第6話 アルケミーって
「おはよう。今日は早いね。」
吉井さんだ。
「おはようございます。」
目が覚めたけど、何もすることがない。
精錬できるものは、全部したはず。昨日から自由に手を動かすことが出るようになったから、病院のラックの中に入っているものは殆ど精錬してみた。
お金は、新札や新硬貨のようにピカピカにはなったけど、枚数や個数を増やすことはできなかった。増やせたら犯罪だからね。
だから、することが何もない。お腹は空いている。ひたすら、昼を待つ。昼には、何か食べられるはずだ。だから昼を待つ。
点滴をしてるけど関係ない。腹は減っているのだから。
(もうだめだ。腹が減った。)
「玲君、元気?」
本村先生が来た。
「はい。元気です。元気すぎてお腹がペコペコです。」
「はいはい、昨日も聞きました。今日は10時からMRIね。検査結果が良かったら、経口摂取やってみようね。じゃあ、確認の触診、始めるよ。」
僕は、先生の指示するままに触診と聴診器の診察を受けた。
「はい、OK。昨日に引き続き健康体。MRI検査の結果も期待しているよ。じゃあね~。」
先生は、そのまま病室を出て行った。
時間が近づいてきた時、吉井さんが車イスを押しながら迎えに来てくれた。
「玲君、MRI検査に行きましょう。」
「はい。よろしくお願いします。」
「体調は、悪くないですか?今日は、二日酔いは大丈夫?」
「吉井さん、昨日の先生との話聞いていました?」
「いいえ、引継ぎで伝えられただけです。」
「嘘だ。本村先生以外であの時そばにいたのは吉井さんだけだ。でもかなり離れたところにいたような気がするのだけど…。」
MRIは、滞りなく終わった。もちろん結果は良好。
昼ごはんの時間から経口摂取になる。重湯からだから物足りないのはあたりまえだけど。
昼食。
「御飯だ。御飯。」
本村先生が来た。
(そうだろう。数か月ぶりの食事だ。口から食べ物を入れるのが数ヶ月ぶりなんだ。先生が来るのは当たり前。緊張なんてする必要はない。泣くんじゃないぞ。ただの重湯。感動するほど美味しいはずはない。)
「玲君。久しぶり?の昼ご飯だよ。」
吉井さんが昼食を持ってきてくれた。
「いただきます。」
サラサラとしたスープ。白いスープ。
重湯は、塩味の御飯のスープ。消化吸収に優れていて病人食として使用されることが多い。
「美味しい。」
(いやいや。美味しくても泣くな。すでに泣いた、記憶がある。美味しくても泣きたくない。でも…、美味しい。)
「なんで、泣いているの?」
吉井さんが僕を見て不思議そうな顔をして聞いてきた。
「美味しいから。」
それ以上何も言わなかった。
吉井さんは不思議そうな顔をしたけど聞き返すことはなかった。あっと言う間に食べ終わってしまった。
(もっと食べたい。)
本村先生は、僕が食べ終わったのを確認すると腹部触診と聴診器を当てた後、笑顔で僕を見て病室を出て行った。
食後、1時間ほどして吉井さんが採血に来た。今回は、3本の注射器を持ってきた。
「吉井さん。その三本って全部僕ですか?」
「そうですよ。いろいろ検査しないといけないからですね。経口摂取してきちんと吸収できているかどうかを検査で確認しないとね。」
僕の右手側に採血し終わった血液が置いてある。
吉井さんは、採血の時、針を刺す瞬間目をつぶる癖がある。その瞬間にアイムボックスに収納し、元に戻す。
今回のミッション。血液の収納。これで、血液精錬ができる。僕の血液だけかもしれないけど。保険ができる。向こうの世界は、死が身近すぎる。
血液収納後、一瞬で元に戻す。
(OK。できた。)
血液ってどうしたら作れるのだろう。
(理科で血液の成分は習ったと思うけど…。忘れたかもしれない。)
(赤血球、白血球、血漿)血液の成分は三つ。赤血球は、酸素を運ぶ。鉄を含む血球だった。…はず。赤血球は、化学反応で酸素を運ぶ。イメージはできた。血漿は、液体成分。透明、血小板も運ぶ。血小板は、血漿の個体成分。出血を止める。つい最近の理科で習った内容だ。真実かどうか、向こうの世界も一緒なのかどうか分からないけど、いつか確認しようと思う。血液を精錬出来たらきっと何か役に立つ。)
