ヴァルキリーズ・ストーム外伝 Oh Sun

綿屋伊織

第1話

「自分の国を守れない国を、助けてくれる国はない」


 昔読んだ本で、そんな言葉を目にした覚えがある。

 至言だと思う。

 だから覚えていた。

 個人なら襲われれば警察や軍隊がいる。

 だが、国家にはそれが存在しない。

 だから、国家は自らを自らで守るしかないのだ。

 ……。

 ……言い忘れていた。

 私はヴィック・ジョンソン。

 米国海軍大尉。

 海軍では戦闘機パイロットの地位にあり、いくつかの戦争に駆り出される間は軍から離れ、神父として神に仕えている。

 だから、私のコールサインは“ビック・ファーザー”だ。

 マフィアみたいな呼び名だと言われることもあるが、私は気に入っている。


 そんな私と私の飛行隊が派遣されたのは日本。

 今、魔族達によって蹂躙されようとしている極東の島国だ。

 派遣が決定した時は、神の兵として戦うチャンスを神より賜ったと、それは嬉しかったものだが、いざとなると―――困惑した。

 それまで私が乗っていたのはFA-18。

 当然、出征に際しては同等、もしくはそれ以上の機体が与えられるものとばかり思っていたのだが―――


 F8F ベアキャット


 若い人は、この戦闘機を知っているだろうか?

 我が国のグラマン社により製造されたレシプロ単発単座戦闘機。

 かつて、かの赤色戦争における合衆国海軍主力戦闘機として活躍した名機であり、陸軍航空隊のP-51同様、メッサーシュミットやスピットファイアー相手に一歩も引かず、迫り来る欧州軍を苦しめたことで知られる名機なのだが……。

 ―――狩野粒子影響下の戦場にジェットを持ち込むのは自殺行為。

 そう言われれば、私も黙るしかない。

 戦う前から墜落するなぞ、こっちから御免被る。

 というわけで、工場から引き渡されたばかりのF-8の慣熟飛行訓練を受けた後、我々はすぐに日本へと派遣された。

 すでに国土の6分の1近くが魔族軍の支配下にあるというその国は、私にとって縁のある国ではない。

 ソニーやパナソニック、トヨタは貧乏神父の手に出る存在ではないのだ。


 私の所属する飛行隊が空路はるばる着任したのは、日本軍が突貫工事で作り上げたばかりの飛行場。

 レーダーサイトも何もない。

 滑走路と格納庫らしきもの、あとはせいぜいが兵舎らしきものがあるような、全てが本当にあり合わせで作り上げられた、呼べと言われれば基地と呼べなくもない。そんな所だった。

 私達が滑走路を踏んだ時にはすでに日本軍の飛行隊が配備されており、濃紺色に塗装された戦闘機が翼を並べていた。


 F8よりやや大型の戦闘機。

 A7「烈風」だ。

 かつての日本軍主力戦闘機。

 先発した整備部隊の隊長、ハーマン軍曹から後で聞いた話だが、エンジン性能、整備性、武装……格闘戦を除けば、どれをとってもF-8より格段に上の機体だという。


「そりゃ大尉」

 ―――どうして、赤色戦争当時の戦闘機を作るんだ?

 私の質問に、マイク中尉がおどけたように肩をすくめた。

「日本もアメリカも、もうのんびり戦闘機開発してるヒマなんてないんですよ。

 わかるでしょう?

 一機でも多く戦場へ!

 そのためには、今更新型機開発してるより、いろいろ改良も終了しているような、旧型を復活させるのが一番手っ取り早いんですよ」

 成る程?

