第25話 アクシデント
「レイ!起きなさい。」
「お早う。ミラ姉。」
「あんた、こんな状況なのによくそんなにぐっすり寝ていられるわね。」
呆れ顔のミラ姉とアンディー。
「きっと大物冒険者になるよ。」
とロジャーが茶化してきた。
もう太陽は上っていて、コテージの中は明るくなっていた。
「数刻前にゴブリンを見てからこちら現れていないわ。」
最後の見張りだったミラ姉が僕に言った。
「もう少しここで身を潜めて昼前になって草原に向かって出発しましょう。」
「あれ?夜が明けてしばらくしたらできるだけ早く出発するって言ってなかった?」
「そうね。でも、ゴブリンの活動が朝方まで収まらなくてね。昼近くにならないとゴブリンの群れに出くわすんじゃないか心配なの。それに、明るいうちに草原に出てしまえば、このコテージもあるしね。」
「そうだよ。このコテージの結界はとっても優秀だったよ。森の中でさえ大丈夫なんだから、草原に出てしまえば一晩なんて余裕だよ。」
夜中に見張りをしていたロジャーのお墨付きだ。
「わかった。昼前に出発だね。じゃあ、しばらく時間があるから食事にしよう。次いつ食べられるか分からないでしょう。」
僕はそう提案した。
アイテムボックスら魔力コンロを出して、フライパンと肉を出す。
時間をかけてることはできないから肉に塩コショウで味をつけて焼くだけ。4人分の肉を焼くとパンもコンロに乗せて軽く焼く。火加減も簡単にできるしガスコンロみたいに直接炎が出るわけじゃないから簡単だ。
アイテムボックスからスープの鍋を出してスープ皿に注ぐ。野菜はスープの具に入っているからよしとする。
「よし、できたよ。食べよう。」
本当は、精錬でハンバーグステーキを作っても良かったんだけど、野営中の食事と言えばシンプルなものが良い。スープがシンプルかって言われると困るけど…、作り置きだから。
「「「美味しかった。」」」
b食べ終わると、三人の声が揃った。
(うん。うん。良かった。)
「出発までもう少し時間があるから三人とも寝たらいいよ。今度は、僕が見張りをしておくからさ。」
「依頼者に見張りを刺せて自分たちが休むわけにはいかないわ。」
ミラ姉は、真面目だ。
「僕の、見張りの訓練としてやらせてくれないかな?」と僕も引かない。
「それに、この先何が起こるか分からないからさ。休める時にしっかり休むことも護衛任務のためには必要じゃない?」
「そうだね。休める時にしっかり休むことは大切。時間がもったいない。ミラ姉、レイに見張り頼んで休もう。これから何があるか分からないからさ。」
とロジャーが賛成してくれた。
「そうね。じゃあ、そうさせてもらいましょう。レイ、出発の半刻位前には起こしてよ。しっかり体を起こしておかないと危ないからね。それと、少しでも変なことがあったらすぐに起こすこと。良いわね。お願いよ。」
「了解。じゃあ、お休み。」
それからしばらくの間何事もなく時間が過ぎて行った。1時間位過ぎただろうか。森の草原側がざわついている。
かすかに音が聞こえる。まだ、距離はある。でもこちらに近づいてきている。集中して気配を探る。音に集中…。
かすかな音も鮮明に聞こえる。人の足音が近づいてきている。ゼイゼイと言う息遣いも聞こえる。一人だ。しかし、その後ろには魔物の気配が感じられる。
「ミラ姉!」
僕は、ミラ姉たちに声をかけた。
「人が、人がこっちに近づいてきている。」
草原の方の窓から人の姿が確認できた。子どもだ。女の子。後ろを気にしながら懸命に走っているのが分かる。
ゴブリンアーチャーの矢が後ろから飛んできた。このままじゃ当たってしまう。僕は入り口に駆け寄り、ドアを開けた。
「エアカッター!」
エアカッターが矢をそらした。
「こっちだ~っ!」
女の子は突然の声に驚いた顔をしたが立ち止まることなくコテージの入り口に向かって走って来た。
僕は、ドアを開けたまま移動し、ゴブリンアーチャーへの射線を確保した。
「エアカッター、エアカッター、エアカッター、エアカッターっ。」
4発中3発のエアカッターが命中した。
女の子は振り返ることなくドアに向かって走って来た。僕は、その子の手をつかむとコテージに入り大急ぎでドアを閉め、鍵を閉めた。
そして、女の子の手を掴んだまま草原側の窓に駆け寄り倒れたゴブリンアーチャーの様子を確認した。ゴブリンアーチャーはピクリとも動かない。
絶命していればいいんだけど…。
「レイ…。」
ミラ姉から次の言葉は出てこなかった。
「ごめん。みんな、でもほっておけなくって…。」
僕は、みんなに謝った。まずい状況になる。多分。最悪に近い状況に陥ってしまう。
「みんな、ラッキーなことにまだ、後続のゴブリンは現れていない。つまり、今すぐこのコテージが見つかることはないということ。」
ロジャーが言った。
「でも、あそこにゴブリンの死骸がある以上いずれ見つかるか、この辺りが包囲されるわね。」
「ロジャー、この辺りにゴブリンの気配は感じる?」
「いや、少し距離があると思う。」
「じゃあ、僕があの死骸を回収してくる。そうすれば、少し時間が稼げるでしょう。アイテムボックスに入れてしまえば、臭いも外にもれないからね。」
