第186話 基本設計と実験工房

 僕たちとエリックさんはにらみ合っている。賢者の研究所の図面を見ながらだ。


「ですから、ここは、工場ではないのでしょう。工場で作るものを試作したり、作り方を考えたりする場所なんですよね。」


「それはそうなんだけど。」


「それに、叙爵されのは、レイモンド様で、レイモンド様が皆さんの大事な雇い主なんでしょう。」


「まあ、雇い主というか、パートナーというかだな。」

 ミラ姉の歯切れも悪い。架空の人物の立場なんだからまだまだ曖昧な部分が多い。


「パートナーというのは、五分五分の関係です。雇い主でなかったらスポンサーでしょうか。一番大きな出資者なんですよね。」


 エリックさんは、普通の感覚で森の賢者の立場と僕たちの関係を見ている。森の賢者が今回の砦建築に関わるもろもろの功績で叙爵していることも知っているが、その時の道具はほぼ、森の賢者が与えたり、作り方を教えてくれたものだということになっているのだからしょうがない。


「僕たちも、リキロゲンボムを作ったし、材料集めは全部僕たちがしたことなんだよ。」


「それは、お聞きしました。しかし、その作り方を教えて下さったのは、森の賢者様で何より、今回の立役者と言えるゴーレムたちも賢者様から与えられたものだということなんでしょう?」


「ゴーレムやゴーレムバスは、そうだよ。賢者が作ってくれて安全確認や使用方法を検証すると言う依頼で預かったものだよ。まあ、実験結果が満足いくものだからと言って譲ってくれたけどね。」


「それでしたら、やはり、この研究所は、賢者様の拠点として、公にしていくべき場所です。勿論、賢者様がこの研究所に滞在することはあまりないかもしれません。それでも、森から出てこられた時は、この研究所に滞在していただくべきです。そうしていただけるだけの施設を持っておく必要があるのです。」


 何を揉めているかというと、賢者の滞在施設の規模だ。僕たちのパーティーハウス以上のものにしないといけないと言い張るエリックさんと僕たちの意見が合わない。


「もしも、賢者様が滞在なさることになれば、様々な来客者が予想されます。その方々の滞在場所も必要になるではないですか。この砦にそのような滞在施設を作ることは難しいと思うのです。賢者様が日頃からいらっしゃるならそれなりに賑わう施設になるでしょうが、そうではないのでしょう。」


「う~ん。」


 ロジャーは、反論なんてできないって表情だ。確かにエリックさんの言う通りだ。森の賢者がこの研究所に滞在するなら、来客も予想できるし、施設も必要だ。


「でも、森の賢者がこの研究所に来るとしたら、多くても一月に1日か2日位だと思いますよ。実は、彼は、この砦の近くに工房を持っているのです。この砦から1時間もかからない場所に。森から出て来た時は、そこに滞在すると思います。それを考えると、この研究所にいる時間は、長くて数時間かもしれません。」


「ええっ。では、その工房とやらが森の賢者様の正式な拠点となるのですか?」


「いや、それはないでしょう。そこは、ここから1時間もかからず着く場所ですが、誰でも行ける場所ではないので。」


「では、森の賢者様の拠点ではあるけどここに宿泊することは無いということですか?」


「そっ、そうなんです。研究の為に立ち寄ることはあるでしょうし、この研究所で様々な方から依頼を受けることはあるかもしれませんが、宿泊することは決してないでしょうね。」


「分かりました。それであれば、それなりの会議室とゲストハウスを準備するだけで良いでしょう。高貴な方は、会議だけであれば、そう長居されることは無いでしょうから。」


「そっ…、そうですよね。そうしましょう。では、実験スペースは、ここで…。」


「ですから、ここは工場ではないのでしょう。そんな広い実験スペースを取っていったい何を作ろうと言うのですか?」


「ですから、大きい物を作るときに広いスペースがないと作れないじゃないですか?」


「ここは、精錬術師や献金術師、鍛冶師、工学魔術師など創造系のスキルを持つ方が協力し合って様々な魔道具を作るをするところなのですよね。」


「そうです。そういうところです。」


「それであれば、そのような施設を作るべきなのではないでしょうか。全ての方々の研究成果を合わせて大きな物を作るのは、それに合わせた施設を別に作っておけば良いのです。この研究所の中にある必要はないでしょう。」


「でも、工場の中では作ることができない状態なんですよ。」


「組み立て作業と調整なのでしょう。そんなこと、建物の中でやっても実験できないのではないですか?せめて、地上で、すぐに試運転したり動かしたりできる場所が良いでしょう。」