 我が軍も日本軍も同じということか。

「それとね?」

 マイク中尉は悪戯っぽい目で続けた。

「戦意高揚ってのもあるんですよ。かつての赤色戦争で国土を守った戦闘機ですよ?そいつに乗って戦場へ!戦うのは悪魔ってなれば―――ね?」

 ―――そっちの方が納得出来るね。

 私はそう答えた。



 基地司令はムラオカという士官。

 階級はもう忘れたが、それほど高くなかった気がした。

 むしろ、印象が深かったのは、パイロット達だ。

 私達が着任した時、訓練だろう、集団で走っていた彼らは一斉に立ち止まり、指揮官らしき士官が、日本語で何事か号令。一糸乱れぬ敬礼をしてきた。

 私はその連中の顔が忘れられない。

 どう見ても、まだ中学生くらいにしか見えない子供達だったのだ。

 だが、その目は、使命感に燃える兵士のそれ。

 そのアンバランスさが、私とって、この日本という国が置かれた実情を教えてくれた気がした。


 被災地を中心に集められた志願兵で編成される部隊。

 私はムラオカからそう説明された。

 やはりそうかと思う反面、私は彼らにはしきりと感心したものだ。

 とにかく、彼らはよく訓練に耐えた。

 日本語のため、よくわからないが、教官が振り上げるバンブーブレードを体のあちこちに受け、時に転び、時に吐きながも、それでも彼らは戦いの空へと赴こうとしていたのだ。


「私達がやらなければ、誰がやるんです?」

 幸い、パイロット達はほとんどが帝国語を喋れたので、私はいつしか彼らと親しくなることが出来た。


 トイレで横に立ったパイロットが私をのぞき込むなり、目を見開いたことが幾度かあった。

 パイロット達が私のコールサイン「ビック・ファザー」は体の一部のことだと本気で信じていたことですら、今となってはいい思い出だ。

 そして、私が数度の戦争に出征したベテランであることも影響したのだろう。

 彼らは無邪気なまでに目を輝かせ、しきりに戦いのことを聞きたがった。

 とはいえ、むしろ聞きたいのは私の方だった。

 ―――君たちは、何故戦うのか。

 その問いかけに対する、カトウという若いパイロットの答えがこれだった。


「自分達の国です。自分達で守るしかないじゃないですか」


 まだ19。背は高くないが、愛嬌のある顔をしていた。

 彼の故郷は魔族に制圧され、彼自身は大学を中退し、パイロットに志願したという。


「故郷の連中の仇を討ち、故郷を取り戻すんです」


 カトウはしっかりとした口調ではっきりとそう言ったし、周りのパイロット達もそれに同意するように頷くと、しきりに戦いに出たいと言い合う。

 まだ飛行時間250時間程度。

 毎日、燃料切れギリギリまで飛んで、ようやくそこまで来たという。

「あと50時間で実戦です」

 カトウは自信満々に答えたが、私は失笑を堪えるのに苦労した。

 たかが300時間で何が出来る?

 無駄死にするようなものだ。

 ―――だが、成る程。

 私はそれで理解した。

 何故、私のようなベテラン達が日本軍と共に戦うのか。

 日本軍の未熟なパイロット達を護衛する。

 そのためだと。



 それが私の考え違いだったことは、数回の出撃でわかった。

 日本軍のパイロット達は、主に対地攻撃に駆り出されたが、その技量はそれほど悪くない。

 パイロット達は初陣から1週間。すでに10回の出撃を経験していたが、犠牲はほとんど出ていない。

 整備隊長のハーマン軍曹は「戦闘機がいいからだ」と主張して憚らないが、私はパイロットの志気が高いせいだろうと思う。

 それほど、戦果は私から見ても上々を維持していたが、それも長くは続かなかった。

 理由は簡単だ。

 魔族側が弓兵を投入。対空砲火が増大し、あろうことか戦闘機まで投入してきたからだ。

 弓の一撃は機体を吹き飛ばす程の破壊力がある。

 そして戦闘機。

 対地攻撃なら一端の戦力足り得る彼らも、空戦となると話が異なってくる。


 犠牲は鰻登り。

 悪夢としか言い様がない状況は、日本軍のパイロットでなければ、とっくに逃げ出していたろう。


 彼らは決して戦いを止めようとしない。

 戦場に出れば、帰投という言葉を忘れる。

 帰投を命じられれば、敵陣に自殺攻撃する。

 死を―――恐れない。

 まさにバーサーカーだ。


 後続の部隊が到着するまで戦場にとどまったムラセというパイロットがいる。

 損傷した機体をなんとか操っていた彼は、帰投を命じる私の命令にこう答えたのだ!

「ワレ、損傷著シク帰投不能、ヨッテ、コレヨリ貴隊等の先陣ヲ勤メン」

 そう言い残して、敵陣地めがけて真っ逆様に突っ込んでいったのだ!

 私の知っているムラセはまだ18になったばかりの子供だ。

 その子供がここまでやるのだ!

 いや、やってくれたんだ!

 ムラセ機が敵陣に命中する光景を前に、私は言葉にならないうめき声をあげたとおもう。

 はっきり覚えていることは、脳内を駆け回るアドレナリンにすべてをゆだねた後、部下に命じた言葉だけだ。

「全機突撃っ!あのサムライに続けっ!」



 ムラセだけじゃない。

 皆、死んでいった。

 あの無垢な瞳が、飛行場から次々と消えていった。

 だが、この若きバーサーカー達は次々と仲間が死んでいく中、決して弱音を吐かなかった。

 次第に、私には、彼らが死を待ち望んでいるようにさえ思えてきた。

 日本人は狂信者だとさえ思えてきた。

 サムライは狂信者だと!