僕はそういうと急いで外に出て、ゴブリンを回収してきた。散らばっていたゴブリンの血や肉片も残らず回収したはずだ。
何せ、地面も一緒に収納したから。空いた穴もきちんとごまかしてきたよ。これで何とかなるはず。
「じゃあ、レイ。状況を説明してくれないか?いったいこの子は誰なんだ?」
アンディーが聞いてきた。
もっともな質問だ。でも、答えられない。知らないから…。
「さあ?」
「さあって、あんた。見ず知らずの人のためにこんな危険を冒したの?」
「後続のゴブリンがいなかったから、この状況で済んでいるけど、もしもいたらあのまま囲まれていたかもしれないのよ。」
「す…っ、すみません。私のために…」
オロオロと泣き崩れる女の子。
今までは、助かった安堵感からか、窓の側で呆然と立ちすくんでいたが、話が自分のことになった為か、追い出されるかもしれない不安の為かオロオロと泣き出した。
「ごめん。あんたを責めているわけじゃないし、ここにいるあんたを追い出そうなんて思っていないから安心して。」
ミラ姉は、女の子の肩に手を乗せて安心させるように話しかけた。
「じゃあ、あなたに聞くわね。ええっと、名前は?」
「シャーロット、シャルです。」
「じゃあ、シャル?どうして、森の中をゴブリンに追いかけられながら一人で走っていたの?」
「私たち、ゴブリンに囲まれたんです。そしたら、おじさんが、「お前だけは逃がしてやるから」って「あっちの方に逃げろ」って、だから、言われた方に走って逃げていたんです。」
「囮か…。」
「囮ね。」
「多分、たくさんのゴブリンがシャルを追っていくと思ったんでしょうね。」
「でも、追っていったのはゴブリンアーチャー一匹だった。」とアンディが続けた。
「多分、こっちの方に巣があるんだろう。巣に向かっている獲物にたくさんの追っ手をつける必要はないからな。誘導するだけで良い。」
ロジャーもゴブリンのことはよく知っているようだ。
「ゴブリンってそんなに頭いいの?」
「進化したゴブリンには作戦を立てる者もいるわ。アーチャーも進化したゴブリンだから、獲物の誘導位できるでしょうね。」
「そう考えると、今の状況は納得できる。そして、俺たちの行動予定の変更も必要になってくるな。」
ロジャー先生が人差し指を立てて話し出した。
「この場所から草原側に移動したところにゴブリンの集団がいて人を襲っている最中だということ。ん?で、シャル…、ゴブリンは何匹位いたと思う?」
「たくさんいた。数えてないけど…。魔法を使っているようなゴブリンもいたよ。音がしていたから…。何か爆発するような音。」
「中規模の群れだね。しかも、ゴブリンマジシャンもいる。何の魔法を使うかは分からないけど、爆発音がしたのなら火か?でも、森に住むゴブリンマジシャンは、火魔法を使うことはまずない。土魔法かもしれないな。ロックバレットが物にぶつかった時は爆発音のように聞こえるかもしれない。」
ロジャー先生の分析は続いた。
「ロジャーの言う通りでしょうね。で、私たちの行動予定だけど…。中規模の群れを蹴散らして草原に向かうか、回避の為、右に迂回しながら草原に向かうか。どちらかね。」
「ミラ姉、でも、まだ草原の方から戦闘音はかすかに聞こえているよね。」
「シャルが囮として追い出されてどれくらいたつのか分からないけど、まだ戦闘音が続いているってことは、そんなに圧倒的な戦力じゃないと思うんだけど、どうかな?」
「そうね。だから、ゴブリンアーチャー一匹しか追っ手に出さなかったのかもね。」
「それなら、蹴散らす手もありかもしれないね。迂回してほかの群れに出会ったら元も子もないしね。」
「お願いです。お姉ちゃんたちを助けてください。」
シャルがミラ姉に抱き着いて頼んできた。
「でもねぇ。あなたみたいに小さい女の子を囮にするような人たちを助けてほしいって言われてもねぇ。」
「違うんです。お姉ちゃんたちは、小さい頃からいつも一緒で…。私を逃がしてくれるって言ったおじさんは、6日初めて会ったおじさんで…。お姉ちゃんたちはいつも優しくて、大切な家族なんです。だから…、助けてください。お願いします。私ができることなら何でもします。だから、お願いします。」
「分かったわ。あなたにとって大切な家族は、お姉ちゃんたちなのね。でも…。」
「ミラ姉の心配は分かる。ゴブリンの群れがいる方に向かうなんて気が進まないよね。でも、その群れを迂回しても安全は確保できない状況でしょう。それなら、やりたい方を選ぼうよ。助けたいか、助けたくないか。」
「シャルを囮に使うような奴らだから助けなくても全然いいと思っていたけど、シャルの大切な家族がその中にいるのなら助けてもいいと思うぞ。」
アンディが直ぐに応えてくれた。
「そうだね。リスクの大きさがはっきりしないのなら、群れの規模と能力が少しでも分かっている方が作戦が立てやすいかもな。」
ロジャーも助ける方に賛成のようだ。
「私も同じ気持ち。助けたいと思う。勿論レイもそうなんでしょう。」
「勿論。」
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