第16話「白い少女」

 ライトの照明に照らし出されるBOSS部屋の広大な空間。

 そこはまるで戦場のような有様だった。


 だが、戦いが終わった今。そこにあるのは宝の山──。


「ふむ……」


 アンデッドからはあまり有用なドロップ品は出ないものだが、それでもいくらかはドロップがある。

 例えば骨とか灰とか──。


 んー。


「……せっかくだから、回収していこうか?」

「……?」


 コクリ。


 よくわかっていない様子でうなづく少女。

 最初手をつないで歩いていこうとしたのだが、すぐにへたり込んでしまい、つらそうに吐息を漏らすので、苦肉の策としてライトが背負うことにした。


 どうやら、随分長い間あの中携帯魔力タンクに中にいたらしい。

 それを想像するだけで、嫌悪感でギリリと奥歯がなるが、少女が怯えそうなので、そっと口元を覆って隠す。


 そうして、背負うライトなのだが、BOSS部屋を出るの当たって、やっておきたいことあった。

 ……そう、無数に散らばるドロップ品の回収だ。


 もっとも、ほとんどをレーザーで溶かしてしまったので、1000体分というわけにはいかないだろうが、いくらかは回収できる。


 とくに初期に吹っ飛ばしたリッチは、灰にはなったものの、なにか落としている可能性がある。

 ゴースト系なんかも灰になって消えるが、その灰そのものや、倒した場所には『核』が落ちていることがある。

 これが錬金材料になるのだ。


 魔法杖に使ったり、

 薬にしたり、

 まぁ、用途は様々だ。


 そのほかにも、アグニール達が放棄していった荷物もある。

 ……ヤミーはどうやら、そこから回復アイテムを漁って、ライトを治療してくれたらしい。


 結構な量で、距離もあっただろうに、這ってでも回収し、治してくれたようだ。


「ありがとな……?」

「……?」


 相変わらず無口だが、それもいい。

 ずっと一人だったライトにはこれくらいの方が、いい……。


 それにしても、

「ちょ、ちょっと身支度だけは整えような──」


 さすがにヤミーの恰好はアレすぎる。


 まさか、ダンジョンを脱出したとしても、こんな格好の少女を連れ歩いていては、お縄を頂戴してしまう。


 冒険者ギルドのメリザさんにも軽蔑の目をむけられて──……「えー。ライトさんて、ロリコンだったんですかぁ?」なんて言われたりして……。


「うぐぉぉぉおお!」


 ダメだ!!

 そんなの耐えられん!!


 そもそも、ヤミーの歳だって知らないのに!!

 い、いや、歳が合法だったらいいとかいう意味じゃないよ?!


 ロリコンはネトーリだけで十分だ。

 ……あの、クソロリコン神父が!!


 ネトーリの悪行は、じつは孤児院時代からたびたび耳にしていた。


 預けられている少女に手を出しているだの、

 院をでた少女を囲っているだの、

 人身売買にも関わっているなんて話も聞く。


 そして、おそらくサーヤもアイツの愛人だったのだろう。


「けッ」


 お似合いだよ。

 院をでた有望な少年少女を売り飛ばしたり、手籠めにする、か。


 マジのクソ野郎だ。

 だが、もしかすると──。


「……まさか、な」


 ネトーリの悪行と、アグニールとのつながり。


 サーヤの扱いを見ていてもそうだが、ネトーリとアグニールの間でなんらかの、人材交流••••があってもおかしくはない。


 なにより、ライトのような光属性を授かった少年少女も院はとりあえず追い出すような真似をすることもなく、生きていける年齢までは面倒をみてくれるのだが……。


「まさかな……」


 アグニールの容赦のない、ライトの見捨て方。

 それは、いっそ手慣れてさえみえた。


 善行と人道を傘に、悪行を……?


 ──まさか、な……。


 ヤミーの存在だけで、その考えに至ってしまい、ライトはぶるりと身震いする。

 だとすると根本はとんでもない巨悪が潜んでいそうな気がする。


 ……もしかすると、孤児院のロリコン先生レベルがかわいいクラスの、とてつもない悪の存在が。


 そのいったんを垣間見てしまったのかもしれないライト──。

 なるほど、アグニールが生かしておかないはずだ。


「…………だとしても、だ」


 ──きっちり落とし前は付けるぞ、アグニール!


「だが、その前に……」


 うん。


「ちょ、ちょっと体を洗おうか、ヤミー」

「……?」


 この子、少し臭うのだもん。

 ごめんよ。



※ ※ ※


 アグニール達の放棄した荷物の中にあった水やら、石鹸を使ってBOSS部屋で体を清めるライトとヤミー。

 ダンジョンの奥で何やってんだかと言われそうだが、敵をせん滅した今、ここがもっとも安全なのだ。


 ダンジョンはどういうわけか、一度モンスターをせん滅しても、時間を置けば、リポップすることが知られている。


 もっとも、例外もある。

 ダンジョンのどこかにあるというコアを破壊すれば、ダンジョンが崩壊したり、二度とモンスターをリポップしなくなる等など。


 とはいえ、その実例は聞いた事がない。

 ほとんど伝説クラスのうわさに過ぎない。


 実際、ここのBOSSであるリッチを倒しても、ダンジョン内のモンスターの気配は消えたような気がしない。

 もしかするとコアを探す必要があるのかもしれないけど、ライトにはその必要性を感じなかった。


 クエストでもないし(元のクエストはアグニール達への同行だ)、破壊するメリットもない。

 噂に聞くように、下手に崩壊にでも巻き込まれでもしたらそれこそ危険だ。


「っと、どうだ? 洗ったか?」

 水に余裕はないので、湿らせる程度で、あとは石鹸で汚れを落とし、再度湿らせた布でこするだけ。

 石鹸が取り切れないかもしれないので念入りに──。


「ん? お、おい!」


 ヒョコヒョコと、ヤミーが衝立代わりにした棺に影から姿を見せる。

 さっきとなんもかわってねーし。ペタンコだし──。


「って、服着ろ! 服ぅうう!!」

「……ふく?」


 服!