「そうですね。その通りです。でしたら、この辺りに試作工房を作りましょうか。」


「どうしても、人目に付かない場所に試作工房は作らないといけないのですか?」


「う~~~ん。どうかな。アンディーどう思う?」


「そうだな。あまり、周りからの見通しが良くても色々心配だけど、試作品は何が起こるか分からないものもあるかもしれないから、人が多くないところの方が良いのかもしれないな。」


「では、研究所の後方、砦の壁から100m程離して、研究所から直接入ることができる場所に、100m四方位の実験工房を作ったらどうでしょう。壁の高さや厚みは、この研究所の3分の2程度で良いと思うので。外に向かって大きく開くことができる出入り口を持った実験工房も併設いたしましょう。」


「じゃあ、その実験工房には、結界を張りましょうか。そうすれば、人目に付かない広い実験場所を作ることができます。」


「では、その実験工房については、お任せします。そして、この研究フロアは、同時進行でいくつもの研究を進められるようにいくつかのパテーションに分割した形にしましょう。それで良いですね。」


「「「「「はい。」」」」」


 森の賢者の研究所の大まかな設計が決まった。階段の位置やら会議室の形やらまだまだ詰めないといけないことはたくさんあるけど、この後は、エリックさんに巻かせて大丈夫だと思う。僕たちは、実験工房の形と、防壁づくりの相談をすることにした。


「実験工房は、賢者の工房と同じくらいの広さで良くないか。そうすれば、結界の作り方なんかも大体分かるんじゃないか。」


「僕もロジャーに賛成。屋根はあった方が良いと思うけど、簡易的な屋根で大丈夫だとおもう。魔物の皮で大型テントみたいな屋根にして、テントを支柱の天辺に結界の魔石をセットてできるようにすればいい。」


「ちょっと待って。その実験工房ってたくさんの人が出入りするのよね。研究所で働いて、工房で試作品を作る人たちが。」


「そりゃあそうだろう。一人じゃ、大きな試作品なんて作れないし、色々なスキルの人たちで一つの魔道具を作るための研究所だからな。沢山の人が出入りするにきまってる。」


「人が出入りするたびに結界を切っていたら何のための結界か分からなくない。沢山の人の出入りの間、丸見えよ。」


「研究所からの入り口を結界の外に作っておいて、その入り口に別の結界を張って付けたり消したりできるようにしておけば出入りするたびに工房の結界を消す必要がなくなるんじゃないか。」


「でも、試作品の出入り口はどうするの?」


「その出入り口も、工房から切り離した結界を張っておかないといけないかな。出入りの時だけ現れる出入り口だ。」


 出入り口を本体の結界から切り離した建物は、今まで作ったことがないけど、なかなかいいかもしれない。防壁に必要なロックブロックはもう残っていないけど、今からじゃ、さすがに取りに行けない。


 今日の所は、紙に実験工房の図面を書いて、必要なロックブロックの数や資材を書き出しておくだけにした。手元にないものは、石材だけのようだけど、出入り口の門扉を溶岩で作ったらどうなるだろうか?割と簡単に長時間結界を張り続けることができる門扉になるかもしれない。


 そこでアンディーの出番だ。二人で、パーティーハウスの工房に移動して、小さな門扉を作ってもらった。結界の魔法陣をその門扉にはめ込む。魔力が魔法陣に流れ込まないように、門扉の中央に木の枠を作ってその中に入れた。


 次に、門扉の溶岩部分に溜めた魔力を魔法陣に流し込む仕組みが必要だ。魔法陣は、魔力を回転させてその効果を強めていくから入り口と回路からの出口の2本を魔力を貯めた溶岩部分とつながないといけない。それには、ミスリル導線を使う。門扉から離れた場所で魔力を流したり消したりする仕組みを作る必要がある。ミスリル導線を門扉から離れたところまで伸ばし、取っ手を回転させて、ミスリル導線をつないだり、話したりする仕組みを作った。回転式スイッチと呼ばれる仕組みだ。


 念のために、魔力が入る方と出る方両方に回転式スイッチを付けておいた。伸ばしたミスリル導線の先についているから消えて見えなくなることは無いだろう。


 つぎに、実験だ。もしも扉だけが透明になってしまったら意味がない。きちんと門扉以外の場所も隠してくれないとただの透明の門扉になってしまう。


「あんたたち何を作ってるの?」


 ミラ姉が、工房にやって来た。


「えっ?さっき言っていた本体から離れたとこに設置する出入り口の結界だよ。」


「さっき話していた結界ってもうできたの?」


「実験段階だけどね。見てみる?」


「見たい。」


 三人で結界門扉の実験をした。成功した。ちゃんと門扉の反対側を隠してくれた。この小さな門扉に満タンにした魔力でどのくらい結界を張り続けることができるか。


 僕たちは、結界を張ったままにして食事に行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る