第21話「出発と、大変な変態」

 ギュシ、ギュシ!!

  ギュリリリリ……!!


「ぃぃよぉッッし!」

 これでよし!


 ──バッチン!


 背嚢の荷物を詰めなおし、固定バンドできつく縛るライト。

 外観を確認し、問題がないか見直す。


 ギシギシ


「……大丈夫そうだな」


 それはもう、詰めに詰め込んだ背嚢──みるからに重そうだ。

 この状態で、荷物に隙間があると背嚢の中で暴れて疲労感が増すのだ。


 ──だから、きっちりと縛って固定する。


 ついでに、一度背負ってみてから、その具合を確かめる。

 体を何度かひねって、最後に軽くジャンプ。


 うん……よし。


「……って、なにしてんだ。ヤミー?」

「ん?」


 ライトを真似てピョンピョン跳ねたり、

 体をひねったり──……あの、ライトさんは、別に遊んでるわけじゃないのよ?


 ……ま、ええけど。


「それより、忘れ物はないか? ヤミー」

「こくこく」


 ……んんー。


 まぁ、ヤミーの持ち物なんて、もともと着てるもんくらいしかないしな。

 服脱いでなければ、それでいいか。


「よし、行くか」

「う、ん」


 キョロキョロ


「……ん? どうした?」


 挙動不審のヤミー。

 どこか元気がなさそうなその様子に首を傾げつつ、つられて野営地を振り返るライト。


 ……なんもないよな?

 全て荷物を準備してから、もう一度確認するのは基本だ。


(うん。忘れもの……なし。痕跡も除去•••••したな)


 ゴブリンあたりに追跡されても面倒だから、きっちり痕跡も消しておく。

 街道こらは放れているので、こんなところにいるとは思えないが、山賊だって出ないとは限らない。


 だから、なるべく元の状態に戻しておく。

 ……これ、野営の基本ね。


 で──。

「どうした? なんか、気になるのか?」

「ふるふる」


 んんー……?


 ライトの真似をしているのか、野営地をもう一度振り返るヤミー。


 ──その姿がどこか、寂しげにも見える。


「……あ」


 もしかして──、

「ここが、気に入ったのか?」

「……こくん」


 あぁ、なるほどな。


「…………なら、また来ようか?」

「こくこくこく!」


 すごく嬉しそうに顔をほころばせるヤミー。

 ちょっと直視できないくらいいい笑顔。


「お、おう、任せとけ」

 ポン。

 軽く頭に手をおいてやり、大きく頷くライト。


 ま、年相応に可愛らしいところもあるようだ。


 なに、これくらい大した距離じゃない。

 なにかのクエストのついでに来るくらい、別にいいだろう──。


「わかった、またいこう! 魚釣って食おうぜ」

「う、うん!」


 パァ!


