第23話「帰還するライト」

 ザッザッザ……。


「ふぅ……」


 ごくごくごく。


 荷物を少しでも軽くするため、ワインを開ける。

 ──パリンッ!!


 アグニール達がおいていったものだけに、なかなかの高級品。


「ぷはぁ」


 うまい。


 ぐぃっと拭った口の先。

 視線の向こうには、ようやく見えてきた教会都市が、昼の陽気で少し霞んで見えた。


「さぁ、もう少しだ。一気にいくけど、大丈夫か?」

「こくこく」


 腕の中でぐったりしているヤミーが小さくうなづく。

 ……これでも、がんばった方だ。

 なんだかんだで午前中の数時間は彼女も一生懸命歩いてついてきていた。


 だけど、だんだん足が遅くなり、ライトの歩調についていけなくなったヤミーを見かねたライトが抱き上げて今に至るというわけだ。


「ある、く……」

「気にすんな、羽みたいなもんだ」


 実際ヤミーは軽い。

 以前ならいざ知らず、Lvの上がったライトなら、どってことはない。


「さ、それより。街についたらどうしたい?」

「ま、ち?」


 街くらい知っていると思ったが……。


「ん、んんー。そうさな、人がいっぱいいて、おいしいものがあって──」


 う~ん、語彙が少ないな俺!!


「ま、ここよりはいいとこだ」

 おそらくな。

「こくり」


 うん。多分、わかってない。

 まぁいい。


 ライトが決めればいいだけのこと。


「とりあえず、荷物を軽くしたいから──まず、ギルドによっていいか? あー……安心しろ、先に道々なにか食べるからさ」


 ライトがそういう前に、キュルルル──とかわいらしくお腹の音が鳴るヤミー。

 困った顔で見上げてくるので、ポンポンと軽く頭をなぜてあやしておく。


「むー」


 ありゃ、なんかむくれちゃった。

 こゆときは、

「パンとか魚。たっぷり買ってやるぞ」

「ぱん、さかな!」


 目ぇ、キラッキラ!

 早いわー。子供期限治るの早いわー。


「おう、遠慮せずいえ──」


 金はないけど何とかしよう。


「うん!!」


 ……遠慮はしてね。一応ね。


 そうして、こうしてすれ違う人が多くなる中、その人々の好奇の視線を受けつつ、ようやくライトは教会都市の外壁城門をくぐるのだった。

 まぁ、女の子抱っこしながら、山ものように荷物を抱えてたら、何事かと思うわな……。

 衛兵が顔見知りでよかった──。


 クエストの途中で保護したと言ったら、二つ返事で通してくれたのは助かった。

 実際、嘘をついているわけではない。


 ヤミーはヤミーで、すれ違う人をみて、「ほぇー」と目を丸くしている。

 いろんな人がいるから、色々驚きなのだろうか?


 昼間の教会都市は、様々な人の出入りがある。

 教会信者に、関係者。そして、商人やらその傭兵。または冒険者や衛兵の往来も激しい。時には、近場の農業から野菜なんかを売りに来る行商の人もいたりでかなりの人だかりだ。

 城壁近くでこれなんだから、中に入ったらヤミーの奴腰を抜かすぞー。


 ちょっと、悪い笑みを浮かべるライトであったが、ヤミーはライトが抱えているので、腰も何もあったもんじゃないけどね──。


「あるく」

「ん? まだ大丈夫だぞ」


 ふるふる


 拒絶の首振り。

 どうやら、降りたいらしい。


「どうした? 何か欲しいもんでもあったか?」

 子供だしなー。

「ううん、みんな、あるいて、る」


 え? 

 あ、あー。


 どうやらヤミーなりに気を使ったらしい。

 抱えられているのが不自然だと気付いたのだろう。


 どうも地頭はそれなりにいいらしい。


「わかった。だけど、疲れたら言えよ?」

「うん!」


 おっし、素直ないい子。

 さりげなく、手をつないでアピールするので、一瞬どうしようか迷うライト。

 フィールドと違ってここは街──……。


 えぇい! ままよ!!


