第22話「金がないのは人にあらず(ライバル視点)」

「あぁぁぁぁあああ?! 金を下ろせなかっただぁぁっぁああ!?」


 ──どかーん!!!


「ひ、ひぃぃい! す、すみませーん!」


 ギルド脇に止めた馬車の中でアグニールが怒髪天をついていた。

 詰め寄られているのはもちろん、ネトーリ。


 腰には大事そうに、ボロボロの聖典印の腰巻(?)を巻いているが、ほとんど隠せていない。


「だ、だだだ、だってー! あのクソ女、」

「誰がしょんべん臭い女じゃぁぁああ!」


 臭いとは、言ってねぇぇええ!

 くせぇけどさーーーーー!!


「ちょぉ、うるさいですよ。馬鹿女──で、あのバカ女がですね」

「いや、どの・・バカ女だよ!」


 バカバカバカ、サーヤは馬鹿女で決定らしい。

 まぁ、馬鹿そうだけど。


「ちょ、アグニ様ひどい!」

「うるっせぇな、話が進まねぇだろうが!」


 ひどいー!!


「じっさい、馬鹿で、くせぇだろうが、このバカ!!」

「臭くしたのあんたらでしょーがー! うわーん!!」


 ついに大声で泣き始めるサーヤ。

 自業自得とはいえ、ちょっとかわいそう……?


 っていうか、狭い馬車のなかで何やってんだか。

 外から覗かれれば変態だらけの馬車にしか見えない……。


「チッ……。やっぱ、王都に向かうべきだったか」

「えぇー? わ、私は嫌ですぅ! こんな格好で王都を練り歩くの! 乙女の恥よー!」

「そ、そうですよ! どうせ、私に御者やらせるんでしょ?!」


「「当然!!」」

「ひどい!!」


 確かにこのメンツなら消去法でネトーリしか御者をできないのだけど……。

 王都も教会都市も大して変わんねーよ。とアグニールは思いつつも、人目にさらされるネトーリは二度と光のもとに立てなくなるくらいの目に合いそうだ。


 だって、元聖職者が、半裸で腰に聖典巻いて御者とか、なんのプレイ?

 そして、誰得??


「くそー! どうする? 王都に照会をかけるのにどれくらいかかるって?」

「そ、それはまだ──」


 ばーか!


「聞いてこい!」

「ええええー?! また行くんですかぁあ!」

「またも、股もあるかぁぁあ! また、股隠していってこーい!!」


 ひどいー!


 ドカーン! とアグニールに蹴り飛ばされたネトーリが半裸で──……あ、聖典ここにあるやん。


「返してくださいよ!」

「いらねーよ!」


 ばっちいのでまんで、ぽーい!

 それをいそいそと腰に巻いて、てててーと小走りでギルドに駆け込む、ネトーリ。


 すると、間髪入れず、ギルドで悲鳴が上がる。

 なにやら、ぱりーんとか、ドカーン! 「きゃぁぁぁああ!」って、音がしてるけど──……まぁ、何とかなるでしょう。


「ううう……しくしく」

「泣くなよ! うっとうしい!」


 あーもう!

 泣きたいのはこっちだよ!!……くせーし!!


 それにしても、まさかまさか、ここまで装備を失うとは──。

 さっさと街を出るつもりで宿を引き払っていたのもまずかった。


 アグニールは『携帯魔力タンク』を持ち歩く関係上、旅荷物は最小限にしていたのだ。

 多少は馬車や背嚢に入れてはいたが、大抵は街で買ってそれを使い捨てていた。


 ……それが裏目に出た。


 金に飽かせて楽をしていたものだから、それが使えなくなる事態なんて想定していなかったのだ。

 そもそも、冒険者認識票まで一人残らず失うなんてあると思わねぇじゃねーか!


 くそ……!


「忌々しいトラップめ!!」


 二度と行くことはないが、魔力が無限に使えるようになれば、あのダンジョンに全魔法をぶち込んでどこかにあるコアごとぶっ飛ばしてやると固く決意するアグニールであった。


 ……まさかまさかの、あれがライトの魔法であるなんて、想像だにしていない。


「──も、もどりましたー……とほほ」


「ぶ!」

「きゃっはは! 何その顔ー」


 ヨロヨロとした足取りで馬車に戻って来たネトーリが顔をパンパンに腫らせてやってくる。


 どうも、オーガ級の何かに顔面を平手打ちされたらしい──。


「馬鹿女にやられたんですよ!」

「だれが馬鹿じゃぁぁああああ!」


 バコーン!