 ……だから、照れるからやめてくれ。


 光魔法並の、めっちゃいい笑顔を見せられちゃあ、闇に落ちそうになっているライトには眩しすぎる……。


 きっと、世間の波に揉まれて汚れちまったライトにはわからないが、こんな何の変哲もないところでも……ヤミーにとっては大事な場所になったんだろうな。


 見てもわかるとおり、

 彼女にとっては初めての連続だったのだろう。


 温かい食事に、暖かい寝床……──。

 アグニールがどう扱っていたか知らないが、昨日の様子を見るにろくでもない扱いだったのだろう。


 その境遇を思えば、ヤミーがここをどう思ったか、何となくわかる気もする──。


 ……ライトだって、かつて孤児院にいたころ、初めて野外作業に出た時に見た景色は忘れられない。いつかそこに住もうと思ったくらいだ。


 まぁ、孤児院を出てしまえば、ただの思い出の場所でしかなかったけど──。


「ぎゅ」

「ん? うわ?! な、なに?──手、か?」


 手がどうした──あ。


「つなぎたいのか?」

「こくり」


 昨日に比べて大分歩けるようになってきたヤミーが手を差し伸べる。


 ……ま、いいか。


「なんか、モンスターが出てきたらすぐに離れろよ?」


「う、ん」

「いい子だ」


 マジでお父さんの気分だ。

 ヤミーが実際どう思っているのか知らないが、まるで生まれたての赤ん坊だな。


 何にでも感動し、

 なんにでも懐く──。

 たまたま、それがライトだっただけかもしれないが……まぁ悪い気はしない。


「よッし、そんじゃ、アグニールをぶっ飛ばしにいこう街に帰ろうかか──おやつは道々食いながら行こうぜ」

「うん!」


 食うことになると、ほんと元気だよなー。


 多分、すぐに疲れるんだろうけど、最初くらいはヤミーの歩きたいように歩かせてやろうと、手を繋ぎ、お手てふりふりと二人は森を出て街へ向かう。


 途中、行儀悪くも、4種の骨せんべいと、果実をみながら──。


「うまいな!」

「こくこくこくこく!」



 一路、あの町──『教会都市』へと。



 ※ ※ ※


 その頃──。


 カランカラ~ン♪

 ギルドのドアベルが涼やかに鳴るなか……。


「だーかーらー! お金を下ろさせてくださいっていってるんですよー!」


 ギルドにやって来た半裸の元聖職者が、窓口で騒ぎを起こしていた。


「い、いえ。ですから……。身分証がないんじゃ、照会しないと。それには時間がですね……」

「だから! どうみても、こうみても、『銀の意志ズィルバー』のネトーリですよ!」


 ねぇ!


 そう言って、ボロボロの聖典を腰にまいた神父ネトーリが、窓口のメリザに詰め寄っていた。


 ……いや、どこをどうみても不審者ですよ?


「そ、そういわれましても、規定で決まっておりまして……。こちらは支店なんですよ? えーと、『銀の意志ズィルバー』さん? おたく・・・らは、登録は王都でされたんですよね? なら、身分証明の書類は向こうにあるってことですよね?……なので、一度問い合わせないと──」


「あーもー! そんな杓子定規なこと言ってないで! みればわかるでしょ!」


 ばーん!


「み、見せないでくださいよ! そんなもん!  ばっちいなーもー!」

「は? ば、ばっちい……?」


 パラリと落ちていたネトーリの腰巻(?)。

 見せちゃいけないもんが見えてます──……。


   パラリ


 って、

「おわぁっぁあああ!」

「って、なんでだんだん隠せなくなってる・・・・・・・・んですか!! 衛兵呼びますよ!!」


 ちょ、ちょちょ!


「ちょぉぉおお! わざとじゃないですよ! こんな環境じゃ興奮したってしょうがないじゃないですか!」

「こ、興奮? へ、へ、へんたいよー!!」


 大変な変態よー!!


「衛兵! 衛兵ぃぃいい!!」

「衛兵、呼ぶなし!! あーもう!!」


 ドタバタドタ!


 慌てて逃げていくネトーリ……らしき人──。

 っていうか、ネトーリ氏でいいんですよね?


 ギルド中が顔を引きつらせる中、対応をしていたメリザがホッと息をつく。


「びっくりしたー。まさか、白昼堂々変態がくるなんて──」


 ばーんッ!

  カラン、カラ~ン♪


「変態じゃありません!」


 いや、変態やん!!


