第27話 科学精錬

 僕たちは、教会に泊まらずに宿屋を取ることにした。ミラ姉たちは、3人だけで泊まると言っていたが僕が無理に頼み込んだ。


「僕も一緒に連れて行ってほしいんだ。」


「今回は、ギルド依頼だからレイの指名依頼と同時には無理よ。依頼料の二重受け取りになってしまうからギルドから禁止されるわ。それに、ギルド依頼の方が優先依頼になる。」


「それは、さっき聞いたから分かっている。指名依頼の期間も後ろに延ばされるんだろう。だから、依頼としてでなくて臨時パーティーメンバーとして一緒に連れて行ってほしいんだ。何なら荷物運び要員として雇ってくれないかな。」


「今度は、私たちがレイを雇うの?」


「報酬は、今回の依頼料の1割でどう?その半分でもいいからさ。」


「荷物運びにレイがいてくれたら助かるけど…。」


「分かったわ。ギルドに聞いてみる。でも、報酬は均等割りにするわよ。これからのこともあるしね。ただし、寝坊したら連れて行かないからそのつもりで。」


 「分かった。でも、もし寝ていたらちゃんと起こしてよ。起きなかったら置いて行っていいから。」


「わかったわ。黙って置いて行くなんてしないから、安心しなさい。夕食もすんだんだからもう寝ましょう。明日は、大変な一日になると思うから。」




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 まだ、夜が明けたばかりだ。


(今日も草刈りと実験を頑張ろう。)


 僕は、テントを出て昨日草刈りを済ませたバーベキューエリアに歩いて行った。


 母さんはもう起きていてカセットコンロでお湯を沸かしていた。キャンプ用コンロも買っていたけど使い慣れたカセットコンロの方が使い勝手が良いのだろう。


「お早う。」


 僕が母さんの後ろから声をかけると、

「うあっ!」

 と飛び上がるほどびっくりして僕の方に振り向いた。


「あっ、玲。お早う。」


 (僕は、驚かせたわけじゃないよ。)


「どうして、こんなに早いの?」


「どうしてって…、昨日も早く寝たし…?」


 「そうよね。お父さんは、昨日かなり遅くまでお酒飲んでたし、草刈りで体動かしたからもう少し寝かせていおいて。じゃあ、朝ごはん作りましょうか。」


「僕がつくる?」


「せっかくだから、キャンプ飯作ってみましょう。昨日の炭火出すことができる?」


「どこに出したら良いの?」


「バーベキューコンロの中に出してちょうだい。」


 母さんはアイテムボックスの使い方、分かっている。使い慣れて来たみたいだ。


「昨日の肉の残りとベーコンなんかを入れたホットサンド作りましょう。」


「お肉とベーコンは、バーベキューコンロの上に出してね。トマトはこっちに出してちょうだい。ホットサンドメーカーも出していてね。」


「了解。」


 僕は、言われたもの全部出した。トマトはまだ冷たい。冷蔵庫から出した時のままだった。


(やっぱりアイテムボックスでは、時間が止まっているのかな…。後でタブレットを出して確認してみよう。)


 朝食の準備が終わった頃、父さんが起きてきた。


「お早う。」


「「お早う。」」


「うあ!おいしそうな朝ご飯ができているなぁ。」


「はい。美味しそうでしょう。食べましょう。」


「「「頂きま~す。」」」


 小鳥の声が聞こえていて、涼しい風が吹いている。気持ちいい朝の時間だ。


「何か。良いなぁ…。」


 父さんがボソッと呟いた。


 朝食後のゆっくりとした時間。


(そうだ、タブレットの時間を確認してみよう。)


 アイテムボックスからタブレットを取り出して時間を確認してみた。


「時間は進んでいないな。」


 父さんがタブレットの時間を見て言った。


「そうだね。電波は届いているみたいだから携帯でテザリングしてみようか。」


「多分、不具合はないだろうけど時間が止まっている場所にほぼ一日置いていたのだからな。確認してみよう。」


 テザリングでインターネットにつなぐと時刻と日付を自動設定にするにして再起動してみた。自動的にテザリングでインターネットに接続されると日付と時刻は、訂正されていた。


