第16話 退院って

 パッチリ目が覚めた。


 今日は退院の日だ。母が来るのは10時30分。

 いつもなら本村先生の回診が終わって一息した時間。

 朝ご飯をたべて一息ついてリハビリに行こうかなとしている時間。


 吉井さんは、今日は勤務日だった。明日から会えなくなるのは寂しい。


「おはようございます。今日で退院ですね。おめでとうございます。」

 吉井さんだ。


「朝食は8時から回診で健康状態を確認して、問題なければ10時30分に退院です。お母さまが、10時くらいにはいらして清算をなさっていると思いますから荷物を持って下に降りていけばそのまま退院できると思います。」


 業務連絡モードの吉井さんだよ…。僕って嫌われてた…。少し悲しい。


「玲君、頑張りましたね。本当のこと言えばもうだめだと思っていました。何度も諦めました。でも、びっくりするくらい急に元気になりましたね。奇跡を起こした君に私たち看護師は、本当に元気をもらいました。ささやかですが、私たちからのプレセントです。良いですか。一杯食べて、一杯寝て、一杯笑ってずっと元気でいて下さい。青い顔して戻ってきたりしたら許しませんよ。本当に、ありがとうございました。本当におめでとうございます。」


 吉井さんが小さな花束を渡してくれた。僕は、本当に退院できるんだ。


 荷物を整理してバッグを抱えて一階に降りて行った。父さんと母さんが来ていた。


 ニコニコ笑いながら僕を出迎えてくれた。


「「お帰り、玲。」」


 両親は声をそろえて迎えてくれた。

 

「えっ…?ただいまかな?」


「そう。ただいまよ。よく頑張ったわね。」


 お父さんが僕の荷物を持ってお母さんに肩をつかまれ車まで戻っていった。



「玲、どこか行きたい所や寄りたいところなんてない?」


 助手席に座った母さんが聞いてきた。


(病院でできなかったことで今日したいこと)


「図書館に行きたいな。市立図書館で本を借りたいのだけど、寄ってくれる?図書カード作ってなかったと思うから、今日作れたら本借りれるかな…。」


「玲、大丈夫よ。母さんが持ってるから。あなたのカード、今日作れると思うけど、間に合わなくても私のカードで借りることができるわ。」


「私のカードもあるぞ。」


 父さんも乗っかって来た。


 僕たちは、市立図書館に立ち寄った。

 そこで凸版印刷についての本や有機化学の本火薬の本。

 中世の武器と防具ことについて書いてある本。

 ハイファンタジーの小説など10冊の本を借りた。

 ファンタジーの本は、魔術の参考にならないかと思って借りたのだが小説は、現実とは別の物のようだった。


 保険証があったので、図書カードは直ぐにできた。〇〇市では、図書カードを作ったことがなかったようだった。貸出手続きは、すぐに終わって本を借りることができた。



 昼食は、僕のリクエストで、マイクロナルドのグッデイセット。久しぶりのいや、初めてのファーストフード。ジャンクフードだ。ハンバーガーを食べる僕を見て両親は目を丸くして微笑ましそうに見ていた。


「一緒に食べようよ。」


 その後、ゲッデーによって、インクと画用紙、コピー用紙を購入してもらった。インクは黒・青・緑・赤・黄を購入してみた。陶芸用の粘土も買ってもらった。消石灰と鶏糞それにヒノキぶろは人目を盗んでアイテムボックスに入れ出ししてみた。屈んで、手で軽く触っているだけだから問題ないはず。後、花火と夏だというのに薪を購入して家に帰った。


「玲、今日の退院祝いは何食べたい?」


「う~ん。食べたいものは沢山あるけど、夏と言えば冷麺。冷やしトマトかな。」


「それぐらいだったらすぐに作ってあげられるわ。」


 母さんは、退院祝いだと冷麺と冷やしトマトのほかにも鶏のから揚げやポテトサラダ、枝豆なんたも作ってくれた。美味しかった。


 全部収納してメニュー化したかったのだができなかった。だって、僕が一口食べるたびに母さんがうるさかったから。


「美味しい?だの、まだ食べるの?だの、大きな口を開けているだの。箸を止めないだの。…」


 母さんは只々、嬉しかったらしい。料理を作ることも食べることも好きだったのに、あまりに僕が食べないから嫌になって作ることが少なくなっていたらしいんだ。


 僕だけじゃなく、父さんも涙を流しながら美味しい美味しいを繰り返しながら食べるものだから、15年分舞い上がっていたようだ。だからせっかくのご馳走をメニュー化することができなかった。


 でも、いずれできるはずだから、良いことにしておく。母さん、美味しい晩御飯ありがとう。


 食事の後。


 ゲッティで買ってきたインクと紙を収納して魔法コピー機を披露した。まあ、そこまでびっくりしてなかったのは日ごろからコピー機を利用しているからだと思う。


 蝋燭と炎を収納し、ライトをつけたままの懐中電灯を収納してみた。アイテムボックスに色々なものが消えていくのは不思議そうにしていたけど手品を見ている感覚だったのだろう。