 帰ったと思いきや、フェイント入店──腰巻(?)を取りに来たらしいネトーリがそそくさと戻っていく。


「な、なんなんですか、いったい……? た、たしかに『銀の意志ズィルバー』の人だったと思うんですけど──」


 うすぼんや~り。


「う~ん……覚えてない」


 首を傾げるギルド受付嬢のメリザさん。

 あの時、窓口対応をしたのは、主にサーヤとアグニールだったので、ネトーリの顔はぼんやりとしか覚えていなかったのだ。


 イケメンの顔ならともかく、じじいの顔なんかいちいち覚えてるはずもなし……。

 なのに、突如、ほぼ全裸の恰好でのしのしやって来たかと思えば、金を下ろさせろと詰め寄って来たもんで──。


「……そりゃ、身分証みせろってくらい、いいませんー?」


 うんうん。

 と、言葉少な気にギルド中が頷いている。


 みんな、真昼間から汚いもん見せられ気分最悪だ。


 酒がまずくなると、管をまく冒険者も吐き捨てている。


「──そもそも、なんであんな格好を? 『銀の意志ズィルバー』って、Aランクですよね? それに、あのクエストの帰りなら、ライトさんはどこに?」


 そうだ。このギルド所属のライトがいればそれで一発で話がつくというのに……。


「でもそういえば……」

 ──ちょ〜っと、遅いような?


 たしか、奇妙な依頼を受けて、ライトがAランクパーティの『銀の意志ズィルバー』に同行したのは、数日前のことだ。


 距離や準備した物資のことを考えればそろそろ戻ってきてもおかしくはない頃なのだが……。


「ま、まぁ、ライトさんに限って、クエスト失敗なんてありえないと思うんですけどねー」


 ……ライトは自己評価が低いところがあるが、実はギルドではそれなりに高く評価されている。


 一見して戦闘力ばかりが注目されるが、冒険者ギルドは傭兵団ではない。

 れっきとした営利組織なのだ。

 つまり、依頼クエストを達成する人間こそが評価されるのだ。


 その点でいえば、ライトの依頼達成率はほぼ100%を誇る優秀な人材なのだ。


 まぁ、戦闘系のクエストが受けられないので、実質失敗というのは採取系クエストなどの期限切れだが、ライトはその辺をわきまえていたので、失敗することはなかった。


 なにより、希少な『月光草』や、その他夜間でしか取れない薬草を採取してきてくれるので非常に評価が高い。


 そんなライトであったが、ひそかに向上心も持っていたため、メリザも積極的にパーティ募集系のクエストを彼に回していた。


 もっとも、雑用系のクエストしかないので、あまりまくっているのだが、それを受けてくれるのもライトだったので、ギルドとしてもかなり助かっていたのだ。


 そんなライトに舞い込んできた奇妙な依頼。

 それが、先日のAランクパーティへの同行……。


「う、うーん。基本、高ランクパーティからの指名依頼は断れないんですけど、今思えばおかしいですよね?」


 ライトを雇うメリットが彼らにあるというのだろうか?

 稀に、レベリングのために身内を連れていくこともあるが──。


「う~ん。あの時いたのは、たしか……」


 あのクエストを仲介したのはメリザに他ならないので、もちろん、覚えている。

 も、もちろんね。


 え~っと、


 イケメンのアグニールと、ライトの幼馴染だといういけ好かない、頭空っぽそうなお色気メスガキ。

 そして、ね、寝取り神父だっけ?


「う、う~ん……思い出せない」


 そも、身分証を出せばいいだけの話。

 それもなく、いきなり金を下ろさせろなんて虫のいい話あるわけないない。

 ……っていうか、それならせめて王都にいけよ、というだけのこと。


 つまり、

「──うん! 二度とくんなしッ!」


 ペッ!


 吐き捨てるメリザに、何も見てないよー。と顔をそらす冒険者たち。

 メリザさん、荒れくれものを相手にするだけあって、美人だけど、ちゃんと強いお人なのです──。


「それか、ライトさんか、アグニールさんがくればいいだけじゃないですかー。まったく……」


 なんであんな変態をよこすんだか。

 新手の詐欺かしらね? そう思って業務日誌に書き込むのだった。


 《変態現出》


 これで良し──っと、日々の業務に戻るメリザ。


 だが、まさかまさか、あれが本物のAランクパーティのメンバーで、

 そのAランクパーティが囮要員を雇った挙句に、まさかレーザーの至近弾を食らって装備一式燃えたなんて──思いもよらないメリザなのであった……。

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