第3話 家って
「神父様。出来ましたけど、変です。しわくちゃで汚れています。」
「おや? 変ですね。汚れているって…。先程見せてもらったカップは、傷一つありませんでしたよ。」
神父様も同じように感じたようだ。でも、神父様には、絶対理由は分からない。こことは、違う世界でほんのさっき収納したハンカチだったなんて想像できるはずはない。それに、くしゃくしゃで濡れている理由なんて僕にも分からない。
「瓦礫の中に残っていたのでしょうか? 」
神父様が満足しそうな答えを思いついた。
「僕が、ハンカチーフの形を明確にイメージできていなかったから瓦礫の中に残っていたハンカチーフが精錬されたのでしょうか ?」
「そうかもしれませんね。レイ君は、ハンカチーフを見たことがなかったのですか? 」
「はい。僕の村でハンカチなんて持っている人居なかったから。」
「そうですか。それでは、先ずは、精錬したいものを明確にイメージできるようになることから始めないといけませんね。」
「はい。アイテムボックスに収納したものは、明確にイメージできるようですから、なるべくたくさんのものを収納すれば良いのかもしれません。」
「ほほう。それでは、ここにある椅子を収納してみてくれませんか。」
「はいっ。アイテムボックス」
僕は、食堂の椅子を収納してみた。
「アルケミー」
黒いボードに『椅子』が表示されている。
「アルケミー・椅子」
続けて椅子を精錬してみた。
「出来ました。」
僕は、アイテムボックスから椅子二つ取り出した。色合いは少し違うが、使い古された食堂の椅子と新品の椅子がふたつ並んだ。
「傷一つない新品の椅子だ。レイ君すごいよ! 修行もなしに一人前の家具職人になれたようなものだよ。」
二つ並んだ椅子を見ながら神父様はものすごく言いにくそうに僕に言ってきた。
「物は相談ですが、この椅子寄贈してもらうことはできないでしょうか?」
「えっ? もともとそのつもりでしたが…。村に持って帰っても置くとこがありませんし…。」
「ほっ、本当ですか。じゃあ、教会に足りないものいくつか作ってもらっていいですか…。まだ、外は暮れきっていないし、台所や礼拝堂にも壊れたり、足りなかったりするものがあるのですよ。」
「はい。私が作れる物なら作れるかぎり作らせてもらいます。」
それから、神父様に言われるままに、教会にある物を収納しては精錬していった。この街の教会と孤児院もギリギリの運営だったようで足りない物だらけだった。
台所周りから始めて、教会の中庭に出た。中庭にあった壊れかけの物置小屋の中は、壊れたり、破けたりした道具や家具がたくさん入っていた。それを全部収納しては精錬して中庭に並べていった。
最後に、壊れかけの物置小屋を収納して、アルケミーの呪文を唱え物置小屋が目の前に現れた途端に僕の意識は薄れていった。
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「おはよう。玲君」
(吉井さんの笑顔可愛い。惚れてしまう。いや、惚れている。)
「おはようございます。吉井さん。お腹空きました。朝ご飯はまだですか? 」
「玲君は、点滴オンリー ! 朝ご飯はありまセーン。」
「吉井さん。お腹空きました。朝ご飯食べたいで〜す。」
本当に朝ご飯は食べたい。でも、食べられないのは分かっている。
当たり前だ。ここ数ヶ月点滴だけで何も口にしていなかったのだから。いくら魔力病が治ったからといって
〜奇跡が起こって原因不明の症状が改善したって〜
急に食べ物を口にすることなんてできないことは分かっている。
(でも、でも、食べたい。体がそう言っている。何か食わせろ〜! って)
だから、吉井さんに食い下がってみた。
「吉井さん。お願い、先生に聞いてみて。何か食べたいって言っているってお願いしてみて下さい。お願いします。いい子にします。だからお願いします。」
(どれだけ必死にお願いしても、叶わないことぐらい分かっている。分かっているよ。でも、吉井さん。お願いします。奇跡を起こして下さい。)
回診の時に先生はサラリと言ってきた。
