第7話「取ってこい」

 ………………は??


「お、俺──ですか……?」

「ああ、そうだ。君だよ──杖を取った瞬間、死霊の王……リッチが目覚めると文献には書かれていた」


 いやいや……。


「そ、それならなおさら──」


 ライトには攻撃力がないのは周知の事実だ。

 なのに、BOSSであるリッチを起こせという無茶ぶり。


 そんな無茶苦茶な命令はさすがに──。


「お願い、ライト! ここまで来て、杖を入手しないなんてありえないじゃない?」

「そうだよ、ライト君。それに今、ここで動けるのは君しかいないんだ!」


 アグニールは言う。


「これから、僕とサーヤは全魔法で迎撃する。君が杖を取ってリッチが目覚めた瞬間に叩き込むためさ」

「そうよ! そのために、なるべく魔力を温存してきたんだから」


 ニッ! と、昔よく見た快活な笑みを浮かべるサーヤ。



 どうやら、本気でリッチに挑むつもりらしいが……。



「いや、でも……」

「もちろん、君の懸念は十分に理解しているよ。だから、見てくれ──」


 ムンッ!!


 精神を集中させるアグニールは、両手にバチバチと紫電を発動させる。


 こ、これは──……!


「ふ、ふふふ……! 凄いだろう?! 全魔力を注ぎ込む、一撃必殺の大魔法──【無】属性魔法Lv10『核融合アトミック』さ!」


 す、すごい。

 凄まじい魔力の迸りを感じる……。


(確かに、これなら───)


「どうだい? もちろん、これだけでなく、リッチが目覚めた瞬間に、全員で、全魔法をもって奴に叩き込む。……一瞬の隙さえ与えないようにね」

「そうよ。だから、ライトは杖を取ってすぐに避難してくれればいいの!」


 ……な、なるほど。

 なるほど…………?


 う~む、嫌な予感しかしないけど……。


 チラリとサーヤを振り返れば、輝くような笑顔を見せられる。かつてはこの笑顔が大好きだったんたけど───。


 ……よし。


「わかった。……サーヤを信じるよ」

「ほんと?! ありがとう、ライト」


 ギュッと首に抱きつくサーヤ。

 我ながらチョロいが、それでも……。


(……はぁ、損な役割だな)


 しかたない、か。

「取ればいはいんだよな?」

「あぁ、それだけで十分だ」


 『それだけ』、ね。……トラップだとわかっていても誰かが起動させるしかない状況。そりゃ、雑用のライトにお鉢が回ってくるだろう。

 だけど、

 サーヤがいて、かつての恩師のネトーリがいる。


 ……いくらなんでも即死級のトラップが発動することはないはず。

 アグニールだって「杖」が必要だろうからな。


「……わかった、攻撃準備が終わったら教えてくれ」

「あぁ、こっちの準備はすぐ終わるよ」


 ライトが了承するや否や、アグニール達が魔力を練り始める。

 その魔法の力たるや恐ろしいほどの総量だ。

 バチバチと空気に紫電が走るほど、魔力に満ち満ちている。


 どうやら、一撃必殺の大魔法らしい!

 あれなら、確かにどんな魔物でも消し炭だろう。


(これが本物の天才……。本物の天才の魔法使い)

 ライトとは違う、選ばれし者、か。


 アグニールの練り上げた魔法の、その威力を確信したライトは後顧の憂いを断つようにして、ミイラが握りしめている杖を手にした。


 そして──。


「ふん!」


 メリメリッ!!


 思い切って引っ張ってみると、蜘蛛の巣や風化した衣服の成れの果てが糸を引くようにまとわりついてきたが、想像以上に軽くあっけない感触。

 まるで枯れ木のそれ・・だ。


 ……ベリィ!!


「と、とれた!」

 パラパラと埃の落ちるその禍々しい杖を頭上に掲げたライト。


「よ、よし! 速くこっちに──」

「ライト、急いで!」


 手を伸ばすアグニール達。その方向に向かって駆け出そうとした直後!!

 ただのミイラだと思った死体がカッ! と目を見開く。


「ひ!」


 くそ!

 やっぱり、トラップか!!!


 思わず、飛びのくライトの目の前で、ゆら〜りと立ち上がるミイラ──いや、リッチか!