 拭く!


 服着る前に拭いて、服ぅぅぅうう!!


「ほら! しかも全然汚れ取れてないぞ!」

「……ふ、ふく……」


 しょぼん。


 ……あかん。

 この子分かってない……。


 しょんぼりしちゃったヤミーに業を煮やしたライト。

 ……しゃーなし。


「へ、変な気はないからな?」

「……へん」


 変じゃねー!!


「大変そうだから、手伝ってやるだけだ! いいな!?」

「へん、たい……」


 つなげるなぁぁあああああああああ!!


 変じゃないし、

 大変でもないわぁぁぁあああああ!!


「あーもー! 外に出ても、変態とか言うなよ?!」

「こくり」


 だ、大丈夫だろうな……。

 地上に連れて帰ってから変なこと吹聴されたらどうしよう。


 メリザさん、絶対根掘り葉掘り聞くだろうし──。


「うーむ。とりあえず、ほら、しゃがんで」


 垢の臭いとフケの凄い頭を整えてやる。

 サーヤの持ち物というのが業腹だが、質のいい櫛で、髪を漉いて、大雑把に汚れを落とし、湿らせた布で洗ってやる。

 石鹸をぐりぐりと優し目に塗り込むと、ちょっと痛そうに見上げてくるが、我慢せい! と再び前を向かせる。

 体も同様──。


 ある程度洗ったところで、ちょっともったいないけど、水袋を丸々一個使って汚れを落とす──。


「お……」


 石鹸がヤミーの汚れを落とすと、なんとまぁ……綺麗な子だ。

 っと、

「ん、んん-。ほら、向こうむいてるから、服着ろ。まさか着方わからないとかいわないよな?」

「ふるふる」


 よしよし。

 ほれ。


 サーヤの予備の服を渡してやる。下着みたいな際どいのしかないので、あれだけど、ないよりはまし。

 つーか、アイツなんちゅうーもん着とってん! こんなんほぼ紐やん……。


 衣擦れの音。


「着たか?」

「こくり」


 ……ほんとかよ。


「着たよな? 振り向くぞ?」

「こくり」


 ……ちらっ


「って、なんでパンツ被っとんねーーーーーーーん!」


 あかん!!

 この子あかん!!


 色々わかってない!!


 多分見様見真似でライトの真似をしているんだろうけど、パンツは頭にかぶるものじゃない!!

 つーか、俺も被ってねぇわ!!


「わかったわかった! 着せてやるから、はい、ばんざーい」

「ばんざーい」


 万歳はしっとんのかい!!

 なんというか、生活に関する知識がごっそり抜けている。


 ほんと、生きているだけの生活だったのだろうか……。


 ギリリ。


「……アグニールめ」


 タンクに詰め込むくらいだ。

 人として扱っていなかったのだろう。ならば教育などしているはずもない。


 とりあえず、サーヤの予備に服を着せてやるが、これじゃあなぁ……。


「お?」


 アグニール達の放棄した荷物の回収とともに、ドロップ品も大雑把に回収したライト。

 さらに、リッチが最初に出現した棺をのぞき込むと、


「ローブ……?」


 ボロボロになった布切れが棺の底にへばりついていた。

 おそらく、リッチが着ていたものだろう。あるいは生前の仕様品を副葬したか、だな。


 リッチ自前のローブは身体とともに朽ち果ててボロボロになっていたが、この数枚重なったローブは外側に羽織っていたものかもしれない。


「ふむ」


 効果はわからないが、戦利品として何か持って帰るのもわるくはないだろう。

 ついでに、数枚あるし、一つばらせば、ヤミーの服の代わりを作ってやれる。


「ちょっと待ってろ」


 ボロボロのそれだが、埃とちょっとのかび臭さのほか、思ったよりしっかりとした生地だ。

 それをアグニールが残していった高価そうなナイフで採寸しながら着ると、旅荷物の中から針と糸とを取り出し、縫い合わせていく。


 孤児院出身者はある程度なんでもこなせるのだ。


「……ん。こんなもんかな?」

 子供(?)用のローブをでっちあげると、ヤミーに着せてやるライト。

 ついでに自分の装備もボロボロだったので、この布を何枚かつなぎ合わせて作った。

 贅沢に内ポケットにヤミー用の服の切れ端を使っています!


「お、似合うじゃないか」

「にあう?」


 ヨロヨロと立ち上がったヤミーが、乏しい表情ながらも、クルリクルリと不器用に回りながら、ライトに笑顔を見せる。


 白い少女が、リッチの残した漆黒のローブを纏う、か。

 本当に似合うな。


「えへへ」

「……ふっ」


 屈託なく笑うヤミーの頭に手を置き、ポンポンと軽くなぜるライト。

 笑えるなら十分だ。


「さぁ……」


 そっ、とヤミーに手を差し出すライト。

 それを不思議そうに見つめながら、おずおずと握り返すヤミー。


「……帰ろうか」

「かえる……?」


 ……ヤミーの帰るべき場所をライトは知らない。

 知らないけど、二人のいる場所はこんな闇の底じゃないはずだ。


 そう。

 光の差す地上へ────陽の元へ。


「…………うん!」


 ライトとヤミー。

 見捨てられたもの同士が手を取り、笑いあった瞬間だった。

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