第199話 王都から研究所へ

「ジェイソンさんの勇退式は、今日みたいで、まだ終わっていませんでした。研究企画部長、研究員を迎えに行くのに同行して頂いて宜しいですか?」


「勿論だ。俺が誘ったやつも来ているはずだからな。」


 アントニオ様と一緒に王都の門の近くの広場に行くとたくさんの人たちが集まっていた。ざっと見ても100人以上だ。その全員が、研究所での研究者希望という訳ではないだろうけど相当な人数が居た。


「よぉ!研究所に参加するために集まってくれたのか?見送りや、冷やかしの奴もいるんだろう?研究所への参加希望者を確認したい。今日の出発便で研究所に行きたい奴は、ここ。この辺りに集まってくれ。」


 ぞろぞろと人が動き出した。約半数。40名ちょっとかな。


「じゃあ、その家族。後々、研究所の近くに住みたいと思っている家族や準家族はこの辺りだ。今日じゃなくて、研究員の生活が安定したら追いかけてくる奴らのことだぞ。」


 広場に集まって固まっていた人以外も集まりだした。少し離れたところで見送りしようと来た人たちだ。その数はおよそ100名くらい。


「ちょっと待ってくれ。私たちは、ジェイソン様に誘われて研究所に参加しようと思ったのだが、ジェイソン様は、この研究所に来てくれないのか?」


「ジェイソン様。…、ああっ、済まない。研究所長は、今勇退式の真っ最中でな。まだ、こっちに来れてないんだ。勇退後は、新しい研究所でバリバリ働いてくれるそうだから安心しな。それで、所長を盛り上げたい奴らは何人くらいいるんだ?同じ研究所仲間になるんだ。同じようにこっちに来てくれ。」


 アントニオ様の一言で、さっき今日の移動グループはこっちへ来てくれって言った時に集まってくれたと人数と同じくらいが合流してくれた。


「それじゃあ、まだ迷っているという連中が居たら、こっちの方へ集まってくれ。」


 3人と4人集まって来た。一度、今日行くの方に集まった中からも何人か迷っているというグループに入って行く人がいた。


「もう少し迷ってくれないか?人生の一大事なんだぞ。この王都を離れて、田舎の砦にある研究所ってところに行こうと言うんだ。折角の仕事を捨ててな。本当に迷っているのはこれだけなのか?」


「アントニオ様は、研究所でどのようなことをされるのですか?冒険者ギルドの出張所ですか?」


 迷っているグループの男性がアントニオ様に質問してきた。


「何言ってんだ。砦の冒険者ギルドの出張所を開くために王都のギルドマスターを止めるはずないだろうが。俺は、研究企画の責任者になるんだよ。沢山面白い物を作ってやるぜ。」


「では、ジェイソン様は、何をなさるのですか?」


「さあな。奴は、きっとこの研究所の責任者になって忙しい思いをするんだと思うぞ。お前らの管理も奴の仕事さ。チームを作って、研究所を動かす。それが奴の仕事になるんじゃないかな?俺は、面白い物を作らせる。そして、売るんだ。面白そうだと思わないか?なんせ、森の賢者様が付いているんだぜ。世界を相手にできる。俺は、そう思って参加したんだ。」


 それにしても大人数だ。まあ、研究所の規模を考えると、まだ少ない位だけど、フィートとオットーの二つを使っても乗せきれない人数だ。二台くらいゴーレムバスを精錬しないと間に合わない。手持ちの運搬用ドローンもあるから、今回の入所希望者全員の荷物を運ぶことは全然余裕だけど、人が多すぎる。


 全員をゴーレムバスに乗せていくなら大丈夫だけど、3時間近くかなり揺れる旅になる。ゴーレムバスは、オットーに比べるととにかく揺れがすごい。タイヤ周りのクッション、サスペンションっていうのだけどを工夫して、ガタガタした揺れは軽減できても、大きな揺れは防ぐことはできない。乗り物酔いをする人が続出するのは避けられないのだ。


 これは、砦からロックバレーの拠点までの定期便で工夫したけどできないかったことだ。フォレストメロウを含めて3地点を結ぶバスだけど時間が短いからひどい目にあった人が少ないだけで、子どもが面白半分で何往復もした時は、大抵、酔って気分が悪いと教会や僕たちに泣きついてくる。ガタガタとした揺れは、なくすことはできても、ゆらゆらとした揺れはなくすことが難しい。


「レイ、俺たちで運転して、途中に何度か休憩を入れて砦に向かおう。途中の休憩で、初級回復ポーション入りのジュースでも出せば何とかなると思うぞ。」


 そんな話をロジャーとしてると、急に回りががやがやとし出した。ふと、周りを見渡すと、たくさんの人の視線が集まっている場所があった。


「待たせてしまって済まない。森の賢者の研究所に、こんなに多くの研究者と研究者の卵たちが集まってくれたこと幸せに思うぞ。では、これより、森の賢者の研究所に向かう。みな、迷いは、吹っ切って来たか?」


