第20話「朝チュン」

 ちゅんちゅん……。

  ちちちちいちぃちぃ……。


「ん……?」

「起きたか?」


 毛布の上で眠気眼をこするヤミー。

 どうやら熟睡できたらしい。


 その様子を朽ちた倒木の上でお茶を飲みながら見守るライト。


「おき、た」

「おう、顔洗ってきなよ」


 ……まだ距離感のつかめないライトは、ヤミーに対してどういった口調を使えばいいのかわかりかねている。

 現状やっていることはお父さんの仕事だが、それはどこか孤児院時代の兄弟の世話を思い出させた──なら、お兄ちゃんかな?


 ふと、あの孤児院での兄弟の顔を思い出す──。


「ははは……」


 ダメだ。

 霞みがかかったみたいに、よく思い出せないや。


 そんなに昔のことじゃないのにな──。


 ぼぅ、っとしてるうちに、絹擦れの音。

 いつの間にか顔を洗ってきたらしいヤミーが……って! 顔やのうて、全身洗ってきた、君ぃ?


 いいけどさー。

 さむぅ寒く、ない?


「……朝は顔だけでいいぞ」

「かお、うん」


 どうやら、洗え=全身だと思ったらしい。言葉が足りないライトのせいか。

 ……うん、やっぱ父ちゃんだな。


「ほら、あったまったら、飯にしようぜ」

「うん、たべゆ!」


 ふふ。

 素直だな──。


 ヤミーの境遇がよくわからないが、決して良い扱いだったとは思えない。

 一日のうち、どれほどの時間をあのタンクの中にいたのか。あるいはずっといたのか──。


 少なくとも、病的なまでに白い肌は、闇の中に長時間いたことを示している。

 朝日の元で見たヤミーの肌は本当に白いのだ。


 そして、あまり動きが取れないであろう四肢。

 ……これも、孤児院に併設されていた療養院で聞いた事がある。


 日光を長期間浴びずに育った場合、こういった症状が出ると──。


 ポンッ。

「……ん??」

 だから、ライトはなんとなく彼女の頭に手を置いた。

 なんとなく、なんとなくだ……。


「ほら、朝は軽めだぞ」


 ヤミーが寝ている間に、ささっと朝食を整えたライト。 

 ホント、手慣れたもんだ。


「パンと、サラダと、いもと、スープ。あとはデザートとおやつだ。ま、食え食え」

「こくこくこくこく!」


 高速でうなづくヤミー。

 っていうか、コクコクは口で言うのね? ま、ええけど──。


「ほぃ」

 料理用のナイフで、もりり! と大きく切り取る黒パン。

 もちろんパンは、いつもの黒パンだ。


 それをさらにスライス──。

 そのスライスに、ラードをた~っぷりと塗るのだ。


 これがまた、うん~まいのだ!


「あと、器貸しな」

「は、い」


 そして、つけあわせに、イモを茹でたもの。

 皮ごと茹でたので、手でつるんと剥ける優れものだ。腹持ちもいい……、屁がよく出るけど──。


 そして、瓶に入ったザワークラウトを器に盛りつけ、今朝のうちに積んだ野生のニンニクとあえてサラダ風に。

 味付けは削ったチーズと岩塩だけ。これだけで十分うまい!


「サラダと芋な。どっちも味薄かったら、塩かチーズをつかえ。使い方はわかるな?」

 料理用ナイフと、岩塩とチーズの塊をそれぞれを鍋の蓋の上に置いておく。

 どっちも、水分を失ってカチンコチンの塊なので、それをナイフの背で削って粉にするのだ。


「う、ん」


 ……ナイフはちょっと危険かもしれないが、何事も挑戦かな。

 もちろん、使うときはちゃんと見ておく──……って、俺は父ちゃんか!


「ほい。あとはスープ」

「ん!!」


 にっ。



 嬉しそうに笑うヤミー。

 どうやら、スープやシチューがお気に入りの様子。

 だけど、昨日のシチューほどコッテリじゃないぞ?


