第5話 15歳で二日酔いって
頭が痛い。
(気がする。…二日酔い?ムカムカする気もする。今日は朝ご飯を食べる気がしない。)
カーテンが開けられて、吉井さんが良い笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます。はい、まずは、検温です。」
吉井さんは、笑顔で体温計を渡してくる。それを受け取った僕は、脇の下に体温計を入れる。
「ピピピッピピピッ」
体温計は、36.5℃。
「平温、問題なし。」
吉井さんは検温結果をボードに閉じられたチェック表に記入した。
「今、何時かわかりますか?玲君は朝食もないから、眠っている間は起こしていないですが、さすがにこの時間まで熟睡しているって信じられません。」
(昨日は、夜遅くまで飲んだり騒いだりしていたからな…、15歳で二日酔いを経験できるなんて思ってもいなかった。今までは、食事を口にするのも億劫だったし、炭酸ジュースさえ味気なかった。激辛のカレーは、まずいと思った。酒の匂いは不快だった。そんな僕が二日酔いなんて…。まあ、実際、こっちの世界では、酒なんて舐めてもいないのだけど…。脳が二日酔いを感じているのだろう。吐く息は、アルコール臭くないはず。僕自身も感じないし。)
起きて間もなく回診の時間は、かなり過ぎていたのだけど、本村先生が病室にやって来た。
「玲君、気分はどうですか?」
「えっ?頭が痛いような。少し胃がむかむかするかもしれないです。」
「胃がむかむかする?どうしてだろうねえ。胃は空っぽでようやく胃腸が動き始めたばかりだというのですが…。経口摂取は、もう少し待ったほうが良いかもしれませんね…。」
「ちょっと、待ってください。頭痛と胃のムカムカは夢のせいだと思うのです。何故か、お祝いの席でお酒を飲むリアルな夢を見たのです。その夢がリアルで二日酔いのような症状が今の状態と思うのですが…。」
「おいおい、夢で酔っ払ったなんて本気で言っているのかい。体調不全をごまかしてもどうにもならないよ。」
「けっ、検査をお願いします。僕の健康は万全になっています。…、多分。」
「もちろん、そのつもりだよ。今日は、検査のスケジュールを伝えに来たんですよ。まず、血液検査、看護師が採血に来るから宜しくね。それが終わったら、レントゲンだよ。MRIは、今日は空いていなかったから明日ね。まずは、それくらいかな。胃カメラや大腸カメラもお願いしたいところだけど、それは、経口摂取ができた後だし、どちらかというと医学的興味からだから、経口摂取後、体調が悪くならなければ必要ない検査になるかな…。ということで、まずは、触診だよ。横になってお腹を出してください。」
「はい。」
僕はお腹を出して寝た。
「力を抜いて、足は、少し曲げようか。そう、…、壊死していた所は、回復してきたようだね。しこりもなくなっていて、筋肉の柔らかさが戻っている。不思議だ。脇腹の部分の腫れもなくなっている。…、じゃあ俯せになってくれる。」
僕は、寝返りを打ってうつぶせになった。
「寝返りもスムーズだね。昨日までと全く違う。背中側の腫れやむくみはなくなっている。OK、触診の結果から言うと健康体。聴診器を当てさせてもらうよ。上を向いて…、お腹は出したままでお願いしますよ。」
「はい。」
言われるままに上を向いて力を抜く。少し冷たい聴診器がお腹に充てられる。
「はい、OK。胃腸もよく動いているようだ。お中には何も入っていないのにね。」
本村先生は、僕のお腹からは聴診器を外すと、耳からも外し、首にかけた。
「じゃあ、検査結果がでたらまた来るね。」
しばらく後、吉井さんが採血の道具を持ってやってきた。
その日は、レントゲン室には車いすで行った。ベッドから離れるのは久しぶりだったけど本当のことを言えば歩いていきたいくらいだった。