(不具合はないね。時間がずれるだけだったらアイテムボックスで保管していても問題ないよな。)


 のんびりタイムを終えて僕たちは草刈りボランティアという名の素材採集を開始する。


 背の高い雑草や低木はエアカッターで刈り取り、大きな岩は収納した。草刈り範囲はあっと言う間になだらかな土の斜面に変わっていった。


 後に〇〇市キャンプ場開発の奇跡と言われる草刈りボランティアは、本当は、わずか2日で終了していた。


 草苅素材採集を終えた後、アイテムボックス・オープンを唱えてみた。


 カップ・ガラスコップ

 ・初級回復ポーション・初級毒消しポーション

 ・食塩・ミネラルウォーター・精製水・塩水

 ・温水・冷水・氷


 が精錬で作ることができるようになっていた。


「水と氷って状態変化だよね。」


「えっ?どうしたの急に。」


「いや、氷作れるようになったんだ。ただ、水から氷への変化って状態変化だよなって思って…。状態変化も精錬でできるんだ…。」


「えっ!じゃあ、液体窒素作ってみない。」


「低温物質の中では比較的安全だと思うのよね。」


「材料は、ほら、ここにある気体。空気の中にたくさんあるわ。」


「とても化学変化しにくい気体で無色透明、無臭。一気圧で-196℃の液体で存在できるわ。二酸化炭素は冷却していくと個体になるし、酸素は-183℃で液体になるから先に液体や固体になったものを除いて行けば液体窒素が残る。あなたの精錬で温度が下げられるなら窒素が液体になる温度まで下げてみて。」


 「-196℃のイメージがわかない…。どうしたら-196℃にできるんだろう。」


「そうだ。あんたのアイテムボックスって時間が進まないのでしょう。つまり、運動の状態は意味がなくなっているってことよね。」


「中学生には意味が分かりません。」


(母さんは、何を言っているんだ?運動の状態ってなんのこと)


「運動というのは、速さと時間をかけ合わせたものなの。つまり、どのくらいの速さで、どのくらいの時間移動したかってこと。時間が長ければ、移動距離は伸びるし、速ければ速いほど移動距離は伸びる。そして、その移動距離が運動。ここまでは大丈夫?」


「運動というのはそういうものなんだね。うん。納得した。」


「で、玲のアイテムボックスの中では、時間が止まっているのでしょう。つまり、速さにかけ合わせる時間が0になっているってこと。どんなに速度が大きくても掛ける時間が0なんだから運動も0。つまり、窒素は止まっているってこと。」


「でもね。そもそも気体って言うのは激しく運動している状態なの。」


「あちこち飛び回っているってこと?」


「そう。すごいスピードでね。」


「玲は、水を氷にできるのでしょう。それって水の運動状態を変化させてるってことなの。」


「温度を下げるっていうイメージではなくて、窒素の分子をギュッと近づけて、動きを遅くしていくイメージで精錬してみて。」


 僕は窒素を入れたアイテムボックスをギューッと縮めて中の気体の動きを邪魔するイメージで精錬してみた。


 アイテムボックスの中に無色透明の液体が出来上がった。


「できた。」


「凄いわ!玲。機械もなしに液体窒素作れるの世界中探してもあなただけよ。」


「で、これって何に利用できるの?」


「何って…、冷凍食品?」


「でも、液体窒素は、密室で大量に気化させてはいけないわよ。酸素を押し出してしまって部屋にいる人が酸欠を起こしてしまうことがある。勿論大量に浴びると重度の凍傷を起こす危険があるわ。くれぐれも慎重に扱ってよ。」


(液体窒素って取扱注意だな。)