「胃腸も動いてきたみたいだし、壊死部分も改善に向かっている。近いうちに経口摂取を始めようかね。」
「近いうち…。」
僕は崩れ落ちた。
「暇だ。」
(体調が良くなった僕は、急に時間を持て余していた。何もすることがない。)
(そうだ。精錬をしてみよう。魔力回路は、活性化したのだからこっちの世界でも精錬ができるかもしれない。)
僕は、枕を収納してみた。
「アルケミー・枕」
体の中で何かが動く気がしたが何も変化はない。アイテムボックスの中には、枕が一つあるだけ。
「アイテムボックス・オープン」
僕は枕を取り出した。新品みたいになっている気はする。
それに、アイテムボックスに何か残っているようだけど何が残っているか分からない。微量すぎて見えないんだ。
それから、何度も繰り返し収納と精錬を行ってみた。布団や枕元にあった体位変換保持のための毛布。しばらく使用していない歯ブラシ。
ほとんど身動きできないほどいろいろな管がつながっている状態ではあまり物は手に入らない。
いくつか収納と精錬の実験をしてみたが、ほぼ同じだった。人の目もあるので、実験も限られているのだけど…。
気を失う前に実験はやめて窓の外を見る。何か、安心できる景色。
昨日まで、あんなに苦しくて不安だったのに。
お腹が空いて、ゆっくり眠れる場所。ここも僕が安心できる場所になったのかな。病院だけど。そんなこと考えていると瞼が重なって意識が薄くなっていった。
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「おはようございます。」マリンさんが窓を開けていた。
「おはようございます。僕は、気を失って泊めて頂いたのでしょうか?」
「はい。そうですよ。昨日は、夕方からだったのにたくさんの家具や物置まで寄贈いただいてありがとうございました。」
「成人の儀後の寄贈では、私がこの教会にきて最多だと思いますよ。レイさんのご実家ってよっぽど裕福なんですね。いつの間にご準備されていたのですか? 」
「いや…。そんなことはないですけど…。それに、物置は、寄贈したわけではなくて、修理しただけだと思うのですが…。」
僕は、どう答えていいか分からず、笑って誤魔化した。
「そう言えば、神父様が、レイ君が目を覚ましたら食堂に連れてくるようにと、仰っていたのでした。パンとスープだけですが、朝食も準備してあるのでいらして下さい。」
「はい。喜んで! 」
ベッドから飛び起きた僕は、そのままマリンさんに連れられて食堂に行った。
成人の儀の服装のまま寝ていたのだから、着替えなんて必要ないし、顔も洗わなかったよ。
(とにかくお腹が空いた。)
「おはよう。レイ君。気分はどうかな? 」
「はい。とっても良いです。お腹も空いています。だから、とっても嬉しいです。」
「う? うん。それは、良かった。昨日は無理をさせてしまったから心配していたんだ。そうか、お腹が空いているか。それじゃあ、早速、朝ご飯にしようね。マリンさん。レイ君に先に食べさせていていいかな。子どもたちは、まだ準備できていないようだし。」
「はい。神父様。レイさん、スープどうぞ。スプーンは、これを使って下さい。では、私は、子どもたちの身支度の様子を見てきますね。レイさん、たくさん召し上がって下さいね。パンもスープもおかわりありますからね。」
マリンさんは。子どもたちの様子を見にいった。
「頂きます。…、美味しいです。」
僕は、パンもスープもおかわりした。
遠慮なんてできなかった。夢中で食べて人心地ついた頃、笑顔で僕を見ていた神父様が声をかけてきた。
食堂には、子どもたちもやってきていて賑やかな朝食が始まっていた。
「ところでレイ君、昨日収納してもらった瓦礫のことなんだけど」
「そう言えば、瓦礫を収納していましたね。収納していても魔力使っているような感じもしないし、忘れていました。」
「瓦礫置き場に後で案内しますから、そこに捨ててくれませんか。」
「神父様、今日中に瓦礫を出さないといけませんか? 」
「ん? どうしてですか。アイテムボックスの空きがなくなってしまうんじゃないですか? 」