『イリュージョンです。』とか『超能力です。』とか言ってやってみたら拍手をもらえたかもしれない。


 収納しては、アルケミーの呪文を唱えた。材料が揃っていないため、汚れや傷が無くなったり目立たなくなったりするだけでアイテムボックスの中で増えることはなかった。


 実際、アイテムボックスが手品の種だから種も仕掛けもあるマジックと変わらないと言えないことはないだろう。


 どうしたらアイテムボックスと精錬のことを分かってもらえるのだろう。実際僕の精錬は材料がなければ作ることができない。宝石とか金貨とかを何もないところから作ることはできない。そういう意味では、質量保存の法則は成立しているようだ。


「玲、僕たちはこれ以上ないくらいびっくりしているぞ。」


「ん?。何のこと?」


「玲が、元気になったこと。美味しそうにご飯を食べること。」


「そう。朝からずっと元気なことなんて、今まで見たことあったかしら。」


「本村先生から聞いてはいたけど見ることができて嬉しくて、ビックリして。」


「だから、玲がしたいことや考えていること教えて頂戴。もう、ビックリすることは慣れてきたみたい。」


「分かった。作り話じゃないんだ。信じられない事実。どうしてかなんてわからないけど不思議なことが僕に起こったんだ。いや…、ずっと起こっていたみたい。」


「何が起こっていたんだ?」


「違う世界で生きていたってこと。僕は、寝ている間は、違う世界で起きているんだ。」


「それは、夢の世界かい?」


「そうだよね。寝てる間の世界だからね。もしかしたらそうとも言えるのかもしれない。夢の世界かもしれないけどそちらでは現実世界なんだ。15歳の誕生日、僕が死にそうになっていたあの日まで、あっちの世界の僕も病弱だったんだ。」


「向こうの世界のって、こちらの世界と違う世界があるの?」


「そう。こっちと全然違う世界なんだ。科学は遅れているけど、魔法がある世界なんだ。そして、あっちの世界で僕は、魔力病っていう病気だった。」


「魔力病?」


「魔力を体の外に出せなくて体を壊してしまう病気。そして、誕生日までこちらの僕もその病気だったみたいなんだ。いや、病気だったんだ。」


「…。」

 両親とも言葉がなかった。


「あの日、向こうの僕が魔力回路っていうのを活性化して気を失って、僕は、母さんに呼ばれて気が付いた。それから向こうの時の記憶で魔力回路を活性化できたんだ。だから、今も魔力回路は活性化していて、魔術を使うことができる。」


「誕生日の日に病気が治ったのは、魔力回路というのを使うことができるようになったからと言うのね。活性化するっていうのは使うことができるっていうことでしょう。」


「そう。魔力回路を使うことができるっていうこと。魔力回路を使うことで魔術を使うことができる。ちょっと待ってね。」


「アイテムボックス」


 僕は、空気をアイテムボックスの中に収納した。


「アルケミー・エアカッター」


「ちょっと外に出ようか。」


 僕たちは、公園まで歩いて行った。周りに誰もいないことを確認して…。


「お父さん、お母さん、あの木の枝を見てて。アイテムボックス・オープン・エアカッター」


『シュッ、バサバサ』

 3cm程の木の枝が落ちてきた。


「えっ?今の玲がやったの?」


「どう?不思議でしょう。」


「不思議ねぇ、それが魔法なのね。」


「「ハンドパ〇ーです。」って訳じゃないよな。」


「それって何?」


 公園でエアカッターを実演した後、話をしなが家に戻った。


「それでさ、向こうの世界では、父も母も亡くなってしまってて、小さいころから兄弟のように育った4人で生活しているんだ。」


「大人はいないの?」


「そう、みんな小さい頃は村の大人たちに育ててもらっていたんだけど、向こうの世界は15歳で成人だから。僕らだけで生活するようになってきたんだ。」


「子どもだけで生活できるの?」


「そりゃあ大変だよ。だから、こっちの世界の知識を使ってみんなを幸せにしたい。それから、魔術回路なんていう不思議な力を使ってこっちでもお父さんやお母さんの役に立ちたいと思っている。」


「そんなに急がなくていいぞ。こ・っ・ち・の世界では、玲はまだ子どもなのだから。できることややりたいことを少しずつ見つければいいんだ。」


「でもね。自分ができること色々試したいんだ。だから、迷惑をかけるかもしれないけど、手伝ってくれるかな。」


「それと、これは、今までとあんまり変わらないんだけど、僕は、向こうの世界とこっちの世界両方で生きていかないといけないからさ、どうしてもたくさん眠らないといけなくなってしまう。向こうの世界であまりに起きている時間が短かったら命にかかわるから。だからこっちの世界では、ロングスリーパーになってしまうんだ。」


「そういえば、玲はよく眠っていたわよね。昔から、そういう意味では、あまり変わらないわね。特に、夏休みの間はね。」


「今までは、病気だっていうことで学校も休みがちで、昼間起きている時間が短くても何も問題がなかったけど、元気になったらそういう訳には行かなくなるかもっていう心配があるんだよね。」


「分かった。玲が元気になったことと不思議な力を持っていること。これからその使い方を見つけていこうとしていること。よし、楽しくなってきた。ワクワクしてきたぞ。」


 父さんがにんまりしながら僕を見てきた。


「父さんも一緒に色々試していいだろう。」


「おっ、おう。宜しくお願いします。」


「え~っ!ずるい。私も色々試したい。」


「うん。頼みます。でも、二人とも仕事は大丈夫なの?」


 ちょっと心配になった僕はいたって普通だと思う。


 家についても、あれがしたい、これをしたらどうだとワイワイ言いながら退院一日目を終えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る