨5枚で販売すると言う。しばらくの間は、研究所での受注販売をするが、工場ができたら大量生産体制に入ることができるという発表が行われた。


 それともう一つ。同じく溶岩を木材でコーティングした魔道具だ。これは、研究企画部長のアイディアで完成した魔道具だ。それが、冷蔵・冷凍ボックス。この魔道具には、僕たちが作ったリキロゲンボムの保温技術も役に立っている。丈夫に冷凍の魔法陣を刻んだ溶岩ボックスを置き、冷凍魔道具の下面からの冷気を冷蔵の部分に風の魔法陣で循環させることで一定の温度を保つように工夫してあった。


 冷凍と冷蔵の機能を持つ魔道具を金貨1枚で販売しようと言うのだ。飲食店などでも使うことができる大きさの冷蔵冷凍魔道具は、高さが1.5m程で幅が80cm、奥行き70cmの物を標準として金貨1枚。高さと幅、奥行きが50cm位のものは銀貨3枚で販売するそうだ。


 すでに、この二つの魔道具を受注すると発表したが、反響はどのくらいあるのだろう。楽しみだ。給湯魔道具は、国営商会から、すぐに2000個の注文が入った。研究員全員で取り組んでも10日以上かかる量だ。大型の冷凍冷蔵魔術具も200個も注文していたから、売るあてはあるのだろう。冷蔵庫の製造には20日は必要だろう。


 一番初めに、たくさんの人の役に立ちそうな魔道具作りから始めるのは、玲の希望通りなのかもしれない。研究所での作ったものを工場で作ることができる様になれば、もっとたくさんの人に届けることができるようになるだろう。


 たくさんの人たちに祝福された、森の賢者の研究所のお披露目式。研究員たちは、毎日楽しそうに研究を進めている。僕たちも研究のヒントになる物や必要な素材を集められるように頑張ろう。森の賢者の研究所が沢山の人に幸せを届けられるように。





【後書き】

 第5章 森の賢者の研究所が完成しました。お披露目も終わり、研究所は、所長と企画部長が中心になって、森の賢者やレイが゛作ったものやそれから発展した物、簡単にしたものを作っていくことになります。レイたちもこれからも絡んでいくことになると思いますがそれは、また、後ほどの話。


第5章 200話で終了です。


次からは、ダンジョン探索に話が移っていきます。お楽しみに。


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今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。






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