第24話 撤退

 「レイ、起きてっ!起きなさい。」


 ミラ姉が小さいけど焦った声で僕の肩を揺すりながら呼びかけていた。


 「んっ?どうしたの?」


 「窓から外を見て。それから対応を話しましょう。」


 アンディとロジャーは別々の窓から外を見ているようだ。


 外から

 『グゲッ、ゴググジュ…』

 という鳴き声のような、話し声のような音が聞こえていた。


 僕は、ベッドから起き上がってミラ姉がいた方の窓に近づいて行った。


 「ゴブリン…。」


 外には、ゴブリンが5匹ほどでフォレストシープを担いで森の奥の方に歩いて行っているのが見えた。


 「ゴブリンがいたね。でも、ゴブリンは、夜行性だし、夜見かけるのは不思議なことじゃないと思うんだけど…、どうしてそんなに焦っているの?」


 「そうね。レイが起きた時、たまたまゴブリンが獲物を担いて移動していただけなら何も焦ることはないし、こんな時間にあんたを起こす必要もない。でも、たまたまじゃないの。」


 「そうだぜ。ひっきりなしって言っていいくらいの頻度で獲物を担いだゴブリンが森の奥に入っていってるんだ。」


 「異常なくらい頻繁に、しかもすべてのゴブリンが何らかの獲物を捕らえている。これって変だよ。」


 「じゃあ、最弱魔物のゴブリンが森の異常の原因なの?」


 僕が知っているゴブリンは、くず魔石しか持っていない森では最弱に属する魔物だ。そんなゴブリンが森の異常の原因だなんて信じられなかった。


 「レイが言っているゴブリンは、森の浅いところに1匹か2匹で現れるゴブリンのことでしょう。」


 「違うゴブリンがいるの?」


 「同じゴブリンだけど、違うゴブリン。まず、多数の群れのゴブリン。これは、レイが知っているゴブリンだけど、数の力でボアぐらい簡単に倒してしまう。30匹以上のゴブリンが徒党を組んで襲ってくると5人パーティーでも私たちのような初級ランクのパーティーだと簡単に全滅してしまう。」


 「そりゃあ、30匹のゴブリン一度に襲ってきたら初級ランクパーティーには厳しいと思うけど、今の僕たちなら余裕で何とかなるんじゃない。」


 「そうだね。僕たちのパーティーは、4人とも遠距離攻撃ができるからね。位置取りと連携さえきちんとできれば、余裕だろうね。でも、違うゴブリンもいるんだ。」


 「違うゴブリン?別の種類のゴブリンなのかい?」


 「同じだけど違う、進化したゴブリンだ。ゴブリンソルジャー。ゴブリンマジシャン。ゴブリンナイト。ゴブリンアーチャー。いろいろなゴブリンがいんだ。」


 「そして、最悪なのが多数のゴブリンを従えた多数の進化したゴブリンなのよ。」


 「レイが寝ている間この中から確認できたのは、ゴブリンアーチャーに率いられた群れやゴブリンソルジャーに率いられた群れ。分かっただけでも5匹の進化したゴブリンを確認することができたの。」


 「それで相談なんだけど、今回の依頼をいったん終了してくれないか?」


 「これ以上森の奥に入らないでできるだけ早く町に戻って、ギルドにこのことを報告した方が良いと思うの。」


 ミラ姉は、僕の目を見ながら話してきた。


 「分かった。その通りだよね。」


 僕は、勿論反対などしなかった。森の奥に入れないのは残念だけど念願の野営もできた?何よりも危ない。


 「撤退の仕方について確認するわね。」


 ミラ姉がこれからの計画を立案してくれた。


 「ゴブリンは夜行性だから移動開始は、完全に夜が明けてしばらくしてからにするわ。レイは、このコテージをそのまま収納できる?」


 「大丈夫だと思う。」


 「収納後残る穴はそのままでいいわ。他の人が見ても何の穴か分からないでしょうから。できるだけ短時間で撤収準備を済ませてできるだけ早く草原に出ましょう。」


 「そうだな。草原に出た後もできるだけ森から距離を取った方がいいな。」

とロジャーが付け加えた。


 「じゃあ、今からはどうするの?」


 「寝ましょう。勿論、見張りとして一人は、起きているようにするけどね。アンディは、もう寝なさい。ロジャーからでいいでしょう。月が沈む時には起こして、私と交代しましょう。」