 刹那、

『ロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 ビリビリビリ……! と、地面が沸き立つような恐ろしいリッチの声がドームに響き渡った。

「ぐ!」

「うわ、なんだこれは?!」「きゃあ!!」

 そして、それが呼び水であったかのように、ドームに安置されていた棺が一斉に開く!!


 バカンッ!!

  バカンバカンバカーーーーン!!


 くそ!

「そう、来るよな!!」

 あの大量の棺だ。ただのオブジェであるはずがない!

 しかし、それをある程度想定していたライトは冷静に状況を分析する。


 ……だが、見ると想像するとでは大違い。


 起き上がったリッチは凄まじく、オドロオドロしい魔力を纏い、ライト達に襲い掛かって来た。


『ルゥウアァアァアアアアア!!』


 ……だが!!!


「はは! これも想定通り!」

「アグニール様!」


 コクリと頷きあうアグニールとサーヤは魔力を素早く練り上げると、あの究極魔法をぶちかます!!


 はぁぁぁぁあああ!!!!!


   カッ───────!


「食らえぇぇええええ!」

「いっっっけぇぇええ♪」



  ──ドカァァァアアアアン!!



 二人からいっせいに放たれた、それぞれの究極魔法が同時着弾───!!


「う、うわぁぁあッッ!!」


 ライトすれすれで放たれる究極魔法に思わず尻餅をつく。


 だ、だけど、

 ───すげぇ、威力……。


 これが……大賢者アグニールの魔力のすべてなのか!!


「はぁはぁ……」

「アグニ様?!」


 濛々とした爆炎のあと、ガクリと膝をつくアグニール。

 どうやら本当に魔力を使い果たす魔法らしい。


(こ、これならリッチでも……)


 直撃の先は、爆炎に包まれて何も見えない。

 そして、徐々にそれが収まっていくのだが──。


「──や、やったか?!」


 ……。


 …………。


 ………………。



 ボワッ!


『ロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 な?!


「ば、ばかな?!……う、うそだろ?!」


 ぼわっ! と、爆炎を破って表れたのは無傷のリッチだった。

 しかし、無傷とはいっても、そのミイラ顔は怒りに満ちており、杖を持つライトをにらみつけている。


 ……って、ええ?!


「お、俺ぇ?!」

 待てよ。魔法を撃ったの俺じゃねーよ!!


「く……! まさか、無傷とはね──」

「そ、そんな……」


 冷や汗を流すアグニール。

 そして、支えるサーヤ。

 こんな時でも仲睦まじい二人に歯噛みする思いを抱えるライトであったが、ピンチなことは理解している。


 ど、どうすれば──……。


 戸惑うライトに、ネトーリ先生の言葉がとぶ。

「魔法だ!! すまない、ライト君! 少しでいい! 時間を稼いでくれないか?! そして、そして早く杖を。杖をアグニールさんに!」


 そ、そうか!


 ネトーリ先生の助言にはたと気付いたライト。

 たしか、無限に魔法が使えるという「死霊王の杖」。

 これがあればアグニールの魔法が連発できる。


 よーし!!


「ホ、ホーリーライトぉぉおお!」


 カッ!!


 ライトの十八番、光魔法!

 その中でも、唯一アンデッドに対抗できるLv5の『聖光ホーリーライト』だ。


 まさにこの瞬間のためにあるような魔法だ!

 攻撃力はないが、アンデット相手の時間稼ぎ••••にはうってつけ!!


 ピカーーーー!!


『ルワァァァァアアオオオオオ!?』


 ……清浄なる光を放つ、その至近距離の魔法攻撃に、一瞬だが、リッチが怯んだ。


「ひゅ~♪ やるわねライト! そして、今よ!──今こそ杖をアグニ様に!」

「わ、わかってる!」


 ライトの光魔法には攻撃力がない。

 コケ脅しはできても、与えるダメージは0なのだ!


 だから、

「──受け取れぇ!」


 光魔法を絶やさないようにしつつ、後ろ手に「死霊王の杖」を投げ渡した。


 そして、そのまま『ホーリーライト』でリッチをけん制しつつ、アグニール達の援護を待つ……。


 ほんの少し、

 アグニールが次弾を撃てるまで。


 次の、次の次の攻撃のために、

 待つ!!


 待って、待って、待っていれはま援護が!!

 だからそれを信じて最後まで───待、つ……。


 




 待つ?────……あ、あれ???