 はっきり言う。

 私は間違っていた。





 一人のパイロットの死が、私から日本人全体の名誉を守った話を、最後に語っておきたい。





 その日、私の部隊は弾薬補給を終え、飛行場から飛び立とうとしていた。

 管制塔からはしきりに敵の情報が入ってくる。

 敵の位置、兵力、装備等、敵が手に取るようにわかる。

 ―――これなら勝てる。

 私はスロットルを全開にしてF-8を空に上げた。



 先発して対地攻撃に望んだ連中も、私達と入れ違いで戻る予定。

 私はそう聞いていた。

 だが、どれだけ待っても、烈風は一機も現れない。

 嫌な予感がした。

 敵情報の通報だけはしきりに伝わってくる。

 だが、あの連中が戻ってこないのだ。


 ―――無事でいてくれ。


 そう、願いながら敵が展開するポイントに達した時、私が目にしたのは、魔族軍の対空砲火から必死に逃れようとしている傷ついた一機の烈風だった。

 機体はボロボロに傷つき、飛んでいることそのものが奇跡というしかない有様だ。

 機体番号は、あのカトウの機体であることを告げる。

 カトウ機と翼を並べるが、キャノピーはべっとりと赤く染まっていた。

 機体どころか、カトウ自身が負傷している。

 カトウはあのムラセ同様、味方のために自らを犠牲にしようとしていた。

「戻れっ!」

 私は無線機に怒鳴った。

「戻るんだ!」

 その声に安堵したのか。

 カトウは血まみれの顔をこちらに向け、小さく頷いたように見えた。

 そして―――

 カトウの機体はひっくりかえると、あらぬ方向へと迷走を始めた。

 カトウが、力尽きたのだと、私にはわかった。




 カトウ機はハイウェイの真横に墜落していた。

 私はすぐにハイウェイに機体を降ろし(神よ!レシプロ機を与えてくださったことに感謝いたします!)、カトウ機に駆け寄ったが、カトウは墜落の衝撃で機体から放り出されたらしく、付近に展開していた部隊にいた衛生兵が必死の看護を続けていた。

 既に彼は虫の息だった。

 うつろな目をして、衛生兵からモルヒネを打たれていた。

「大尉……いや、神父さん」

 私の階級章と従軍神父章を見た衛生兵は、私に言った。

「こいつはもう助からない。最後に祝福を与えてやって下さい」と。

 神に仕える我が身が、カトウに出来ることは一つだ。

 私は無言で頷き、ロザリオを手にした。

 その時、彼は太陽を見上げて「OH、SUN」と二回呟くと事切れた。

 衛生兵が私に訊ねた。

「神父さん、こいつは最後になんて言ったんです?」

「彼は太陽を見ながら「OH、SUN」と言った」

 看護兵が不思議そうな顔をしているので、私は自分なりの結論を告げてあげた。

「日本人の宗教はわからないが、おそらく、彼らの宗教では太陽が神聖なものなのだろう」

「ああ……成る程」

 死体袋を取り出す彼は、それで納得したようだ。

「さあ、手厚く葬ってやろうじゃないか」

 私は簡単な葬儀のミサをその場で執り行った。

 真剣にミサを行う私に気圧されでもしたのか、陸軍兵士達も、国家の大義に殉じた彼に対して、敬意を表していたように思う。


……

……


 それから数十年の月日が流れた。

 カトウの死の後も、私は、多くのパイロット達がそうであったように、日本の空で戦い続け、そして戦いの終わりと共に祖国へと戻った。


 ボロい教会に苦労しつつ、それでも満ち足りた日々を送っている。


 そんな、ある日のことだ。


 私の元に日本からの来客があった。


 彼もまた、あの戦争を戦った仲間だ。

 その気安さから、私は、カトウのことを話すと共に、あのときからずっと疑問に思っていたことを、思い切って訊ねてみた。

「どう考えてもカトウが、つまり、日本人が 「OH、SUN」というとは思えないのだが…」

 すると彼は教えてくれた。

「きっとそれはオカアサンと言ったのだと思います。わかります?“オウ、サン”じゃなくて、“オカアサン”」

「どういう意味だ?」

「……Mother」

 そうか、そうだったのか。

 彼は死に面して家族の事を思い、別れを告げていたのか。

 私はその日、形ばかりのミサを執り行ったカトウの霊に、改めて神の祝福があるよう祈りをささげ、そして懺悔した。

 神よ。

 私は人を見誤りました。

 あの日本人達は、バーサーカーなどではなかったのです。

 家族に思いを馳せるただの人の子でした。

 神よ。

 あなたの誇るべき子達だったのです。

 神よ。

 誇り高き戦士たるサムライの名誉を汚した愚かな私を、

 神の子を見誤った愚か者を、どうかお許し下さい。


 そして……。



 願わくば、




 彼らの魂に安らぎを与えたまえ……。

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ヴァルキリーズ・ストーム外伝 Oh Sun 綿屋伊織 @iori-wataya

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