「ほら、遅れるなよ!」

「ん!」


 顔を赤くしたライトとご機嫌のヤミーが手つないでいけば、街の人が何やらニヨニヨしてござる。

 これをほっこりした目で見られていると感じられないあたり、ライトの心をだいぶ擦れてしまっているようだ。


 ……うるへー、ほっとけ。


 そうして、外壁周りを抜けると、ギルドに向かうライト。

 このあたりともなれば街に中心地に近く、たくさんの店や屋台が並ぶ。


 複数の教会と、周辺にダンジョンを抱えた『教会都市』では、巡礼者や冒険者向けの屋台が並ぶ。

 お店も、一人もの相手の店屋物の頻度が高い。


 その匂いがフワフワ漂い、空腹を刺激する。

 う、うむ……。


 どうしようか──。


 さっきから、ヤミーのすっごい視線を感じる。

 うんうん、わかってるわかってる。


「たべ、……ううん」

「我慢すな」


 言わずとも、わかっとる。

 ライトだって、朝めしとそのあとに食べた間食の魚の骨せんべいくらいしか食べていないのだ。

 当然腹が減っている。


「よし、なんか食うか!」

「こくこくこく!」


 はは、素直よろしい。


「食いたいもの遠慮せずいえ、名前が分かんなかったら、ほしいの指さしな──」

「ん!」


 しゅば!!


「はや!! って、それでいいのか?」

「ん!! ん!!!」


 しゅば、しゅば!!


「それもこれも?!」


 ヤミーは指さしたのは、薄い生地に、野菜と細く切った肉をを巻いてソースを絡めた、『総菜クレープ』

 そして、分厚い肉を部ッとい串で焼いただけのシンプルな『肉串』。最後に、葉っぱを皿代わりにした、ライ麦と砂糖を混ぜて一度油で揚げた『ライ麦かりんとう』の3種。


「お、おう。しぶいチョイスだな……」


 香りを漂わせたものに勝利と言ったところか。

 他にも食いたそうだが、まずはそれだけにしておこう。


「よし! 待ってろ────といいたいとこだけど、」


 カラッ。


 ライトにはわずかな小銭もない。

 クエストに行くので、お金や貴金属の類は預けておいたのだ。


 なので、

「ちょっと、先にここによるぞ?」

「……え」


 ライトの反応が予想外だったのか、屋台から離れて、路地にある小さな店に入っていこうとするのを悲しそうな目で見るヤミー。

 ……すまん、騙すつもりじゃなくてだな。


「金がないんだよ……」

 とほほ。

「しょぼん」

「……そんな顔すんなって、金なら今から作る──」


 ニッ。


 そう笑って、ライトが入ったのは行きつけの店。

 建付けの悪い、小汚い看板には、


  『錬金万事屋』


 ガランゴロ~ン♪


 手入れにしていないドアベルが、汚く鳴り響く。

 ここは相変わらずだ──。


「いらっしゃー……なんだい、ライトかぃ?」


 店の奥にいたのは全身ローブの怪しい風体の店番。

 ローブの中から目のようなものが光るだけで、男なのか女なのか──。


「なんだとはご挨拶だね。上客が来たってのに──」

「まっとうな取引に、上も下もあるかい」


 で?


「今日は何だい? 『月光草』なら間に合ってるよ?」

「そっちじゃねーよ」


 ギルドで買い取りしてもらえなかったものは、時々この怪しい錬金素材屋に卸しに来ることがあるので手慣れたものだ。

 何の用途に使うのかわからに物まで買ってくれるので重宝している。


 この街では、知る人ぞ知る店なのだ。


「ふん。アンタがそれ以外にこっちが欲しがるもんだせんのかい──」


 フ~……。

 と、どこから取り出したのか、キセルがローブの中からプカプカとくゆらされている。


「んなの、見てから言ってくれよ。……とりあえず、全部じゃなくてていいからさ」


 ついでに相場の確認だ。


 え~っと、

 たしか、こういったとき用に小分けした袋が……あーあったあった。


「なんだなんだい? 随分、仰々し────……こ、」


 コト、コトッ!