『はい!』


 多くの人が返事をしていた。


「宜しい。では、研究の準備はしてきたか?」


「……。申し訳ありません。私には、研究の準備が足りておりません。ジェイソン様の誘いに夢現ゆめうつつで今日まで過ごしてまいりました。」


「も、申し訳ありません。国の為、役に立つものを作りたいと言う情熱は、持っています。したし、それが、国の為やみんなの為になる物が何なのかは、考えがまとまっておりません。」


「私は、森の賢者様の精錬されたポーションを精錬窯で実現してみたく、この研究所に参加させていただきました。」


「俺は、ドローンを作ってみたくて参加させてもらった。」


「私は…。」…。


 一人が作ってみたいものを言い出すと、その後にも多くの作ってみたい物の名前が出だした。


「そうか。皆の気持ちは良く分かった。その情熱も伝わって来たぞ。研究の具体的なテーマが決まっていなくても良い。これからこの全員でチームを組んで物作りをしていくのだからな。研究について行くことができなくても良いのだぞ。その為に学校を作ってもらった。学びながら研究するのだ。そして、いくつものチームでいくつもの素晴らしいを作っていこう。私たちが目指すのは、失敗を恐れない研究だ。では、共に目指していこうではないか。未知の解明、既知の深化、失敗を糧にする手段を。研究所に向かって出発だ。」


『オーッ!』


「立派な就任の挨拶だったな。ジェイソン所長。」


「茶化すでない、ロイド研究企画部長。では、どのような編成で、研究所へ向かおうかのう。」


「ジェイソン所長。調剤ギルドの引継ぎはもう終わったのですか?」


 僕が、聞くと所長は、コクリと頷いて


「引継ぎは、昨日ですべて終わっていたのですよ。今日は、最後の挨拶だけのはずだったんですけど。大袈裟な式典など開いてくれたものだからこんなに遅くなってしまいました。」


「でも、エリックさんも出席されてましたよ。」


「知らなかったのは、私だけだったようで、他の者たちは、全員知っていて準備を進めていたようです。そんなことは良いですが、王都から研究所まで、どのようにして移動しましょうか?」


「そのことで少しご相談があるのです。僕たちもこんな大人数だと思ってなくて…。家族の皆さんは、砦に家ができてから移動してもらうとして、研究者の皆さんの移動は、ゴーレムバスで良いですか?ゆっくりめに走ってもかなり揺れるんですけど。」


「レイ様、王都から研究所までの距離をゴーレムバスでは相当きついたびになるかと存じますが…。」


 エリックさんもバスの乗り心地は知っているから、心配そうに尋ねてきた。


「1時間ごとに、休憩を取ればなんとかなるんじゃないか。休憩中にレイのポーションジュースを飲ましてやれば、回復すると思うぞ。」


「その両方に興味があるな。ゴーレムバスとポーションジュースか。それで行ってみようぜ。こんな大人数で移動することなんて、過去には、なかったことだ。それでも課題があるんなら、それを知ることが研究の第一歩だと思う。必要こそは、発明の母だからな。」


「ロイド研究企画部長、良いことを言う。しかし、研究企画部長なんて長い役職名ですね。私たち二人で、研究所を引っ張っていかないといけないのでしたら、副所長で良いのではないですか?あなたが所長でもよかったのですが。」


「馬鹿なことを言うんじゃない。俺は、絶対研究企画部長を降りないぞ。俺がやりたいのは、研究じゃないんだ。企画なんだからな。そこは、譲れねえ。」


 アントニオ様とジェイソン様、案外良いコンビなのかもしれない。


「それじゃあ、王都の門の外に移動して、ゴーレムバスを出します。ジェイソン所長、研究員の皆さんに指示をお願いします。それから、今日持ってきている荷物は、ロジャーが一旦預かりますから、所有者が分かるようにして、まとめて置いて下さい。アントニオ研究企画部長とジェイソン所長の荷物は大丈夫ですか?」


「私の荷物は大丈夫だ。エリックが持ってくれている。王都の家は、置いたままだし、家族は、当面王都で暮らすからな。そうだ。家族を紹介しておかないといけないな。今日は、妻しか来ていないが、紹介しておこう。妻、ライラ・ステファニー・ブラウンだ。」


「妻のライラです。しばらくは、王都に子どもたちと一緒に残っております。」


「研究所ができたフォレポイ砦から来ました。冒険者のロジャーです。隣にいるのはレイです。宜しくお願い致します。」


 ロジャーが代表して挨拶をしてくれた。


 ジェイソン所長の奥さんには、王都の連絡係もしてもらうことにして、連絡用にタブレットを渡した。王都に残る研究員の家族の人たちにもライラ様に連絡係をお願いすることを周知し、研究所に連絡が必要な時は、ライラ様に依頼すればよいことを伝えた。