「それがですね。そんな感じではなくて…。たくさんの瓦礫を出すときに魔力を使わないといけないのじゃないかと心配なんです。」
「なるほど、それでは今日の所は、収納したままということにしましょうかね。」
「はい。収納スペースが逼迫されるようでしたらまた相談に参ります。」
「そうしてください。あんなにたくさんの瓦礫、どこにでも放り出していい物じゃありませんからね。それに、しばらくの間でも預かってもらったらこの街の方としても助かりますからね。では、よろしくお願いしますよ。」
「はい。」
僕は、笑顔で返事をして席をたった。
「それでは、神父様。僕はそろそろ村に帰ろうと思います。」
「えー、にいちゃん、もう帰るのか」
孤児院の男の子が不満の声を漏らしてきた。
「にいちゃんの修理の魔法もっと見たかったのに。」
その男の子は、昨日の精錬をそばで見て、綺麗になった道具や家具を中庭に運んでくれた子だった。
「僕が修理できる道具は殆ど修理し終わったし、魔力切れでまた倒れてしまったらいつまで経っても家に帰れないからね。また、遊びにくるよ。」
(魔力病で動くに動けなかった時と違って村から街ぐらいなら気楽に来られる距離だと思うし、お店やギルドも街にしかないから、きっとまた来られるはずだと思う。だから、空約束ではない。きっと)
「きっとだよ。また、修理の魔法見せてよ。」
「OK。約束だ。」
僕は、男の子とグータッチで約束の確認をした。
「俺、ケイン。絶対約束守ってよ。レイ兄ちゃん」
「おーっ。約束だ。ケイン」
僕は、教会を後にし、村へと向かった。ゆっくり歩いても3時間程度。道も整備されているため魔物や盗賊の心配もほぼない。
午前中のこの時間は、街から森へ向かってたくさんの冒険者が移動しているから尚更だ。冒険者は、僕の村を通り過ぎるか村の手前から道を外れるかして依頼の為の目的地へ向かう。
そんな中、僕はのんびりと歩き、昼前には村に着いた。
村の家に向かう前に教会に向かった。神父様に成人の儀の報告をするためだ。
村にも教会はあるのだが、成人の儀はできない。村の教会は、どちらかというと診療所のような意味合いが強い。
神父様は、治癒魔法が使える上に、薬師のスキルも持っておられるからだ。
僕が、今日まで生きながらえることができたのも神父様のおかげだと言える。
「神父様。成人の儀、無事に終える事ができました。」
「そうか…。おめでとう。今日からレイも大人の仲間入りだな。で、職業は、何だったのかな。」
「ええっと、職業は、精錬魔術師です。アイテムボックスのスキルも手に入れる事ができました。」
「精錬魔術師? 何じゃ、その職業は…? レイの顔色を見れば、魔力回路が活性化したことは分かるが、どのような職業かはさっぱり分からんなぁ。」
「成人の儀を担当してくださったニコライ神父様もレア職業ということ以外は分からないと仰ってました。そんなことよりも、神父様、僕、魔力病だったんですね。そして、魔力病が治ったんです。そしたら、ご飯が美味しくて、お腹が空いて、嬉しくて…。」
「そうか。ご飯が美味しかったか。良かったな…。今まで、辛かったからな。お腹が空いたか…。うん、うん。良かった。もう、安心だ。レイ。これからは、良くなる。レイは、強くなるぞ。ビーとレイナの子なのだから。」
冒険者だった僕の両親。この開拓村で開拓者であり、冒険者だった。もう10年も前、魔物の大軍がこの村を襲撃した時、魔物と戦い亡くなった両親。
それから僕は、この村の子どもとして育てられてきた。村の人たちはとても優しかったし、神父様は、僕の病気の治療をしながら、たくさんのことを教えてくれた。
裕福な暮らしというわけではなかったけど、飢えることも寂しさに涙することもなく今まで過ごす事ができてきた。
でも、病気は、辛かったのだと思う。病気が治った今だからそう思う。そんな辛い時でも、生きて来られたのは、この村の家があったからだと思う。やっぱり、僕の家ってここだと思う。
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