 ・グレーターファントムの核

 ・グレーターファントムの灰

 ・グレーターファントムの骨片


 ・マナグールの核

 ・マナグールの骨


 乾いた音を立てて並べていくドロップ品のサンプル。


「ッ!?」

「ん?」


 売れるかどうかわからないから。まずは馴染みにここに出してみよう。

 そして、商品として価値があるならギルド買い取りとの比較────。


「ちょぉぉ! ど、どこでこんな素材を!」


 のわぁっぁあ!

「びっくりしたー1 なんだよ急に寄ってくるなよ!」


 っていうか、うわッ! 煙、煙ッ!


「げほげほ! ちょ、タバコやめろよ!」

「タバコぉぉお?! そんなことどうでいいから──」


 げーほげほげほ!

 こっちには子供がいるんだから、やめい!!


「どうでもよくねぇよ!──ったく、『死霊王の寝所』からだよ!! あそこの最下層──BOSS部屋で手に入れたんだよ」

「……はぁっぁああ?! BOSS部屋ぁあ?……それって、リッチのことじゃないだろうね?!」


 そーだよ……。


「あ、あはははははは! こりゃ傑作だ! おいおい、寝言は寝てからいえよ。アンタ見たな光属性魔法使いが行けるわけないだろう?」

 あーっはっはっは!

「ち。どいくもこいつも……! 寝言じゃねッつーの! 同行クエストだよ。どっかのアホなパーティについていって──! それだけ言や、分かんだろ?」


 む。

 ぴたりと、止まる店員。


「ほう。……そうだったね。お前さんは、確か寄生専門・・・・だったか──なるほど、おこぼれを預かったってわけか、なるほどなるほど」


 ……寄生専門ちゃうわ!

 失礼な奴だな。


「ふ~む……それなら納得いったよ。まさかまさか、単身アンタが、リッチの階層を突破して、その手下を回収してきたなんて|ふかし《》・・・をいてるのかともったよ」

「ふかしじゃねーが、まー……だいたいあってるよ」


 ルート的には逆だがな。

 リッチ部屋に置き去りにされて、レーザー乱射して、少女一人とともに、ほぼ単身で帰還した────かっ! 言っててバカバカしくなる話だな。


 しかし、ライトがそう思うくらいだ。

 当然──。

「かっ! つくならもう少しマシな嘘つくんだな! でっきるわけねーだろ、お前さんごときにぃ。だいたい、あそこにはリッチがいたろ? あの恐ろしいアンデッドがさー」

「いたな」


「かっ! ほーれみろ、それが嘘だというんだよ!!」


 いや、嘘ちゃうし?

 蒸発したし?


 っていうか、よく知ってるな──。

 アグニールは古代文献がどうのっていってなかったか??


「ふん。知ってるやつは知ってる話さ」

「あっそ」

 ……どうやら、錬金術師やら、そっち系界隈では有名なダンジョンらしい。


 それだけいうと、またタバコを燻らせる。


 ぷかー。


「つまり、それだけ厳しいダンジョンってこった。帰還者なんて数えるほど……。ましてや倒して帰ってくるなんざ不可能さ。……リッチってのはそれだけの相手なんだよ?」


 店員いわく、リッチはべらぼうに強くて、かつてSランクも討伐に挑んで返り討ちにあったらしい。

 

「……かもな」


 ふん!


「そこから帰還したっていうんなら、見ただろ? 奴の持ってる杖とそのローブをさぁ! ありゃ、アーティファクトだって噂だ」

「……知って────ローブ?」


 杖がどうのとか、古代文献にどうのとか、確かアグニールは言ってなかったか?

 ……むしろ、ローブってなんだよ。


 そんなもんあったっけ──……………………あ? え?

 ……もしかして、これ??