「はぶぁぁああ!」

「ちょ、おい!」


 ぶっ飛んでいくネトーリ。

 ただでさえ満身創痍なのに追撃をくらっちゃあねー……。


「殴るのはいいけど、話を聞いてからにしろよ!」

 それはそれでひどい……。

「聞く前も、あとも、殴らないでくださいよ! おー、いててて」


 こっちも痛いわよ! とサーヤも涙目で手をフーフーしている。

 どんだけのパワーで殴ってんねん……。


「で、そんなのどーでもいいから、なんだって?」


 ど、どーでもって。

 ネトーリとサーヤのジト目にも気づかず、宣うアグニール。


「はぁ……殴られながらも聞いてきましたよ。……照会するのに、最低5日~10日。しかも、証明するにしても、こっちで書類作成しないとダメらしくて──」


「あ!? 10日だぁっぁあ?!」


 そんな時間、一文無しでここにいろってか?!


「馬鹿! もっと粘って来いよ!!」

「粘る粘らないじゃなくて、このケースだと、冒険者認識票の再発行・・・になるそうです──事実、紛失しているわけですし……」


 なくしてねー、つーの!


「溶けたんじゃんしょーがねーだろ!!」

「あと、」

「なんだよ!!」


 え~っと……。


「Aランクの場合、再発行の手数料に金貨一枚かかるそうです」



 …………。


 ……。



「それが、ねぇぇえーーーーーーーーーーーから、ここに来てんだろうがぁぁぁぁああああああああああああ!」


 ドカーーーーン!!


 アグニールの絶叫が馬車の中に響き渡ったのだった。

 ……そして、しばらくドッタンバッタンと暴れた挙句のこと。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「「ど、どうどう」」

「馬じゃねーよ!!」


 あ、馬。


「そうか! 馬を売れば──!!」

「あ、あ、ああーーーーーー!! なるほどぉ!! とりあえず、馬を売って、そのお金で再発行して──服も買って、宿もとる」


 凄い! 最適解!


「さっすが、アグニ様ー!!」


 ピョンと抱き着くサーヤ。

 しかし、臭いのでさらりとかわされる。


「ふふん! この頭脳があればこれしき──」


 っていうか、

 なんで最初に思いつかなかったんだろうー、という疑問はさておき。


「……で、誰が売りに行くんです?」


 じー……。


「はぁ……また、私ですか」


 がっくり。


 どうせそうなるんだろうなーと肩を落とすネトーリであった。




※ ※ ※



 ──で、市場へ馬を売りに行き、トボトボ帰って来たネトーリ。


 幸いにして馬の取引商館は街の郊外にあったので衆目からはすこ~し免れている。


 とはいえ、その背中がそこはかとなく寂しい……。

 市場を行くときは、馬車ないし、馬を曳いていたから少しはましだったが、商館からの帰りは下取り金だけを持っているので、ほぼ全裸……。


「ぷぷー」

「あはははー!」


 これで街をブプププ!


「わ、笑い事じゃないですよ!」


 だ、だって、その恰好で市場を、ぶぷぷー!

「アンタらだって似たようなもんでしょ!」


 今なしの馬車で、小汚い恰好の男女が詰め込まれているのだ。

 どこの変態カップルなんだか……。


「で、いくらになった??」

「ふふん、いい馬だったしねぇ。金貨5枚はかたい──」


 チャリン。


「ぎ、銀貨2枚と、銅貨50枚です」

「「…………は?」」


 ネトーリが寂しげに差し出した革袋の中には金貨の輝きがない。

 それどころか、やたらと軽い……。


「ぎ、銀貨2枚と?」

「それと、銅貨50枚ぃぃっぃいいい?」


「……しょぼん」


 しょぼんじゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


「ど、ど、ど、ど、」

「どーいうことよぉぉぉおおおおおおおおお!」


 どかーん!


「ひぃぃい! だ、だってぇ! ここの商館のやつ、なんか足元みやがって──」


 ポカポカ殴られつつもネトーリは必死で言い訳をする。

 だって、涙涙の物語なんだもん。


「足元ぉ?」

「あ、まさか、アンタその小汚い恰好で──」


 小汚いって……あと、アンタ・・・とかいうなし!!