「魔法アイテムが作れるようになってるから作ってみるね。」


「おっ。面白そうなことしてるな。」


 父さんが草刈り場のチェックを終えて戻ってきた。


「聞いてよ。玲ってば、液体窒素を作ったみたいよ。」


(液体窒素を作る精錬に名前を付けないといけないな…。そうしないと、またイメージから組み立てて行かないとできない気がする。今は、母さんの誘導があったから割と簡単だったけどね。)


「液体窒素の精錬魔法に名前を付けないといけないな…。何かいい名前ない?」


「ええっ…。普通にアルケミー・液体窒素じゃだめなの」


「アルケミーって英語でしょう、液体窒素って日本語じゃないごちゃまぜなのってなんかかっこ悪いし、異世界でどんなに変換されるかが不安。」


「じゃあ、アルケミー・リキッド・ニトロゲンにしたら?全部英語よ。」


「それがいい。「アルケミー・リキッド・ニトロゲン」」


 僕は、もう一回液体窒素を精錬した。呪文だけで液体窒素が精錬出来た。


「で、液体窒素で何か実験してみたのか?」


「あら、そういえば実験してないわね。じゃあ、簡単な実験してみまょう。」


「ビニール袋持ってきていたわよね。」


「ああ、車の中のボックスに入れていたと思う。」と父さん。


「じゃあ、取ってきてよ。」


「玲、洗面器くらいの大きさの陶器作ることできる?」


「陶器の洗面器作ればいいんだね。」


「まあ、そうか。そうだね。つくれたらお願い。陶器のふたも一緒に。」


「じゃあ、陶器の鍋か。取っ手あってもいい?」


「いいわよ。どっちでも」


 僕は、陶器でできた両手鍋ホーロー鍋を厚手にしたものをイメージした。


「アルケミー・陶器の鍋」


洗面器くらいの大きさの陶器の鍋が出来上がった。


(イメージ通り!)


「できたよ。」


「じゃあ、竹製のトング作れる?」


「笹竹は、たくさん収納したけど、太い竹は収納してないから上手にできるかどうか分かんないな…。トングだね。やってみる。」


「アルケミー・竹製トング」僕は、出来上がったトングを取り出して母さんに見せた。


「これでどう?」


 母さんは、トングを手に取って固さを確認していた。


「大丈夫だと思うわ。」


「アイテムボックスにバナナ入れていたわよね。出して。」


「お父さんまだかな」


 母さんはワクワクした様子で実験を始める準備をしていた。父さんがビニール袋をもって戻って来た。


「玲、釘と板を出してみて。」


 ぼくは、言われた通り釘と板を出した。


「もっと大きな釘ない?」


「どのくらいの大きさ?」


「5cmくらいの。」


「精錬する。待ってて」


「アルケミー・釘」


 僕は、出来上がった釘を母さんに渡した。


「OK!」


「一番目の実験は、バナナ釘打ちです。」


「玲、陶器のお鍋の中に液体窒素を8分目まで入れて頂戴。」


「では、バナナを液体窒素の中に入れま~す。」


 トングを使って静かにバナナを入れて行った。バナナの周り液体窒素からブクブクと泡が出てくる。


 (沸騰しているみたい。不思議だ。)


 泡が出なくなって少しした頃母さんが父さんに軍手をつけさせた。


 トングでバナナを取り出すと父さんに渡した。


「お父さん、このバナナで板にくぎ打ちしてください。」


「は~い。」


『トントントン』


 「え~っ!」


 これは、僕が驚いた声。バナナでくぎを打ち込んでいる。


 液体窒素恐るべし!


「-196℃で凍らせたバナナはくぎを打ち込むこともできま~す。」


 母さんはご機嫌だ。


「じゃあ、次の実験。この実験は派手さはないからがっかりしないでね。」


 …、こんな具合で液体窒素の実験やポーション精製の実験を繰り返し考察して夜になるまで楽しんだ。


 勿論、キャンプ飯は堪能した。


 今日は、昼間にカレー。


 夜は、またバーベキューだった。キャンプなんだから一日一度はバーベキューしないとね。


 今日も充実した一日だった。ゆっくりとお酒を飲んでいる両親を残して僕はテントで休むことにした。


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