(うまくいった。僕の血液の精錬はできるはずだ。これから…。でも、僕の血液がなかったら精錬ができないのなら意味ないけど…。)
それからは、暇だった。やりたいことがあってもできないとき、時間はとってもゆっくり流れるんだよ。
僕は、今ご飯が食べたい。僕は、今いろいろなものを収納して分析して精錬したい。収納したら分析できる。分析したら精錬できが、できないときもある。
精錬できない時とできる時、違いは何なのか。わからない。整理してみよう。
何も問題なく精錬出来たもの。
コップ
椅子
手拭い
机
皿
お椀
フォーク
スプーン
棚
引き出し
臼
馬車の車輪
小屋
ナイフ
…
うまくいかなかったもの
アイテムボックスの中に収納していないもの
ミスリルの剣…短くなった
枕や毛布は増えなかった。
わかること。
アイテムボックスに収納したら分析できる。
(多分そうだ。確定ではない。)
材料がないと精錬できない。
(多分そうだ。確定できてない。)
材料が足りないと小さくなる。
(多分そうだ。確定できてない。)
こうして見ると確定出てないことが多すぎて推論ばかりだ。
こっちの世界だと病院という制限で実験ができないからな…。
では、どうしたら良いか。退院すればよい。それ以外に方法はない。
僕は、退院に向けて体調を絶対重視することにした。沢山食べて、たくさん眠る。数か月も寝たきりだったから、立ち上がる訓練も必要みたいだ。
すぐに立ち上がっても平気な気もするけど、心臓がついていかなという話だった。だから、ベッドごと体を起こす時間を長くすることから始めるそうだ。
既に、起きているときは、ほぼ座っているから、大丈夫だと思う。早くトイレに立っていけるようになりたい。
そんなこと考えていたら吉井さんが部屋に入って来た。
「お母さんが来られてますけど、何か頼みたいことありますか?」
感染症が巷で流行っているため、お見舞いには制限がある。母親と言え、気軽に病室に立ち入ることはできない。
「ええっと、そうだ。漫画と小説、それにノートとシャープペンシル。3色ボールペンが欲しいと伝えてくれませんか。」
吉井さんは、メモ帳にペンを走らせながら聞いてきた。
「ノートって何でもいいのかな?そして何冊必要かな?」
「大学ノートとレポート用紙っぽい一枚ずつ外せるノートがいいかな。1冊ずつで良いです。漫画はいつもので、小説は、ライトノベルがいいかな。小説は家にあるもので良いから、また今度病院に来る時にって言って下さい。」
「本当に元気になったんですね。一昨日まで危篤状態だった人とは思えません。」
吉井さんは、呆れたような嬉しいような複雑な表情を僕に向けて出て行った。
(ちょうど良かった。これで、整理したことをまとめられる。)
ほどなくして、吉井さんが袋に入った筆記用具などを持ってきてくれた。母さんが売店で買ってくれたんだろう。
(大学ノートとレポート用紙、筆記用具。漫画…。久しぶりに読む気がする。あっ、消しゴムも入れてある。流石、母さん。)
早速、僕はさっき整理したことをノートにまとめてみた。
(レポート用紙を一枚だけ収納してみる。漫画の本を収納して…、取り出す。)
僕は、漫画を開いた。51・52ページ。異世界ものの漫画だった裏と表の一枚をじっくりとみる。
「アルケミー・漫画ページ」
(精錬できない。しっかり見ただけじゃだめなのかな。)
もう一度、漫画を収納し、精錬してみる。
「アルケミー・漫画ページ」
レポート用紙はなくなり、精錬された一枚が現れる。紙を取り出すと、うっすらとさっき読んだ漫画が見える。レポート用紙の罫線の色でうっすらと。
(そうか。インクがなかったからか…。)
僕は、薄っすら漫画を収納した。
「アルケミー・レポート用紙」
アイテムボックスから取り出すとレポート用紙に戻っていた。インクを準備すれば、魔法のコピー機になる。便利だ。
夕食は、全粥と細かく刻んだおかずが少しずつだった。美味しかったが、さすがにもう涙は出なかった。ベッドの上で歯を磨き、しばらくすると眠ってしまった。
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