 ミラ姉の指示で僕たちは寝ることにした。



 「あら、目が覚めたのね。」


 「うん…。何時間くらい寝てた?」


 「1時間もたってないかな…。そろそろ昼ご飯だけど、どこで食べようか?そうだ、お父さん、次に車が止められそうなところがあったら止めてくれる?」


 母さんは、タブレットの画面を触りながらそう言った。グー〇〇マップで情報収集中だった。


 「この先から海の方に行くと、黒曜石の路頭が見られる場所があるらしいの。私、黒曜石なんて標本でしか見たことないから絶対見てみたい。海岸へ降りていくことができるところもあるようだから行ってみない?景色もいいと思うの。どう?」


 「黒曜石って何?特別な石なの?」


 「じゃあ、黒曜石について説明しよう。」父さんが出てきた。


 「それは、後で良いわ。今は、ご飯食べる場所を決めたいから。で、そこに行っていい?」


 「もちの論だ。」


 父さんは乗り気満々だ。


 30分ほどで海辺に到着。車が止められる場所を見つけて海岸へ降りて行った。


 丸くて白っぽい石がゴロゴロと転がっている海岸に出て石をいくつか収納してみた。


 何に役に立つかは分からないけど海の水も収納する。海の水はかなりたくさん収納したけど収納しているように見えないところが良い。


 三人でお弁当を食べて、黒曜石の露頭というものを見に行った。


 真っ黒でゴツゴツしてるけど鋭くとがっている場所やピカピカ光っている場所があって初めてみる石だった。


 収納しても分からないような場所を少し収納してみた。


 草刈りボランティアの場所へは後1時間位らしい。だんだん山道に入ってきて行きかう車をほとんどなくなった。


 カーナビの案内が目的地付近に到着しましたと告げてきたけど、ただの山道だった。


 「義忠のお父さんが車で待っているって言ってたからこのまま進んでいいと思うよ。カーナビはともかく、グー○○先生はこの先だって言ってるから。」


 母さんは、グー〇〇先生に絶対の信頼を置いている。多分カーナビでも道をたどって確認しているんだと思う。


 しばらく進むと白いバンがぽつんと止まっていた。側に車を止めて母さんが車に近づいていった。


 「ご無沙汰しています。持田先生。」


 「こちらこそ、突然お願いの電話なんかしてしまって申し訳ありません。」


 「とんでもないです。先生のお役に立てるなんて願ってもないことです。息子は、あれから本当に頑張っています。」


 「義忠君は、今日はどうしたのですか?久しぶりに顔を見てみたかったのですが。」


 「あいつは、何かあれば「先生が見てる。」

 とか、

 「お前は、できる。先生がそう言った。」とか言うほど先生のこと大好きなくせに、


「今日は先生に会いに行くぞ。」

って言ったら

「お父さん、僕はまだ、先生に会えるほどのことを成していません。先生にはそう伝えてください。」

なんて変な言葉づかいで言って仕事に行ってしました。」


と申し訳なさそうに伝えてきた。


 「そうですか。では、義忠君に「わたしの言いつけを忘れてなくて何よりです。」

とお伝えください。そして、「これからも、私は、義忠君のことを気にしている。」と言っていたとお伝えいただけば幸いです。」


 義忠さんのお父さんは恐縮した様子でウンウンと頷いていた。


 昔、義忠さんとお母さんとの間に何があったかは分からないが、義忠さんの魂に刻まれるような出来事があったことは容易に予想できる。

 (すごいな。母さん。)


 僕たちは、義忠さんのお父さんに案内されて山の中の方に行った。


 車二台がようやく駐車できるくらいのスペースが整地され、草が刈られていた。


 「この場所を冬はスキー場、夏場はキャンプ場にしようという計画があって2年前から草刈りや整地を行っているんです。貧乏な地方自治体の地域振興計画ですから、なかなか予算がつかず、ボランティア頼みの計画という情けない状態なのですが…。今年、先生にボランティアの申し出がある前は、計画が頓挫しそうな状態で…。同時に3名のボランティア申し込みがあったのは初めてで…。」