 それを聞いた研究員の家族も、少し安心したようだ。そして、ジェイソンさんの家の門のところに連絡用の掲示板を設置することになった。ロジャーは、挨拶が済むと直ぐに、研究員の皆さんの荷物の収納作業を行っていた。


 精錬魔術師の研究員などは、今まで使用していた精錬窯をいくつも持ってきたようで、かなりの大荷物だった。そうでなくても、生活雑貨や日用品だけで、一人分が、かなりの量になってしまう。ちょっとした旅なら最低限の荷物で移動するのがこの国の常識だけど、完全移住となるとそうはいっていられない。


 全員分の荷物を収納するのに30分くらいかかった。それからようやく門の前に移動できた。


 王都の門の前に2台のゴーレムバスを出した。拠点と砦を往復しているゴーレムバスよりも横幅を1m程広げたものだ。アンディーが居て、時間があれば、もう少し細かい改造もできたかもしれないけど、僕一人では、拡大縮小くらいしかできない。


 左右の幅をそれぞれ50cm広げただけだ。これで最大乗車人数が20人増えて60人になった。その代わり、両端の席の揺れは大きくなってしまうと思う。


 バスのドアを開けてできるだけ奥から乗ってもらうようにお願いした。先頭をアンディーに操縦してもらい、その後を僕がついて行くつもりだ。運転というより指示係だ。


 先頭車両には、ジェイソン所長に乗ってもらって、後方車にはアントニオ研究企画部長に乗ってもらう。人員点呼はその二人にお願いすることにした。トイレなどは、バスには付いていないから、休憩のたびに簡易トイレを設置する必要がある。トイレは、以前のダンジョン遠征の時にも作ったことがあるから、バスを運転しながら精錬しておこう。


「全員乗り込んだか、所長に確認して。僕は、研究企画部長に確認してもらう。ロジャーに送信。」


「研究企画部長、後方車の人員は、全員揃っていますか?」


「おう、確認する。鍛冶師部門、精錬術師部門、工学魔術師部門、錬金術師部門、見習い部門、各部門でリーダーを決めて、人員を確認しろ。揃っていたら俺に報告。まだ、乗っていない奴がいる部門も俺に報告だ。いいな。その時、各部門の人数も俺に報告してくれ。」


「鍛冶師部門、12名全員います。」


「済まないが、連れてきた見習いの人数も教えてくれ。」


「鍛冶師部門、見習いは4名連れてきています。12名には含んでいません。」


「錬金術師部門8名全員います。見習いは6名。含めていません。」


「精錬術師部門、14名全員います。見習いは4名含めていません。」


「工学魔術師部門、4名全員います。見習いは6名です。」


「見習い部門、今、18名います。」


「誰がいないか分かるか?」


「鍛冶師見習いのベルトルトと」


「精錬術師見習いのフアナです。」


「レイ、済まないが鍛冶師見習いのベルトルトと精錬術師見習いのフアナはいるか先頭車に確認してくれ。」


「了解です。」


「先頭者に鍛冶師見習いのベルトルトと精錬術師見習いのフアナは載っていますか?ロジャーに送信。」


「ロジャー:乗っている。その二人はを含めて、先頭車、全員乗車完了だ。所長を含め、全員で56名乗車している。俺は除いてだぞ。」


「了解です。後方車、全員乗車完了。研究企画部長を含め57名です。では、出発してください。ロジャーに送信。」


「では、出発します。少し揺れますが、1時間ごとに休憩しようと思いますので頑張ってください。それから、できるだけ遠くの方を見ておいた方が、気分が悪くならないと思います。」


 動き出した先頭車を追って僕たちも出発した。沢山の人が乗っているから少しスピードを押さえて走っている。


『ロジャー:前に商隊がいる。右側から追い抜くからスピードを落とすぞ。それと、少しの間道から外れるから揺れることを伝えてくれ。』


「了解。ロジャーに送信」


「前方の商隊を追い抜きますので、少しの間道をそれます。揺れますので席を立ったりしないようにしてください。」


 注意をしたすぐ後から、ガタガタと揺れがひどくなった。草原を走っているからしようがないんだけど、やっぱり道を走っている時とかなり違う。道の整備は大切だ。


 そんなことを繰り返し、1時間ごとに休憩を取って、4時間かけて王都から砦の研究所まで移動した。砦についてこれから生活する研究所の前に立った研究員と見習いの面々は、少し青い顔をしている人が多かったけど、息をのんで研究所を見上げていた。







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