点滴のおかげでお腹がすいて倒れそうになることはないが、お腹は死ぬほどすいている。何か食べたい。そんなことを考えてベッドでウダウダしていたら先生がやって来た。
「二日酔いは治ったかい?」
「あはは…。はい、ばっちりです。若いですから」
「検査結果は良好だったよ。血液検査も健康体そのもの。栄養不足はしょうがないけどね。レントゲンも特に異常なし。気になる影なんかもなくなっていた。この調子ならMRIの結果を見なくてもいい気もするけど、やっぱりMRIの結果をみて経口摂取に入ろうね。うん。明日までの辛抱だよ。…という訳で、明日は10時からMRI検査だ。その結果はすぐに送られてくるからうまくいけば、…そうだね。昼食は経口摂取一回目になると思うよ。まあ、重湯からだけどね。」
と片目をつぶって先生は出て行った。
(ウィンクだったのだろうか。アラフォー男性のウィンクは、いらないのでお返ししたいのだが…。御飯が近づいたということで我慢する。)
時間は、まだ早い。でも何もすることはない。
(よし、実験をしよう。レントゲン室に行ったときに何か収納しようとしたけど車いすの上からじゃどうしようもなかったからな…。)
僕につながっていた管は劇的に減っていた。今は点滴だけになっている。
オシッコを、尿瓶でしないといけないのは、我慢しないといけない。あまり頻繁ではないのだが、点滴しているとオシッコしたくなる。
尿瓶に入った尿を収納してみる。点滴も収納してみたいのだけど管が切れたり、針を刺しおさないといけなかったりするとどうしようもなくなるから自制している。
尿瓶だけを取り出す。尿は、アイテムボックスの中にある。これで捨てに行ってもらう必要はなくなる。
(便利。)
引き出しのパジャマの替えや下着も収納した。もちろん履き替えた下着も収納してアルケミーの呪文で新品同様に精錬してみた。
(これも便利。洗濯しなくて良い。)
いよいよすることが何もなくなってきた。平日のこんな時間に見たいテレビ番組もない。横になっていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
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「おはよう。レイ。気分はどうだ。二日酔いになっていないか?」
「大丈夫。沢山寝たからね。」
「そうか。じゃあ、朝ご飯を食べるか。もう、昼近いが、昨日のご馳走の残りがあったようだぞ。」
神父様に誘われ、教会の食堂についていって、遅い朝食をすませた。
「レイ。ちょっとこのまま待っていてくれ。」
神父様は、そういうと食堂を出ていこうとした。
「神父様、この残っている食事、少しもらっていいですか?」
「んっ?私ひとりじゃ全部は食べきらないからな。少しと言わず半分くらいもらってくれ。」そう言うと出て行った。
僕は、食事を収納した。スープは、スープ皿になみなみと注いで収納した後、スープ皿だけ取り出した。
他の料理も皿に取って収納し、精錬して皿だけを取り出した。アイテムボックスには、スープと残り物の料理が登録された。
ドアが開き、神父様が戻って来た。
「レイ、これがお前の父親の剣だ。」
剣は、先端のほうが折れていて、刃は、所々欠けていた。
「そして、これはお前の母親のナイフ」
そのナイフは、二つに折れていた。ぽっきりと。
「両方ともミスリルだ。レイの冒険の相棒としてはふさわしいだろう。」
「アイテムボックス」
僕は剣とナイフを収納した。
「アルケミー・ナイフ」
新品同様のミスリルのナイフが手元に現れた。刃こぼれ一つない僕の相棒。
「アルケミー・ソード」
ミスリルの剣が手元に現れた。でも、短い。明らかに元の剣よりも刃の部分が短い。
(僕にはちょうど良い長さだけど、どうして修理できないんだ?)