 「ところで、今回の草刈りボランティアですが、その範囲はどこからどこまでになっているのでしょうか?」


 「特に範囲は指定しておりません。ボランティアですからできる範囲で結構です。」


 「あの…。どのくらいできるか分からないのですけど、木を切ったり草を刈ったりしてはいけない場所というを分かるようにしていただければ安心なんですけど…。私たちかなり開墾、草刈り能力が高いのです。許可範囲を超えてしまってトラブルになると心苦しいですから。」


 母は、やんわりと常識外のことが起こることを伝えているようだがなかなか伝わらない。


 とうとう母からえもいわれぬオーラが漂い出した。


 「すすらんテープを何本か用意しています。開墾エリアをこのテープで囲ん下さいますか。その内側であれば開墾OKと分かるように。よ・ろ・し・く・お願い・い・た・し・ま・す。」


 義忠さんのお父さんは青い顔で、


「は・い。」


 と返事をして母に受け取ったスズランテープと同じく母から受け取った杭と大木槌をもって走っていった。


 僕のお父さんも一緒について行った。


 一人でスズランテープを引っ張っていく義忠さんのお父さんを見ておくことが忍びなかったんだ。


 母は、テキパキと境界線にスズランテープを張る二人のお父さんを満足そうに見ていた。


 (この人には逆らってはいけない。)


 汗を拭きながら二人のお父さんが車のところに戻って来た。


 「二人ともご苦労様です。冷たいお茶、如何ですか。」


 母さんは、二人に氷で冷やした麦茶をコップに入れて手渡した。麦茶は、僕が出しました。


 もちろん、氷もです。


 母には、役に立つことを見せないといけないと感じていたのは父たちだけではありません。


 義忠さんのお父さんが帰ってすぐ僕たちは、テントを立てる場所とバーベキューをする場所を作ることにした。


 (周りには誰もいない。)


 多分。


 「エアカッター・20」


 昨日作っていたエアカッターを連射した。


 まずは、20発。少し、砂埃が舞い上がる。


 「母さん、水まかないと砂埃がすごいことになりそうだよ。」


 「お父さん、来る途中に川かため池があったわよね。」


 「小川と大き目のため池があった気がするぞ。」


 「ため池に行ってみましょう。この広場にほこりが立たないくらいの水撒きに必要な量はそう多くないでしょう。表面から2cm位の水を収納して撒けば十分土埃予防にはなると思うわよ。」


 山を少し降りるとため池があった。水が減ったことが分からないくらい水を収納したが20トン近い水を収納できた。


 雑草を弱らせるために90℃まで温めたお湯を地面に撒いた。


 ㇺっと水蒸気があがって我慢できないくらい蒸し暑くなった。


 そのままでは、バーベキューどころではないということで、4℃まで冷やした水を同じように撒いた。


 急に寒くなった。15時過ぎとはいえ、照り付ける太陽の光が心地よかった。


 「エアカッター連射!」


 角度を少しずつ変えながら雑草を根元から切って行った。


 バーベキューのスペースは直ぐにできた。土を移動して斜面を平らに慣らしていった。


16時前にバーベキュースペースとキャンプスペースができた。


 初日の目標達成。後はひたすら雑草狩りを行った。スズランテープを超えないように注意した。頑張った。


 夜は、バーベキュー、肉、肉、肉、野菜、焼きおにぎりもおいしかった。


 ここで二泊三日の草刈りボランティアをする。岩や草、木を収納しながら素材を採集する予定だ。粘土なんかも見つけることができたら嬉しいのだけど。


 少なくとも腐葉土は十分手に入るようだ。


 両親は、遅くまで飲んで食べてキャンプを楽しむようだ。僕は、暗くなるとすぐにテントに入り寝袋の中で横になった。


 (今日は、たくさんの物を収納したけど全然分析できなかったな…。でも、面白かった。)


 直ぐに眠気が僕を包んでいった。

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