「は、はやく、援護を──」


 いつまでたっても、次弾が来ないことに焦りを覚えてライトは後ろを振り返る。


「…………は?」


 そして、驚愕した。


「な?! ちょ……! な、なんでみんな──?」


 いつの間にか、祭壇から駆け下り、ネトーリ神父のターンアンデッドの魔法の援護の元、ドーム入り口まで駆け戻っていたアグニール達。


 その手には、例の杖がある。


 そして、ライトは……。

 え?


 え? え? え?


「ど、どういうこと?」


 ようやく、自分の置かれた状況に気付いたライトは、顔面が蒼白になる。


 いつの間にか、祭壇にはライト一人。

 周囲には荷物が散らばっており、彼らがいかに素早く、そして静かに逃げようとしたかの痕跡だけが残されていた。


 なのに、援護するはずのアグニール達は、とっくに──そして、もはや遥か離れた入り口に…………ま、まさか。


 まさか……!

「まさか、まさか、まさか、お前ら──……」


 ようやく。

 よーーーやく、ライトが置き去りにされたことに気づいた時、アグニール達がくるりと振り返った。


 その顔ッ。顔!

 奴らの顔といったらぁぁぁああ!


「アグ───」

「「「あーはははははははははははははは!!」」」


 ッ?!


 ライトの顔が苦々しく歪んだその瞬間、間髪いれず大笑いする連中。


「「「──大ッ成功ー!!」」」

 そう言って、ゲラゲラと笑うアグニール達。


 一瞬、何を言っているのかわからなかったライトだが、ここに至り、ようやく。


 ほんとうに、ようやく気付いた──。


「お前ら……」

 お前らぁぁ────。


 ───お前らぁぁぁぁあああ!!


「──ハ、ハメやがったなぁぁぁああああああ!」

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


「あはははは! 今更気づいたかいライトくーん」

「きゃははははあ! だから、言ったでしょーアグニ様ぁ。アイツ、チョロいって! きゃーははははははは!」


 心底楽しそうに笑うアグニール達。


「おやおや。冒険者なら、仲間・・以外は信用してはいけませんよ? ライトくん。おぉ〜っと、ターンアンデッド!」


 カッ──!


 ニヤニヤと笑うネトーリ神父。

 群がり始めた数体ぽっちのアンデッドを祓う魔法を放つ。

 ……なぜかネトーリ達のほうには、アンデッドの数が少ないのだ。


 むしろ、ライトに群がる数のほうが彼らを上回っている──。ど、どうし──。


「ふふふ。どうして自分だけ囲まれてるのかって顔だね?」

「く……!」


 口角を吊り上げるアグニール。


 それはまるで、できの悪い生徒に厭味ったらしく答えを教える教師のような顔だ。

 だが、どうしてだ?! リッチの目当ては杖じゃないのか?!


「はは。……僕が何のために魔力を使いつくすほどの魔法を打ったと思う? リッチを倒すため?? それとも君の援護のため──??」


 チッチッチ。

 厭味ったらしく指を振るアグニールは、


「そ~~~んなわけないだろー?? 最初に説明したと思うけど。ここのアンデッドは魔力を食うんだよ──。ダンジョンに入る時にちゃ~んと、言っただろ? いやらしいダンジョンだって」


「ぐぐ……!」


 だ、だからか!!

 だから、魔力の高い俺をぉぉおおお────!!


「察しいいわねライト。そういうことよー。囮になりそうで、バカな奴を探していたの。ウフフ♪ じゃぁねー。しっかりゾンビどもに貪られないさーい」


 キャーハハハハハ!


 そう言って、ねっとりとアグニールとキスを交わすサーヤ。

 その顔は完全にメスのそれだ。

 ライトの幼馴染だった少女の面影はどこにもない。


 あとは振り返りもせずに走り去っていくアグニール達。


 もはや、ライトはただの囮、活餌……。

 それをアンデットとリッチに包囲された今になってようやく理解した。

 


   遅すぎるほど愚かな理解……。

   理解………………??


   理解だって??



 あ、

 あ、

 あああ……、


「──あああああああああああああああああああああああああああああああグニーーーーーール!!」


 あの野郎!!

 あの野郎!!


 あの野郎ぉぉぉおおおおお!!


 反射的に追いかけようとしたが、道も半ばで、その前に立ちふさがるアンデッドども!

 BOSS部屋にひしめき合う連中が、一斉にライトに群がって来たのだ。

 もはや、アグニールを追うどころではない!!







「ち、畜生ぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」

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