 朝は軽めの、あっさりスープだ。

 味はいいと思うけどね。


 ……もちろん、スープは昨日分けておいた出汁を使ったやつ。

 ただ、出汁のそれだけだとさすがに味気ないので、昨日食べた魚の身の残りをほぐして入れてある。


 この際、とろみは付けずあっさりといただくとする──。


「舌、火傷すんなよ?」

「う、ん」


「あと、きっとは食後に食え。余ったら、道々食べてもいいぞ」

「ん?」


 見慣れない料理に首を傾げるヤミー。


 最後に出したのは、おやつ代わりに魚の骨をカリッカリに焼き上げておいたものだ。

 これが、パリパリになって、うまいんだよ!


 しかも、ライトのこだわり。……味付けは複数。

 岩塩のみと、ハーブ風味と、野生のニンニク風味。とどめに、全部混ぜの4種類ときた!


 よーし!

 旅先のライト特製ブレックファースト!

 現地調達&保存食の豪華朝飯と行こうじゃないかー!


 おー!


 ……って、ヤミーは乗ってくれないよな。

 実は、ソロ時代から一人でこんなことやってたのは内緒……。


「ごほんっ。……さ、食いな。今日は食ったら一気に街まで行くぞ」

「こくこく!」


 あ、これ聞いてない奴だ。

 「待て」をされている犬みたいに、ライトの顔と飯を交互にみている。


 だらだらと涎をこぼさんばかり!


 さすがに苦笑したライトは、

「……好きなだけ食べていいから」


 昨日の時点で胃捻転を起こしていないことから、おそらく問題ない。

 食べ盛りの子供だろうし、好きなだけ食わせてやろう──……つーか、この子何才だろう?


 見た目は、12,3歳? もっと下かもしれない。


 ただ、それなりに、知識はあるらしい。肝心なところがずっぽし抜けているだけで、当然、火の怖さは知っているし、ライトの言葉に受け答えもできる。

 なにより、治療までできるのだ。

 ひょっとすると、見た目以上の年齢なのかもしれない。


 ──ま、レディーの歳を聞くのはマナー違反か。


「もっもっもっ!」

 ライトの言葉を聞くや否や、手にもつ黒パンを一気に詰め込み、咀嚼。

 ……いや、それは無理だろ?!


 口をパンパンにして、あれも食べこれも食べ! と、眼を輝かせているが──死ぬぞ、おーい!


「ゆっくり食えって!!」


 苦笑しながらライトも、飯をつまみつつ、朝、森の中で見つけた果実の皮をむく。


 ──デザートの果実だ。


 黄色の果物は、よく熟しており、香りがいい。

 初めて見る果実だが、虫や鳥が食べていた形跡があるので、毒はないだろう。

 試しに、ちょ~っとだけ食べたが、今のところ問題ない。


 なんだろう。

 柑橘系という感じではなかったな。


 すこし、ジュグっとした触感に、ザラザラとした後味が残る。

 ほんのり甘く、香りがよい。


 好みの別れそうな味だが、ライトは好きな味だった。

 ヤミーはどうだろうな。


 しょりしょりしょり……。


「ほれ」


 もりもり食べているヤミーの横で鮮やかな手つきで果実の皮をむくと、さらに盛り付け、ヤミーの取りやすい位置においてやる。


「──最後に食いな、口の中がさっぱりするぞ」


 そう言いながら、ライトも食事を再開。

 パンはいつも通り、うまい。


 ラードの独特の甘さと、黒パンの酸味がマッチして、口になじむ。

 腹にどっしりとたまる感じも、また──よい。


 そして、サラダは言うまでもなく最高。

 ザワークラウトの酸味と野生にニンニクのガツンとくる苦さと辛さがぶつかり合って味を引き上げていく。

 ちょっとだけ掛けた岩塩がそれをうまく調和させている。……マジ最高。チーズの風味が鼻に抜けてニンニクのそれと神のような組み合わせを生み出す。

 もう一度言う、マジ最高。


「あーもう、これだけで腹いっぱいにしてもいいな」

「こくこくこくこく!」


 ヤミーも大絶賛。

 どうやら舌はライトと合うようだ。……何食ってもうまいって言いそうだけど。


 そして、口の中がさっぱりし過ぎたらこれ。

 芋。

 まごうことなき芋。


 ……実は、何の種類か知らないけど、街で売られていた農家の自家製の芋だという。

 露店のおばちゃん曰く、日持ちすると言うので買っておいたけど、正解だったわ。全然腐ってないし。


 うんうん。


 こうやって、手でむけば──つるん!