(二日酔いか?二日酔いのせいで失敗したのか。)
(しかし、失敗ではない。短くなったが刃こぼれもない立派な剣だ。僕の相棒だ。それにしても、僕は、この相棒と冒険ができるのだろうか?今まで病弱で剣の練習なんてしてなかったぞ。足だってそう速くないし、体力はこれからだ。このままじゃ、すぐに死んでしまう気がする。)
まずは、剣でも振ってみよう。
「神父様、僕に剣術を教えてくれませんか?」
「剣術か?無理だな。私は、神父なのだぞ。冒険者だった時も、後衛だ。杖か、スタックしか使ったことがない。」
「じゃあ、攻撃魔術を教えてください。」
「んーん…。できるなかぁ…。しばらく使っていないからな…。」
神父様は、頭を掻きながら村から出る門を通って森に向かう道に歩いて行った。
「レイ。見ておけよ。まず、魔術回路から利き腕のほうに向かって魔力を練っていく。イメージするのは風の刃。鎌イタチだ。」
「ウィンド・カッター」
神父様の右手のほうから真空の刃が現れ、手首ほどの木の枝を落とした。
「狙いは不正確だが、何とか出すことができた。どうだ、レイ。やってみろ。」
僕は、言われたように、鎌鼬をイメージして魔力を練ったつもりだった。
「ウィンド・カッター…。」
何も起きない。魔力も動いた気配がない。
(ど、どうして…。魔力回路も活性化しているし、職業も魔術師のはずなのに…。どうしてなんだ…。攻撃魔法ができない。)
「神父様、ウィンド・カッターは…。まだ、難しいです。…、練習したらできるようになるでしょうか?」
「そうだな…。どうだろう。できるようになるか、ならないか…。私が一番初めにできた攻撃魔法だし、職業を賜ってすぐにできるようになった魔法だからなぁ。もちろん威力は小さかったがね。」
「レイ。お前は、すでに様々な物を修理できるのだからそれを生かして村に貢献できるのではないかな。それに、精錬魔術を使い続ければ、熟練度も上がってそのほかの魔術も使えるようになるかもしれない。」
「そ…、そうですね。あっ、神父様、それじゃあ、身体強化なんてどうでしょうか。物を修理するときも重たいものを持ったり、運んだりする必要があるかもしれないので…、それに、剣を振るにも、今の腕力では難しいと思うのです。」
「しかし、身体強化は、筋力をつけた後じゃないと体への負担が大きいぞ。怪我につながることもあるからな。まずは地道に体を鍛えるほうがいいと思うぞ。もう少し、体ができたら身体強化をやってみよう。そうだな。剣の素振りから始めるのがいいと思う。素振りくらいだったら私にも教えられるからな。」
「…、分かりました。」
僕は、そう返事をし、森への道から少し離れた広場で、剣の素振りを教えてもらうことにした。
(華々しい、冒険者デビューなんてことはできなかったなぁ。)
僕は、少しへこみながらも、神父様に素振りを教えてもらうのだった。
しばらくの間素振りの仕方や気を付けないといけないことを教えてもらった後、神父様は村へ戻っていった。
僕は、黙々と素振りを行ったが、間もなく腕を上げることさえ辛くなってしまった。
本当に体力・筋力不足だ。少し休んでは、素振りを行い、休んでは行う。暗くなるまで素振りを繰り返した。
村の家に戻って、食器を出し、神父様にもらったスープをアイテムボックスら食器に移した。残りの料理も食器に移し夕食を食べた。スープは、まだ熱々で料理もおいしかった。
アイテムボックスでは、時間経過がないようだ。台所でお湯を沸かして、桶にすくい、水を足してちょうどよい湯加減にした後、手拭いで体を拭いた。
残ったお湯は、アイテムボックスに収納した。熱湯がアイテムボックスの中に収納された。
(明日も熱湯のままかな…。)
ついでに、火が付いたままの薪や炭火も収納してみた。
(これもどうなっているか楽しみだ。)
火がなくなり、真っ暗になった。自分の部屋のベッドに行って横になった。腕も足もパンパンだ。沢山体を動かしたからすぐに眠気が僕を包んだ。
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