 昔は愛人だったでしょうが、この小娘ぇぇぇ! とネトーリが怒り狂うが二人はお構いなしだ。


「くそ! つっかえねぇ坊主だな!」

「そうよ、この放送禁止用語ピー♪野郎が!!」


「む、むがぁーーーー!」

 す、す、す、

「好きかって言いますけどねぇぇえ! これでも結構、粘ったんですからねぇぇぇ!」


 最初は銀貨1枚と言われたので、さすがにそれはと泣きついたネトーリ。

 しかし、小汚い恰好のネトーリが困窮していることを見抜いていた商館の主人は、滅茶苦茶に足元をみた。


 で──……この金額だ。


 ハッキリ言って、くっそ買いたたかれている。


「ちっくしょー……! これでなんとかしろってか? そもそも、これじゃ、再発行できねーじゃねーかよ!!」

「そーよそーよ、このばーか! ロリコーン!!」

「馬鹿はアナタでしょうサーヤ! あと、ロリコンちゃうわぁぁああ!」


 ロリコンやん。


「ち。とりあえず、いまさら言ってもしょうがねぇ。まずは……服だな」

「そ、そうね。こんな格好じゃ、外にも出れないわ」


 じー……。


「はいはい、行けばいいんでしょ行けばぁ!!」


 半ばやけくそのネトーリ。

 そのまま、いっそ堂々たる風格で市場に戻っていく。


 のっしのっし。


「……ある意味すげぇな」

「……同感」


 きゃー! へんたーい!!

 たいへんなへんたいよー!!


 なんか、奴の行く先々で悲鳴があがっているが、まぁ、見なかったことにしようかな──。


 そして、

「ただいま、戻りましよー」


 ……のっしのっしと、市場中に大スカンを食らいながらも、なんとか古着を買い集めてきたネトーリ。


 ──だが、

「な、なんだこりゃ! まるで平民の服じゃねーか! なんかくせーし!」

「臭くないわよ!!」


 いや、くせーよ。

「って、お前じゃなくて、服だよ服!!」

 お前も臭いけどさー!


「中古の安物なんて、こんなもんですよ……。残りの金で、宿と飯を確保しなきゃならないんですよ! 贅沢いわんでください」

「ぐむ……」


 どっかの廃品を再利用したらしい服は、垢じみており、切れるだけマシといった程度。


 サーヤのものに至っては、ほとんど布切れだ。


「……文句あるなら、返品しますか?」

「い、いいわよ! その代わり、宿はちゃんとしたとこにしてよね!」


 そんなの無理ぃ──。


「アナタねぇ、残金いくらだと思ってるんですか……。とりあえず、パンを一個買ってきました。残り銀貨1枚と銅貨20枚! これで何とかするんですよ!」

「なんとかってなんだよ?! いつまでだよ」

「それを考えるのがリーダーの仕事でしょーがぁぁあ!」


 超正論。


「く……! わかったよ。と、とりあえず宿だ! 宿で体と服を洗うぞ!」

「賛成賛成!!」


「はいはい。ですけど、個室なんて無理ですからね? 木賃宿に泊まれるだけでもありがたく思わないと……」

「「く……!」」


 贅沢が身についたアグニール達にはなかなかきつい話だった……。


 あ、そうだ!

「な、なぁ。──お前、昔この町にいたんだろ? サーヤも!」

「へ? いたけど」

「そりゃ、孤児院の先生でしたし──」


 にやりっ。


「だったらよー。多少なりとも、知り合いくらいいるんだろ?……金借りて来いよ」


「はぁ?!」


「あはは、アグニ様、無理ですって! コイツ、孤児院で散々やらかしたせいで、追い出されてるんですよー。ね~先生ぇ♡」


 しっとりくっついて艶っぽい目でネトーリを見上げるサーヤ。

 さすがにこれには反論できず、ぐぬぬ……と、押し黙るネトーリ。


「じゃ、お前はどうなんだよ」

「ドキ」


 ……なんだよ?


「ぷぷぷ。サーヤさんもたいがいなもんですよー。い~ったい何人の女に憎まれてるんだか──知ってます? こいつ、」

「ば! いらんこと言うんじゃないわよ! このロリコン!」

「なにをぉ!──孤児院中の神父やら、街に既婚者相手に、」


 あー……。


「もういいもういい……」


 ……はぁ。


 なんとなく察したアグニール。

 ようするに、こいつらクソ野郎でクズ野郎で、変態なんだわ。


「……お前らに期待した俺が馬鹿だったわ。しゃーねぇ、一度休んで態勢を整えないしてから、ギルドでクエストを受けよう。冒険者認識票がなくても、フリークエストくらいならいけるだろう。それでなんとか金を溜めるか、王都行きの馬車代を稼ぐ、だな」


「「え、ええー」」


 なんで、「えええ」やねん!

 どいつもこいつも、使えねーーーーーーーーと、心の中で叫んだアグニールであった。


「いいから黙ってつい来い、バーーーーーーカ!」

 士気がガタガタに下がっていくアグニール率いる『銀の意志ズィルバー』なのであった。



 チーン♪



 ──残金銀貨1枚と銅貨20枚なりー。



 ……そして、無駄足を踏んでいる間のこと。

 アグニール達が、わずかな残金で過ごす間に、まさかまさかの人物が帰還しようとしているなどつゆとも知らない。


 そう。

 運命(?)の再開まであと────。

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