「……あ、これ塩だけでいくらでも食えるな」

「こくこくこくこく!!」


 教えられた通りに、切り込みを入れ、塩と一緒にゆでるだけ。

 あとは手で切り込み方向に圧してやると、ツルン! と芋の中身が顔を出す。……中身?


 とにかく、白いような、ほんのり紫のようなその芋の身を口に含むと、ポクポクとした食感!

 さらに咀嚼すればネットリとしたなんともいえない味わい。


「うっま!」

「うまぁ」


 さらにひとつ、二つと食べ進めていく。

 ……マジで無限に食えそう。


 ためしに、ちょっと岩塩をつけると味がさらに深くなる!

 茹でた時に入れ過ぎても味がぼやけそうだが、こうして直接つけて食べると舌が塩味を感じでより一層うまく感じるのだ。


「今度、また買おう」

「かう」


 うん。

 YOUはお金ないから、俺が買うからね。

 頼むから店で泥棒しないでよ?


 ちょ~っと、街に行ってからの注意点を頭に浮かべつつ、イモをすべて平らげるのであった。

 さすがにヤミーも、知らないところで泥棒を働くようなことはないと思うけど、この子常識がちょっとなー。


 あ……っていうか。俺も金ないわー。

 ドロップ品、売れてくれればいいけど……。


 チラッと、見下ろす背嚢。

 山盛りのそれにはアンデッド系素材がいっぱい。


 トリプルAダンジョンのアンデッドのだし、売れると思うけど──ギルドも需要と供給だからなー。


「…………さて、気を取り直して、スープはどうだった!」

「んまい!」


 お、おう。センキュー。

 って、YOU食べ過ぎー!


 言われた通り、ヤミーは遠慮なしに食べたのか、スープは半分以上が鍋から消えている。

 その体に、よー入るなー。


 まぁ、ええけど。


「じゃ、おれもいくかな──」


 出汁だけを使いまわしたスープだ。

 乾燥野菜と干し肉のそれがたっぷりと染み出し、薄い茶色のスープ。そこにほぐした魚の身が雪のようにスープの中を舞っている。


 うむ……。絶対旨いやつやん。


「ずずー」


 うん。うまい!!

 

「あ、お代わり欲しかったら飲んでいいぞ」

「のむ!」


 おう……。

 素直でええけど、食いすぎんなよ。


 どうやら、なんだかんだでライトの分は確保しているつもりで残していたのだろう。

 全部食っていいと言ったら本当に食いそうだ。


 さすがに入らんだろうが──。


 ずずー。


「あーうま」


 さっぱりしてるわー。

 乾燥野菜と干し肉の出汁、マジで最高だからね?

 そこに魚肉のフワフワかつたんぱくな味が加わったら、正義だからね。


「うん、ごっそさん」


 ふぃー。満足満足。

 朝からこんなにいいもん食えるは、アグニールのアホが荷物を放棄していったおかげだな。

 まぁ、許さんが。


 4人分の荷物。

 さらに、Aランクパーティも荷物だ。いいもん食ってやがるぜ。


 クエスト準備の時はライトも手伝って、色々買い出しに行ったが、そのあたりに金の糸目をつけないのはさすがは高ランクパーティといったところか。

 まぁ、許さんが。


 奴らの顔を思い出した瞬間、はらわたが煮えくり返って来たライト。

 反射的に、目の前に浮かんだ連中の嘲笑に照準してしまう。


 ジャキンッ!

 ──キュィィィイイイン!


 指先に収束していく光。


「どこまでも忌々しいやつらめ──……!」


 せいぜい、首を洗って待ってろよ。

 こっちは準備万端で乗り込んでやる──!


 たっぷり休息をとったライト。

 一方で連中も惰眠を貪っているだろうか?