 ライトが全身を見下ろし、ヤミーもついでに見る。

 重厚なつくりのそれ──。


 たしかに、リッチの棺から回収したけど……。


 ……え?


「そうさ、ローブと杖さ。……リッチの杖を魔力の発射装置とするなら、ローブは増幅器──。酒で言やぁわかりやすいかねぇ」

 

 店員曰く。

 例えば、樽で例えるなら杖がコックで、

 ローブがタンクってな具合らしい……つまり、二つで一つ……。


「──あーそうそう、ちょうど、お前さんが着ているよう、な……な、な────なぁぁあ?」


 うわ!

 だから、煙!!


 近い近い近い!!


「ちょ、お前さん! そのローブをどこで!!」

「だー!! 煙いから、離れろ!! ったく……! こっちは客だぞ!」


 ドンッ


 服を脱がされんばかりに顔を寄せる店員を押しのけるライト。

 相変わらず、顔の中は真っ暗でよく見えかったけど、なんかイイ匂いがした……って、え? 女──?


 一瞬見えた店員の顔。

 たしかに、切れ長の目をした────。


「ち!」


 ……いや、やっぱどうでもいいや。


「ち! じゃねーよ! ローブはどうでもいいから、こっちの換金頼むよ」

「ん、あ、あぁ……。わかったよ」


 ぷか~。

 何事もなかったように煙を燻らせる店員。

 やめる気は一切ないようだ。ヤミーがいるってのに、もー。


 しかし、それからは、急に慎重な手つきで鑑定をはじめて店員であったが、──ぽつりと零す。


「なぁ、もしかしてだが……リッチの持ち物、他に・・持ってたりしないよね?」

「……そんなの回収してる暇があったと思うか?」


 まぁ、持ってるけど。

 ここは誤魔化しの一手だ。


「ふん。……そうさな。生きて帰っただけでめっけもんだ。よくもまぁ、あそこから帰って来たもんだ」

「運がよかったのさ」


 そう。本当に運だ。


「ふん。お前さんを連れったパーティってのはよほど強かったんだろうねー」

「まぁな……」


 強い、か。

 確かに、強いな──。


「まぁいい。……さて、一個あたり、銀貨1枚──」

「よーし、帰るぞ──ヤミー」


 ちょわわわぁぁああ!!


「じょ、冗談だよ、冗談! お前さんとの仲だろー」

「知らん、買い叩くような奴に興味はねぇ」


 割とマジに。


「ち、わ、わぁぁ~った、わぁ~ったっての。……全部で金貨10枚と銀貨95枚のところ──金貨11枚にしてやるぞ」

「な。なんだと?」


 いきなり金貨11枚~?!


「……これでいやなら、他を当たってくれ。ま、これより高く買うとこはないだろうがね」


 お帰りはあっちと出入口を指す店員。

 マジでこれ以上出すつもりはないのか、プカリプカリとキセルを燻らせる。


 ったく、商売がうまいんだから……。


「……わぁ~った、それで頼む」

「毎度ー♪」


 上機嫌で金を差し出す店員。

 ライトはライトで見たこともない大金にちょっと手が震える。


 平気な顔していたけど、実は金額を聞いて腰が抜けそうになっていた。

 ……これが買い取り的に高かったかどうかはわからないけど、ドロップ品のほんの僅かな分だけでこれだ。


 金貨だよ? 金貨。


 ゴクリ──。

 燦然と輝くそれに、クラクラとする。

 残る素材を全部売ればどうなるのか──。


「と、とりあえず飯にするか」

「こくこくこくこく!!」


 飯と聞いて目をキラキラさせるヤミーと異なり、ライトの挙動は不審になるのだった。

 だって、金貨11枚……ぶつぶつ。


 ガランガラ~ン♪


「まいどー」


 そうして、建付けの悪いドアと、鳴りの悪いドアベルを見送りながら、店員は完全に締まるのを待って独りごちた。



 プカー……。



「おいおい…………マジかよ、あいつ──リッチを??」

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