 それとも、さっさと報告を済ませてあの町──『教会都市』を出発しているだろうか。

 そして、ライトの最強魔法『レーザー』……これがあればライトは、奴らを誅すことができるだろうか。


 あのAランクパーティ『銀の意志ズィルバー』を追い越すことができるのだろうか。


「……いや、やる──必ず超える」


 ライトには殺人は犯せないだろう。

 奴らが殺す気で来たのだから殺し返してもいいが、それをすれば周囲に人に迷惑がかかる。


 ギルドや孤児院。

 ……孤児院自体はもはやどうでもいいけど、それでも中にいる兄弟たちに罪はない。


 それになにより、


「──ん?」


 そうだ。今のライトにはこの子がいる。

 きっと、ライトがアグニール達を殺せば、罪に問われるだろう。

 そうなったらヤミーはどうなる?


 また、アグニールの手元に連れも出されるのか……?

 そして、またあのタンクの中に──。


 ゾク……。


 アグニールは腐っても貴族だ。

 奴を殺せばライトなんてただで済むはずがない。その理由が正当であったとしても──だ。


 貴族社会は……とくにアグニールの家門はこぞってライトを追うだろう。


 犯罪者として、ライトを徹底的に叩き潰そうとするはずだ。

 そして、ライトがいくら事情を説明しても、クソ雑魚孤児院出身者の言葉を信じる奴なんてそう多くはない。

 いや、信じたとしても、ライトが不利なことにかわりはない。


 それが世の中だ。

 美しき世界だ。


 世の中は弱肉強食。弱いものは常に食われるしかないのだ。

 そんなことは知っていたし、今回のことでさらに身に染みた。


 そして、強者は間違いなくアグニール。

 貴族であり、魔塔のエリート。


 ライトなんかただのDランク冒険者だ。

 しかも家柄も何もないときた。


「くく……そりゃ、踏みつけるわな」

 路傍の石と何ら変わりないのだろう。

 サーヤとて、おそらく同じだ。いずれアグニールに捨てられるのは目に見えている。

 それだけ、力に差がありすぎて、力があれば何でもできるのだ。


 そう、力があれば────。




 ズキューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン♪




 ならば、

「力を見せてやる……」


 正当性を訴えても叩き潰されるなら上等だ。

 殺しさえしなければ、目標はライトただ一人のはず。

 ……その時はヤミーだけを連れて逃げてもいい。


 そう、殺さなければ──貴族社会は動かない。

 動くのはアグニールと、その家門だけ。それもおそらくアグニールが要請をして初めて動くはずだ。


 あのアグニールがそれをよしとする?


「ないだろうな……」


 奴は承認欲求の塊だ。

 それはわかる。孤児院の雑多な少年少女の中にもあんな奴がいた。


 自分はもと貴族だ、王族だ、なんて吹聴してるやつがな。

 それが事実であれ、嘘であれ、アグニールの目を全く同じだった。


 ならば。ライトができるのは殺さないように、思いっきりぶん殴ることだけ!


 上等だ!!

 それくらいなら上等だ!!


 ぶん殴ってぶん殴って、奴の名誉を徹底的に叩き潰してから、足元を崩してやる!

 奴の言うように、貴族家の末弟だというのなら、名誉を叩き潰された奴は自ずと破滅するはず──。


 そして、そのカギがライト自身とヤミーだ。

 ライトの勝利と、ヤミーに対して行ってきたこと。……どうせ、ヤミーだけが被害者じゃないはず。


「……舐めるなよ、アグニール」


 ニィ。


 ライトの光線と、奴らの持つ力。


 アグニールは、金、権力、魔法──そして、ライトがもっていないそれ以外の全て。

 一方のライトは【光線】のみ、か。


「上等じゃねーか」

 むしろ、燃えてきたぜ。


 ……今までどれだけ辛酸を舐めてきたと思っている?

 孤児院出身でハズレ属性がどれほどの──!


「ふふふ」


 それに比べたら対抗手段があるだけでも御の字だ。

 まってろよ、アグニール。


 正々堂々、

「真正面から、ブッ飛ばしてやらぁっぁあああああああああ!」



    ーーーーーーーーーーーーーーン♪



 遠くの空に命中したライトのレーザーが雲を吹き散らす。

 それがアグニール達の持つ力とやらに対抗するライトのそれ・・に重なって見えたのだった──。

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